11 宣戦布告

祝旅館に戻った。


冬馬さんと僕で病院での検査等に問題は無かったこと、原因は慣れない環境で緊張から来る過呼吸だったこと等を弥栄さんとマナミさんに伝えた。


「今日の夕食作りには復帰できると思う」


と僕は言ったが、二人に反対された。


「昨日は私ゆっくりさせていただきましたから、今日は私がやります。鐘樹さんは安静にしていてくださいな」


「だね。慣れない環境に慣れない仕事。病院の先生も緊張状態が原因って言ってたんだよね?今日はもう安静にしていてよ」


う・・・折角昨日調子良く仕事覚えられたのに何だか不甲斐ないな・・・。


「真名美、祭りの打合せはどうだった?」


冬馬さんがマナミさんに聞く。

そう言えば祭りの打合せに行く必要があるからマナミさんは病院に同行出来なかったんだっけ。


「石田集落の人も、願河原集落の人もヤル気満々でしたよ。五兵衛さんだけは相変わらず消極的でしたけど・・・」


寒戸関村祭りの話はマナミさんからある程度の事前情報は聞いていた。


寒戸関村祭りは、今までは寒戸関村とその両隣の集落だけの内輪的なお祭りとして年々催されてきていたそうだが、マナミさんの提案で去年から積極的に佐戸ヶ島全体にポスターを貼ってPRを初め、去年は島のあちこちからお客さんが来て好評だったらしい。


過疎化が進む寒戸関村のPRの目玉の一つとしてマナミさんは意気込んでいるようだが、何故か五兵衛さんは余り大々的に村祭りを催すことに反対的意見だったと言う。


五兵衛さんはお祭りとか大好きそうな人に見えるから何だか意外な話だ。


「五兵衛が乗り気で無い気持ちは、俺にも分かる。むしろアイツは俺に気を使っているだけなんだ。悪く思わないでやってくれ」

冬馬さんが言う。


村長でもある五兵衛さんが反対的意見だったにも関わらず、マナミさんの主張が通ったのは冬馬さんが五兵衛さんを説得してくれた事が大きかったそうだ。


”これからは村の若者達の好きなようにさせてやっても良いと俺は思う。もう俺たちがとやかく言う時代でも無いだろう”

その様な事を冬馬さんが五兵衛さんに言ってくれたらしい。


「それから・・・、打合せには大橋刑事もいらしてました。祭りの規模が大きくなるなら警備も必要だろうとのことで、当日は大橋刑事もいらっしゃるそうです」


大橋さんが・・・?


「なるほど。そう来たか」


冬馬さんは思案するような表情で頷く。


「状況は大体分かった。何か進展があったら改めて教えてくれ」

冬馬さんは家に帰って行った。


僕と弥栄さん、マナミさんも旅館に戻る。

時間は午後3時を回っていた。


「鐘樹さん。食欲はありますか?先ほど作ったオジヤで良ければ温めますけど・・・」


弥栄さんが心配そうに尋ねる。

そう言えば僕は昼食を食べていなかったんだっけ。


「あ、ありがとうございます。いただけますか?」


「はいただいま。すぐ温めてきますねえ」


僕は弥栄さんの作ってくれたオジヤを食べる。

うん、美味しい。

食欲が出てくる程度には気分も落ち着いてきているようだ。


「マナミ。私ちょっと相川で仕入れしてくるわあ。何かついでに買ってくるものあるかしら?」


「うーん、特に無いかな。どれくらいで戻る?」


「そうねえ。一時間半か二時間もあればもどるわ」


「わかった。行ってらっしゃい。最低限の夕食の下準備はしておくよ」


弥栄さんは出かけていった。


僕はオジヤを食べ終わりご馳走様の挨拶をした。

マナミさんはそんな僕を眺めつつ、何かを悩んでいる様だったが、意を決した様に僕に尋ねてきた。


「・・・カネちゃん。昨日の夜、大橋刑事が空き家に来たって言ってたよね?」


「う、うん」


「今日、朝から元気が無かったのってそれが原因なのかな?」


「あ・・・。うん。そうかも知れない」


「カネちゃんの元気が無くなる様な事、大橋刑事から言われたのかな?」


そうだ。

確かにそうだ。


・・・過去の失踪事案。

平和に見える寒戸関村で過去にあったと大橋さんが言っていた。

それが本当なのかどうかは知らない。


僕は正直に大橋刑事から言われた事を話そうとした・・・。


ドクンッ・・・!


