第5話
早朝。
人々が起き出すよりも早く、都の外へと向かう二つの影があった。
「止まれ、そこの二人」
門の左右にいた二人の門番に声をかけられたのは、夫婦だろうか、一人は黒髪に狐目の男、もう一人は笠を目深に被り顔を隠した女だった。
「通行証は?」
右側にいた門番に求められる通り、男は二人分の通行証を差し出す。
右の門番は通行証をまじまじと眺めている。その間に左側にいた門番は、女の方を値踏みするよう見ていた。門番の不躾な視線に気付いたのであろう、狐目の男がじろりと左の門番を見た。
「よし、通れ」
右の門番がそういうと二人は軽く会釈する。
「行きますよ、桔梗」
門をくぐる男が女を呼ぶのが後ろに聞こえた。
「おい」
二人が去った後、右の門番は左の門番に話しかけた。
「仕事中に変な気を起こすなよ」
「いやぁ、でも兄貴、ありゃあなかなかの別嬪でしたぜぇ」
左の門番の言葉に右の門番はため息をついた。
「顔なぞほとんど見えなかっただろうが」
「それがいいんじゃないんですか!……ちらりと覗く白い肌、なかでも瞳は印象的で……」
「あんまり煩いと、てめえんとこのかかあに言いつけるぞ」
そりゃひでぇや!!と声を上げる左の門番に、右の門番はやれやれ…と首を振った。
「ここまで来れば大丈夫でしょう」
男が言うと間深く笠を被っていた女がばさりと笠を取った。
その下から現れたのは黒曜石の瞳をした青年だった。
「この格好、暑いです!師匠!」
「……とりあえず、その呼び方はおやめなさい」
疑問符を浮かべながらこちらを見る青年に男ーー道満は頭を抱えた。
嗚呼、それにしても一体なんでこんな事態になっているのだろう、と道満は半日程前のことに思いを馳せた。
「さてと……実に面白いところですが、私はそろそろお暇し……??お二方、こちらを見てどうしました?」
二人の視線を感じた道満が帝と東宮を見遣った。
がし、と東宮は道満の肩を掴むと言った。
「そうかそうか、流石お前は頼りになるな。道満」
「は……?」
東宮の突然の言葉に道満は疑問符を浮かべている。東宮はといえば、帝の方に目配せをし何やらこくこく頷いている。
「どうです?帝?やはりここは道満の言う通りーー」
「そうだな。やはり『清明』は道満に預けるしかあるまい」
帝の言葉をすぐには理解できず、道満はしばし首を傾げていたがーー
「ハッハアアアアアァ!?何故私が!!??」
「何故がも何も、お前が言ったのだろう?『帝と仲の悪い、都から離れた場所に住む名僧』に預けろと」
「だからと言って何故私が!?」
「他に適任がおるか!なぁ、東宮?」
ウンウン、と頷く東宮の横でいつの間にやら身なりを整えた『清明』が正座をして頭を下げる。
「若輩者ではありますが、よろしくお願い致します!師匠!」
「やめて下さい!?その顔で師匠と言うのはやめて下さい!?!?」
清明に瓜二つの顔で言われた道満は背中に悪寒でも走ったのか、鳥肌の立った両腕をさすりながら言った。
「嫌です!!私を連れて行って下さるまでは、離しません!!師匠!!」
「ぎゃーーー!!」
よほど清明の顔で師匠と呼ばれるのが堪えるらしい、道満は足にしがみつく『清明』を引き離そうとじたばたしているのだか、一向に離れる気配はない。
「……わ、分かりました。その、師匠と呼ぶのを止めるなら、連れて行きましょう……」
観念した道満がぜえはぁと息を整えながら言った。二人の後ろではにやにやと帝と東宮が顔を見合わせている。
「……では他に何とお呼びすれば?」
そう首を傾げた『清明』を指差して、道満は言う。
「それこそ、こちらの言葉です!名を知らないので『清明』と呼んでいましたが、お前、他に名前は無いのですか!」
「母から貰ったものは、わずかな占星術と陰陽術の知識とこの名前ばかり……」
困り果てたように言う青年をふん、と道満は笑うと
「ならば、自分で決めなさい。お前の名前は何という?」
……道満の言葉に青年はしばらく考えこんでいたが、顔を上げた。
「では、桔梗。私のことは桔梗とお呼び下さい!」
うむうむ、良い名だな!と涙を拭く帝の横で道満が桔梗〜??と眉根を寄せた。
「何ですか。その女のような名前は!」
「母が貰う筈の名前だったと聞いております!して、ししょ…いえ、貴方のことは何とお呼びすれば?」
「別に道満で構いません」
「はい!!道満殿!!」
「……やはり、『道満殿』はやめましょう」
清明そっくりの顔で「道満殿」と呼ばれた道満が何やら扇子で顔を覆って言った。
「??はい?」
首を傾げた桔梗の肩をぽん、と帝が叩いた。
「道満は、ああ見えて複雑な情緒の持ち主なのだ。お前は気にしなくても良い」
思い出して、道満はまた深くため息をついた。
なりゆきとはいえ、何故こんなことに……。
「いかがされました?師匠?」
ため息をついた道満を心配した桔梗が言った。
「だから、その『師匠』というのはおやめなさい」
「でも他になんとお呼びすれば……?」
困ったような顔で首を傾げる桔梗に道満はやれやれ、という風に言った。
「仕方ないですね。では『先生』とお呼びなさい。……お前より私が『先』に『生』まれたから、そう呼ばせるだけです。勘違いしないように!」
道満の言葉に桔梗は顔を輝かせると言った。
「はい!先生!!」
清明そっくりの顔に満面の笑みを浮かべられて、道満は一瞬怯んだが、すぐに桔梗に背を向けた。
「無駄話をしてる暇はありませぬ。先を急ぎますよ」
急に足早になった道満に、桔梗が背後で待って下さい先生〜!と慌てた声を上げたのが聞こえた。
一方その頃、都のとある邸。
「姫さま、次は姫様の番ですわ」
女童と双六を遊んでいた少女は、ふとどこからか視線を感じて、手を止めた。
「葵、わたし双六も飽きてしまったわ。この間の絵巻を持って来て頂戴」
少女の我儘には慣れているのだろう、女童は嫌な顔もせず立ち上がると絵巻を取りにその場を去った。
「右京、そこにいるのでしょう?」
少女の声にどこからか、はい、と声が聞こえ、御簾ごしに文が差し出された。
文に目を通していた少女は読み終えると、ぐしゃりとそれを握り潰すと言った。
「見つけたわ。清明様。」
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