異世界行ったら100倍がんばる!
@Photon-X
第1話 プロローグー地球にて
PROLOGUE
白い壁。白い天井。
天井の中央には白く長い蛍光灯がやわらかい光を放っていた。
ドアの反対側には広いガラス窓があるが、夜なので景色は見えない。
オレはベッドに横たわっていた。
もちろん普通のベッドではない。両横に転落防止のためのベッドガードがある特殊なベッドだ。
そう、オレは病室にいるのだ。オレは病院のベッドで100歳を迎えようとしてる。
高齢者がよくなるように、オレは風邪をこじらせて肺炎になり、一週間ほど前に入院したのだ。
病室には老齢の妻(女は長生きだな…)や子どもたちや孫たちがいる。
オレは遺書の中で、「この老体の中で、何かまだ使えるものがあれば死んだ後は臓器移植に使ってくれ」と書き残しており、家族もそのことをよく知っている。まあ、100歳のジイさんの臓器なんてほとんど役にたたないだろうが。
病室の壁時計が午前零時を指したとき、病室の明かりがふと消え、ドアの方にいた家族が誰かが入って来るために通路を開けた。
ドアから入って来たのは、ユウジ。5歳になったばかりのひ孫だ。ママに支えられて100本のロウソクが灯ったケーキをかかえた孫が病室に入ると
「「「「「「ハッピーバスデートゥーユー♪」」」」」」
期せずして家族全員がおなじみの歌をコーラスで歌い始めた。
当直の医者や看護婦も知らされていたのだろう、コーラスに加わっていっしょに歌っている。
「おじいちゃん、おめでとう!」
ケーキをテーブルの上に置いた孫がひ孫が言うと、家族もそれぞれお祝いの言葉を言ってくれた。
孫の中でもっとも美人のサユリがケーキを薄く切ってお皿に載せたものをフォークでとってオレの口に入れてくれる。
“ああ、オレはシアワセだ。これほどの果報者はいないだろう。もう何も思い残すことはない…”
口の中でとろけるケーキの味を感じながら、自分の命もケーキの味のようにとろけるように薄くなっていくのを意識のどこかで感じていた…
”ご臨終です…”
遠くで医者の声が聞こえた。
小説家を夢見ていいたオレ。
子ども時代から運動神経はあまりよくなく、体力もそれほどなかったので、スポーツは親父とキャッチボールをするくらいだった。
小学校、中学校、高校と問題なく進んだ。容姿はふつう。
高校生になって背は173センチになったが高い方ではない。スポーツは相変わらずダメなので野球部とかには入ったことがない。
唯一、好きだったのがTVゲームで、中でもDKシリーズの大ファンだった。
DKとは「ドラゴンキラー」、通称「ドラキラ」という名前でよく知られている大ヒットゲームで、ヒーロの少年がさまざまなクエストをクリアしながら旅を続け、仲間を増やしていって、最終的にはラストボスであるドラゴンを倒して英雄となるゲームだ。ドラゴンを倒すからドラゴンキラーという名前がついたらしい。
DKシリーズは1から最新版の12までやり込んだ。親もマジメに勉強をするオレの息抜きにとゲームソフトや対応ゲーム機を買ってくれた。
顔はまあまあ。頭はクラスで10位以内の成績なので悪い方ではないが、がんばって一番になろうなんて考えたこともない。あくまでもマイペースがオレのモットーなのだ。
高校卒業後は近くの私立大学に入って、卒業後は地方公務員になった。
数年過ぎて、ふつうに彼女ができて、両方の親から急かされるとふつうに結婚式を挙げた。
それからまた数年が経ち、子どももでき、ローンで小さいながらも家も購入し、ふつうの家庭持ちとなった。地方公務員なので生活は安定していたし、嫁もあまり欲がないタイプらしく、オレが貢ぐ給料内でうまくやりくりしてくれた。
しかし、分別つく歳になって、オレはゲーム以外の趣味であった小説で生計を立てたいという夢をアキラメてなかった。だが家族持ちが安定した収入のある生活を捨て、売れるかどうかわからない小説家になるなどという無茶をする勇気はとてもなく、悶々とした生活を送っていた。
そんなある日、友人たちに南アジア旅行に誘われた。
嫁に話すと、「気分転換に行ってらっしゃい」と即OKされた。
たまにはダンナなしで息抜きでもしたいのだろう…
