第3話

「で?清明の息子なる人物はどこにいるのですか?」

内裏に到着してから、何気なく言った道満の言葉に東宮は凍りついた。その東宮を見て、もしや……と道満は口の端を引きつらせた。

「東宮様……もしや、とは思いますが……清明の息子の居場所が分からない……とは仰いますまい??」

東宮は道満から目を逸らすと

「すまぬ……」

「すまぬ、ではすみませぬ!!この広い内裏の中をどう探せば良いのですか!?」

……内裏とは、その正殿を紫宸殿と呼び、北に仁寿殿、承香殿と並び、西に帝のおわします清涼殿がある。無論、その他にもたくさんの殿舎があり、それらは廊下で繋がっていた。

「しかも、私は帝に都を追放された身。見つかったらどうなることか……!」

東宮と道満。清明の息子を探して、内裏を歩くにはあまりにも目を引く二人である。

「すまぬ……」

謝り続ける東宮に話にならぬ、と道満は深く息を吐いた。

仕方ない、この手は使いたくなかったのだが……。

「……東宮様、しばし準備をいたしますので、向こうをむいて頂けますか?」

「は?準備?」

「早く!人目に触れます!」

道満に言われるままに、東宮は横を向いた。……しばし待つこと5分程、何故か躊躇いがちにとんとん、と肩を叩かれて振り向いた東宮は声を失った。

そこには、輝く黒曜石の瞳をした狩衣姿の男が居たからである。

「……清明!?」

「あー……まこと不本意ではありますが、その様子だとうまくいったようですな」

「その声は道満……??」

間違いなく目の前にいる男は清明の見かけをしているが、声は道満その人である。混乱する東宮に道満の声が言った。

「簡単な幻術にございます。清明殿に化けてみました」

「幻術……化けて……?」

「声まで変えるのもできなくはないですが、力を使いますし、今はこれで充分かと」

いつもの調子で飄々という道満に東宮はまじまじと目の前の男を見ると苦笑した。

全く……帝も惜しい男を都から追放したものだ……。

「?なんですか、東宮様?」

「いや、なんでもない。……それよりだ!清明に化けてどうするつもりだ?」

「消えた息子会いたさに都まで馳せて参りました、とか私の息子を騙る偽物の噂を聞いて、とかいくらでも言い訳はできますでしょう?」

「なるほど……」

都を追放された道満が宮中をうろついているよりはまし、というわけか。

「ま、そこら辺の口上は東宮様が考えておいて下さい。さ!参りましょう!」

そう言って歩き出した道満はふと、奇妙なことに気付いた。

本物の清明は、どこにいる?

よもや、自分の息子を騙る人間を放っておくような清明ではあるまい。実の息子なら尚更。

もしかして、清明はーー

「あっ前ッ!!」

「え?」

東宮の声に顔を上げたが、時すでに遅し。考え事をしていた道満は、廊下の角を曲がる際に向こうから来た人影に気付かず、ぶつかってしまったのだ。

「申し訳ありません!お怪我はございませんか?」

自分の顔より下の方から聞こえた声に、そちらを見て道満は固まってしまった。

ーー黒髪に黒曜石の瞳の男ーー清明がそこにいたからである。

一方、道満にぶつかった男の方もこちらを見上げて、驚いた顔で何やらぱくぱくと口を動かした。

ーーえ?

その口の動きを見て訝しげに眉根を寄せる。

ぱたり、と何かが落ちる音がして、そちらを見た道満は口の端を引きつらせた。

そこには扇子を落とした帝が目を涙で潤ませて立ち尽くしていたからである。

「清明……っ!!」

げっと声を出しそうになったのを道満は堪えた。そんな心中など知る由もない、帝は清明の姿をした道満に駆け寄ると手を取った。

「生きて……生きていたのだな!清明!」

その帝の言葉を聞いて、道満は何かを悟った。

やはり……清明殿は……。

「離れて下さい!!帝!!」

声のする方を向くと、先程道満にぶつかった男ーー『清明』がこちらを睨みつけていた。

「……何を言っているのだ……?『清明』?これはそなたの……」

「違います!!安倍晴明がここにいるはずはない……!!……おのれ、清明の名を騙り帝を惑わす不届き者め!!姿を現せ!!」

『清明』の言葉にニヤリと道満は笑うと、

「清明殿の名を騙った覚えはありませんな!!」

言うと同時に式神を『清明』に向けて放った。

驚いた『清明』はとっさに五芒星を手で切ると、道満の式神がバッと切り裂かれ、床に散った。道満の頬にぴっと一筋の傷が走り、そこからつう……と血が落ちる。

「だ、大丈夫か!?」

後ろに居た東宮が驚いて、声をかけたが道満は横目で東宮を見ると

「大事ありません。それより見ましたか、今の」

「あ、ああ。まさか道満の式神を跳ね返すとは……」

「ええ。それとあの清明桔梗印です。」

『清明』が手で描いた五芒星は清明桔梗印と呼ばれ、清明の使った物である。男が清明に関係があることはこれではっきりしたが、だとすると……。

「あの男、清明の縁者、というのもあながち嘘ではないのやも……」

「何……?」

道満の言葉に東宮は困惑した。

「ええい、何をこそこそ話している!姿を現せ!清明の偽物め!!」

言うと『清明』は道満に向かい式神を放つ。その言葉に道満はニヤリと笑うと

「ならば!教えてしんぜよう!」

ばちばちっと火花が散ると『清明』の放った式神に火がついて燃えた。

「我が名は道満!蘆屋道満なるぞ!!」

「なに…道満!?」

式神を燃やした火は瞬く間に大きくなり、炎の鳥となって、『清明』めがけて迸る。

「!!」

驚いた男が慌てて結界を張ろうとしたが、間に合わない。炎が『清明』を襲うーー!しかし、それより先に男をかばい、盾になったのはなんとーー

「帝!!?」

「父上!!!」

自ら盾となり自分のことを守った帝に、『清明』が駆け寄った。

「………ち、『父上』ェ〜ッ!?」

男の言葉に東宮は絶叫した。

「どういうことだ!?道満!?奴は清明の息子じゃないのか!?」

幻術を解いて本来の姿に戻った道満の肩を東宮が揺さぶった。

「……私には大体分かりました……」

帝を心配して泣く男を、道満はしばらく複雑な顔をしてみていたが、ふと東宮の方を見て悲しげに笑った。

「道満……?」

「では、帰りますか!!」

「何故だ!!??」

道満はふっと笑うと

「わたくし、偶然とはいえ、今上帝を怪我させてしまった身。このままでは生きれるかどうかも怪しく」

「それはさすがに俺がかばう!!」

「それに何より私の勘によると、厄介事になりそうな予感がしまして」

「いや、だからって帰るな!!せめて全てを話してから帰れ!!」

東宮の言葉にしばし道満は考え込むと、

「帝を殴らせてくれるなら話します」

「だから何故!!??」

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