不意に心臓が高鳴る様な気がした。

いや待て。本当に話してしまって良いのか?よく考えろ。


何か重要な見落としは無いか?

何か根本的な所で考え違いは無いか?

何か取り返しの付かない事にはならないか?


僕は・・・。


━━━━━━━━━━━━━━━

1.僕は正直にありのままの事を話した。


2.?????????(現在選択不可。別のフラグを積み重ねた場合、逆にこちらの選択肢しか選べなくなります)


→「1」を回答

━━━━━━━━━━━━━━━


僕は正直にありのままの事を話した。


祭りの警備の下見に来ていた大橋さんに泥棒と疑われたこと。

祝旅館のアルバイトだと自己紹介して誤解が解けたこと。

そして・・・聞かされた過去の失踪事案のこと。


「やっぱりそうだったか・・・」


マナミさんは軽いため息をついた。


「そんな話を聞かされちゃったら、誰だって不安になるし、気味が悪くなるよね。全く大橋刑事は・・・ウチの新人君を怖がらせてくれちゃったみたいだね」


マナミさんは寝室から折りたたんだスポーツ新聞を持ってくると、僕の手をつかみ、階段を上がって二階の廊下に連れていく。


「余り人聞きの良い話じゃ無いし、ここで話そうか」


と言ってマナミさんは廊下に腰を下す。

僕も隣に座る。


時間は午後4時前。

まだ誰もお客さんはチェックインしていないのだろうか?

確かにお客さんがいたら出来る話でも無いしな・・・。


ふと、マナミさんと一緒に座っている位置が北さんの客室の正面であるのに気が付いた。


・・・北さんも今日はまだ戻ってきてないのかな?


「大橋刑事の話は、おおむね事実だと思うよ」

マナミさんが言い切った。


僕はどこかでマナミさんが否定してくれる事を望んでいたが、やはりそう言われてしまうとショックだった。


「じゃあ・・・、実際にあった話なんだ」


「そうだね。そう思う」


「思う?」


少しだけマナミさんの言い方が断定的で無いことに気が付いた。


「うん。12年前のこと。私が8歳の時の事になるのかな?この村には昔はもっともっと沢山の人達がいたんだよ。それは私も覚えてる。この村には空き家が数軒あるよね?そこに人が住んでた事も覚えてる。そこの人達と遊んで貰った事も覚えてる」