旅行と言っても、一介の地方公務員なので豪勢な旅行などできるはずがない。友人たちも似たり寄ったりの経済状況らしく、格安エアラインを使って行くことにし、南アジアのその国に着いたら安上がりな三流ホテルに泊まることにした。
18時間近くエコノミークラスの窮屈なシートに座り続けたあと、ようやく目的の国に到着した。
空港のビルから出たとたん、40度を超える灼熱の暑さに身体がバターのように溶け出すのではないかと驚きながら、なんとかエアコン付きのタクシーをつかまえることができてホッとした。
目安をつけていた三流ホテルに向かわせ、チェックイン後、ホテルの部屋に荷物を放り込むと、オレたちは早速街見学にでかけた。
この国は乞食や路上生活者がメチャ多い。
それに 街を歩いていると、すぐ子どもたちに囲まれる。
別に日本人がめずらしいからではない。彼らにとってはジャパニーズもチャイニーズもコーリアンもすべてオリエンタル人なのだ。そして、お金をねだれるいいカモなのだ。まとわりつく子どもたちに「アイム・ノーマネー」とか怪しい英語を言いながらさっさと逃げ出すこともすぐおぼえた。
翌日の夜、友人たちはどこから情報を入れてきたのか知らないが、夜の店がある界隈に行くらしい。オレはそんなところは興味ないので誘われたが断った。
友人たちが意気揚々と出かけたあとで、ホテルに一人いても仕方がないので、安くてうまい地元の料理を食べさせるレストランでも探そうとホテルをあとにした。
右に曲がったり、左に曲がったりしてしばらく歩いていると、いつの間にか十数人の子どもたちに囲まれていた。この国の子どもにはチンピラはいないし、人通りも多い場所なので危険はないが、いつものパターンで少々ウンザリしてると、一人の少年が後ろに回り、尻ポケットに入れていたサイフ(小銭しか入ってなかった)を抜き取りそうになったので、その手を払いのけ自分でサイフを取りだして高くかかげ、「あっちに行け!」と追い払おうとした。
その時だった。
ふと“オレはわずかなお金を守るために、こんな無様な格好をしている。オレはこの程度の人間でしかないのか…”と自分の生き方に冷水を浴びせかけられたような衝撃を受けた。
考え直して、サイフに入っていたコインを一枚ずつ、すべて子どもたちにあたえた。子どもたちはワーワー言ってよろこび、もらった子はすぐ離れて行った。
すべてのコインをあたえ終わった時、子どもたちの群れから10メートルほど離れたところに一人の金髪で色の白い少女がいるのが目に入った。
翡翠色の目をしたその少女は、はだしだった。彼女はじっとオレのことを見つめていた。
年は8歳くらいだろうか。この国の人はふつう黒っぽい髪をしているが、なぜかその少女は金髪だった。
肩まであるその金髪は何日も洗ってないようで少し煤けているようだった。顔も手足もやはり多少汚れている。彼女はほかの子どもたちにくらべて色が白い。白い肌の人が多いと言われるその国の北部あたりから家族といっしょにやって来たのだろうか?
ほかの女の子たちのようにワンピースみたいなのを着ていたが、ノースリーブのそれもやはり整備工場で使い古したウエスのように汚れていた。その少女はどうやらコインをもらえなかったようだが、なぜか物欲しそうな顔はしていなかった。
ただ、それだけのことで、オレはあまり気にもとめずにホテルの方角に向かって歩き始めた。帰ってカバンから少し金を出さないと夕食代もないからだ。
子どもたちも、“もう、もらえるものは何もない”とわかったのか、誰一人として後をついて来ない。まったく現金なものだ。しばらく雑踏の中を歩いていると、ふと誰かに後をつけられているような気がしてふり返って見ると、あの金髪の少女だった。
オレは彼女の方へふり返り、手を横に振って「もう、何もないからお家に帰りなさい」と日本語でやさしく言った。すると少女は(やさしく言われたからか)何を勘違いしたのか、とっとっと近づいて、「ギブミー!」と小さな声でねだった。
(そんなカワイイ顔してギブミーとか言われても何もないんだよ…?)
と考え、ふたたび手を横に振ろうとすると、少女はオレが首から下げているペンダントの紐を指さして言った。
「ソレヲクダサイ」
それも日本語で!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます