第6話 過去

 愛香がヤンデレ化してしまったのはいつ頃からだっただろうか?

 正確には覚えていないにせよ、いきなりだったことだけは記憶に残っている。

 あれは俺が中学校二年生の時だった。

 深夜、自室にて就寝している時にふと、ベッドが軋む音が微かに聞こえた。

 それと同時にマットレスが若干沈み、隣に誰か潜り込んできたことを瞬時に理解する。

 あの時は、愛香が寝ぼけて間違って俺の部屋に入ってきてしまったのだろうと思い込んでいた。以前にも似たようなことがちらほらとあったぐらいだから。

 俺自身も眠気が頂点に達していたため、本来なら注意して自分の部屋に戻ってもらうのが正しい対応なのだが、さすがにそこまでの気力が残っていない。俺は仕方なくではあるが、気がつかなかったフリをすることにした。

 布団の中で愛香の温もりが伝わってくる。

 やたらと俺にくっつき、耳元には熱い吐息がかかっていた。

 そんな状況もあってか、変にドキドキしてしまって、あれだけ眠たかったのに完全に頭が冴えてしまう。

 やはりこのままでは俺自身が寝れる気がしない。愛香を起こして、自分の部屋に戻ってもらうか。

 そう思った矢先だった。


「お兄ちゃん大好き」


 耳元で囁かれた言葉に思考が停止してしまう。

 ――今、なんて……?

 愛香は立て続けに行動を起こす。

 俺の頬にキスをしたかと思えば、ぎゅっと腕に抱きついてきて、「えへへ♡」と聞いたこともないような甘い笑みを浮かべる。


「お兄ちゃんは私だけのものなんだよ? あんな幼なじみなんかに負けてたまるもんですかっ」


 幼なじみというのは隣に住んでいる同学年の有栖川美紀のことだ。

 美紀と何かあったのか……いいや、それどころじゃねえ!

 完全に目を開けるタイミングを見失ってしまった俺は寝たふりを続行することにした。

 まさか愛香が俺のことを兄としてではなく、一人の男として好意を寄せてくれていたなんて……。嬉しさもあるが、同時にどうすればいいのかわからないといった複雑な感情にさえなまれる。

 義理の兄妹だから別になんの問題もないし、結婚だって法律上はできる。だが、俺としては物心がつく前から一緒にいた存在だ。俺の中では愛香は完全に妹として認識していた。

 だからこそ、愛香の気持ちには気が付かないフリをしよう。

 と、決意したのだが、


「本当は起きてるんでしょ?」

「ッ?!」


 え、え? なんでバレたの?

 とりあえずはまだわからない。適当に言っただけかもしれないし……。


「ふ〜ん。あくまで寝たフリを続けるんだぁ〜」

「……ッ」


 嫌な予感がする。とっても不吉な予感が……。


「じゃあ、起きないなら何してもいいよね?」


 そう言って、俺の唇にちょんと人差し指を置く。


「いや、ちょっ待っ――うわあああああああああああ!」


 深い闇に静まり返った住宅街に俺の悲鳴が轟いた。

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