「・・・その人たちが、その・・・失踪してしまったの?」


「さあね。でも、警察の人がそう言うならそうなんじゃないかな?」


僕は違和感を覚えた。

マナミさんの言い方が他人事の様に聞こえたからだ。


「マナミさん。その・・・何だか言い方が曖昧に聞こえる気がするんだけど・・・」


「うん、曖昧。けど案外そんな物じゃないかな?」


「どういう事?」


「言葉通りの意味。当時私は8歳。流石に物心はついてる年齢だけど、まだ幼かったからね。当時の記憶なんて曖昧だったりしない?」


「え・・・?8歳って言えば小学2年生だよね?ある程度の記憶ぐらいはあるものじゃないの?」


マナミさんは僕の顔をジッと見る。


「じゃあ・・・、カネちゃんはどう?」


「え?何が?」


「カネちゃんは8歳の時の思い出。覚えてる?」


「え・・・そりゃあ多分」


「じゃあカネちゃんのその頃の思い出、教えてよ」


「え、えーと。確か・・・その当時にはもう父親はお母さんと離婚していていなかったかな・・・?」


「お父さんの事は覚えてないの?」


「うん。多分僕が物心つく前に分かれたはずだよ。お母さんも話したがらない話だし、深くは詮索してないんだ」


「そうなんだ。じゃあ当時の友達は覚えてる?」


「えーと、うーんと。男の子や女の子の友達がいたと思う」


「あはは。カネちゃん当たり前じゃん。友達の顔や名前は覚えてる?」


「言われてみると、うろ覚えかも知れない」


僕は愕然とした。

確かに言われてみれば8歳の時の記憶何て結構曖昧だ。


「小学校の卒業アルバムとか見返したりしないの?今でも付き合いのある友達はいないの?」


「小学校は途中で引っ越ししたから、持ってる卒業アルバムは8歳の時より後の物なんだよ。最終的に卒業した小学校の友達の事は流石に覚えてるよ。今でも付き合いのある友達もいる」


「そっか。じゃあ8歳の時住んでた所はどんな所だった?」


「えーと。一軒家で・・・。確か割と近くに、とても大きな湖や流れの速い川があった様な気がする。あと、秘密基地の様な所でよく遊んでた様な気がする」


「秘密基地?」


「うん、何だかトンネルや洞窟の様な所で・・・結構大きくて、入り組んでいて」


え・・・?

トンネルや洞窟・・・?

今話していてふと思い出した記憶だが・・・僕はそんな所で遊んでいたんだっけ?


誰と遊んでいた?

それはどんな遊びだ?

そもそも、子供が遊ぶような場所か?

・・・それは楽しかった記憶か?

いや違う。楽しくなんか無かった。

遊んでいたのに?楽しくなかった?


「カネちゃん?」


僕の思考を遮るかの様にマナミさんが声をかける。


「ごめんね。話が逸れたね。本題は寒戸関村の失踪事案の話だったね」


マナミさんはいよいよ本題に入る。


「寒戸関村に関する12年前の事。私が8歳、ナっちゃんが5歳、ショウ君に至っては2歳の頃の出来事。そうなると、当時のことを鮮明に覚えている人達は限られてくると思わない?」


確かにそうだ。

マナミさんですら当時の記憶が曖昧となると、名二三はそれ以上に覚えている事は限られているだろう。ましてや勝吾君に至っては2歳の頃の話だ。


「五兵衛さん、冬馬さん、弥栄さん。この3人しか当時の事は知らないって事になるのかな?」


「そう。あとは捜索した警察の人や、両隣の集落から捜索を手伝ってくれた人達も知ってる。けど、捜索を手伝ってくれた人たちはあくまでも失踪事案が発覚した後の事しか知らないんだ。寒戸関村から一週間から二週間位の間にいなくなった人達・・・大体10名位の人数が立て続けにいなくなった間に何があったか、知ってるのは五兵衛さん、冬馬さん、・・・私の母さん。この3人だけだと思う」


「大橋さんは結局警察は誰も見つけることが出来なくて、手掛かりも無かったって言ってた。当時の状況や情報は寒戸関村の住人の証言だけだとも言ってた」


「そうらしいね。五兵衛さん、冬馬さん、母さんがどう言う証言をしたのかは実は私もよくは知らないんだ」


「どうして?マナミさんは詳しく聞いてないの?」


「多分・・・。子供にとっては余り良くない話だと思ったんだろうね。私も当時は急に村の人が減ったのを子供心に不思議に思って大人たちに尋ねたんだ。そうしたら、”みんなはお出掛けに行ってしばらく戻って来ないんだよ”って言われたのを覚えてる」


「お出掛け?」


「うん。それでも誰も帰ってこない。数か月後にまた私は大人たちに尋ねたんだ。その時は答えづらそうに、”皆は内緒で引っ越ししちゃったんだよ”って言われた。・・・その時の大人たちの対応に私も何か不思議な物を感じたよ」


「それは、どの様な?」


「カネちゃんのお母さんは、お父さんの事は話したがらないって言ってたよね?」


「うん」


「・・・私の感じたのもそれに似たような物だったと思う。母さんは聞くと答えづらそうにしてた。五兵衛さんは聞くと気まずそうな顔をしていた。冬馬さんに至っては・・・聞いたら”すまない。全て俺のせいだ”って心底申し訳無さそうに謝るもんだから、子供心にこの話は聞いちゃいけないもの何だって分かってきたんだよ。それ以来私はこの話は自分からは聞いていないんだ」


「そうだったんだ」


マナミさんの話は僕にも理解できた。

僕も母親に父親の事を聞くのは子供心にいけない事なんだと考えていた。


マナミさんもそれと同じような事を思ったのだろう。


「だからカネちゃんにもお願いがあるんだ。この話は少なくとも村の大人たちにとっては愉快な話じゃないと思う。それにナっちゃんやショウ君も察している様でこの話はほとんどしないんだ・・・だからカネちゃんも無暗にこの話を皆に聞くのは遠慮してくれないかな・・・?」


過去の失踪事案は大橋さんから聞いてしまった以上気になる話で無いと言ったら嘘になる。

けれど、約二か月間だけアルバイトで働く部外者の僕が過去の話を持ち出して、村の人たちの感情をみだりに傷つけるのも良くない事だと思える。


「分かった。この話はこれ以上詮索しないよ」


「ありがとう、カネちゃん」


マナミさんは続ける。


「・・・その後の寒戸関村は至って何も無い平和な村だよ。皆仲良しだし、過去の事は過去の事。それよりもこれから先、過疎化が進む未来の方が問題だと私は考えている。母さんも五兵衛さんも冬馬さんもいい歳だしね。村のアピールポイントを沢山作って、祝旅館のお客さんが増えるだけじゃなく、出来ればこの村に移住したいって人も増えてくれないかな~、って私は考えてるんだ」


マナミさんはとても前向きな性格だ。

昔の出来事より、これから先の寒戸関村の未来を明るくしたいと考えているのだろう。


大橋さんは寒戸関村が村ぐるみで口裏を合わせた可能性について言及していた。


けど、よく考えればそのうちの3人は当時子供だったし、大人3人も何かを知っていたのかも知れないが、事情は警察に全て話した訳だし、子供達にとっては余り良くない話だと思い、出来るだけ多くを語ろうとしなかっただけと考えるのが妥当だ。


そもそも大橋さんは”謎の死”等と言っていたが、それは大げさな表現だった事は本人も認めていたはずだ。


昨日は大橋さんの話を聞いて驚いたが、僕も無意識に過剰反応してしまったのだろう。


それが原因で過呼吸まで起こしてしまった・・・。


しかし、マナミさんから具体的な話を聞いていく内に、得体のしれない不安や不気味さはほとんど無くなっていった。


思い切ってマナミさんに話を聞いて良かったと思う。


「マナミさん。話しにくい事を話してくれてありがとう。実は今日の過呼吸もそれが原因だったんだと思う。でも、話を聞いてだいぶ不安な気持ちは落ち着いたよ」


「なら良いんだけど・・・。今日はもう安静にしててね。あと念のため今日は私と母さんの寝室の隣の、売店のカウンタースペースで寝てね。空き家で一人の時にまた発作が起きたら危険でしょ?」


「うーん。もう大丈夫だと思うけどなあ」


「だーめ。何かカネちゃんに異変があったらすぐ隣の寝室から助けるから」


う・・・面目ない。


と、ここでマナミさんは唐突に意外な事を言い出した。


「ところでね・・・。去年の年末、とあるスポーツ新聞で寒戸関村の過去の失踪事案にまつわる記事が掲載された事があったんだ」


・・・え?

去年の年末?

何で12年もたった今更?

・・・いや、それよりも・・・その様な記事誰が何のために書いたんだ・・・?


「初めに記事を見つけたのは母さんだったらしい。旅館の食堂に、このページが開かれて無造作に置いてあったんだって。このスポーツ新聞何だけどね。新聞名は聞いたことあるかな?」


マナミさんは二階に来る前に持ってきたスポーツ新聞の新聞名を僕に見せる。

あ、このスポーツ新聞は僕も知っている。

「日付以外は全て誤報」とまで言われている程あからさまにガセネタを売りにしている新聞だ。

UFOやら、未確認生物やら、胡散臭い怪談話を面白可笑しくネタにしているのをよく見る。


マナミさんはその新聞の該当のページを僕に見せてくれた。


見出しには・・・。

”集落住民大量失踪の謎が解明!?黄金と権力に狂った内部抗争か!?”

・・・と、書かれていた。


記事には集落名こそ伏せられているものの、佐戸ヶ島某所の集落で昔起きた住民の大量失踪、さらにはその原因が隠された黄金に端を発する内部抗争が原因だった等と、とんでもないことが書かれていた。


記事の写真には見覚えがある。寒戸関村が一望出来る地点から村の全景を取ったものだ。

村の住民や近くに住む人が見れば、それが寒戸関村であることは一目瞭然だろう。


明らかに寒戸関村の過去の失踪話を面白おかしく脚色して書かれている事は明白だ。


「マナミさん。この記事を書いたのって・・・」


「記者名は書いて無いから断言出来ないけど・・・心当たりはあるよ。幸い元々ガセネタを売りにしている新聞だから世間の注目は集めなかったけど」


僕の脳裏にいくつかの情報が交差して結ばれていく。


”今はな、心霊現象なんかの一般受けしそうなオカルト記事を書いとるで”


まさか・・・。


”過去に凄惨な出来事があった「曰く付きの場所」で解説を挟みながら記事を書いて紹介すると読者も興味深く読んでくれるんや”


” 俺が欲しいのはな、埋蔵金と言うより面白いネタや”


” 霊の存在の証拠が無ければ心霊写真を捏造すればええんや。埋蔵金を示す資料が無ければ・・・作ればええんや”


まさか。まさか。まさか・・・。


”北輝久、・・・あの胡散臭いネズミ野郎は何時までこの村に居ると聞いている?”


”去年まではコソコソ嗅ぎまわって居たようだが、昨年末からあからさまにやり方を変えてきた様に俺ァ感じるぜ?”


・・・ッッ!!


・・・該当しそうな人物は一人しか思い浮かばない。


マナミさんは大きな声で呆れたように言う。


「一体何処のどなたさんだろうね?こんな馬鹿げた記事を書いてくれたのは!」


今僕たちがいる場所は二階の廊下。

目の前の客室は北さんの部屋・・・。


「五兵衛さんはね、怒っているんだよ。この記事を書いた人の事を。そりゃそうだよ!人様の村を勝手に惨劇の舞台呼ばわりされたら良い気なんかしないよ」


そのセリフは明らかに僕に向けられた物では無い。

ドアの向こうの人物に対して言っている。


” 今日は北さん一日中客室で過ごすって。だから客室清掃しなくて良いって”


・・・今日どこかでマナミさんがそんなことを言っていた気がする。


「私も悲しいよ。そりゃ寒戸関村は有名になって貰いたいし、お客さんも一杯来て欲しい。けど、私が望んでいるのはこんな形で有名になる事でも、来て欲しいのは、変な好奇の目で来るお客さんでも無いよ!」


マナミさんはいつの間にか立ち上がり、北さんの客室のドアに大声で話しかけている。


「去年までは気さくで楽しい人だと思ってたのに・・・。もうどう接して良いか分からない・・・。こんな事もう止めて欲しいよ。北さん・・・」


そのままマナミさんは力なくうなだれてしまった。


ゆっくりと・・・ドアが開く。


客室から北さんが出てきた。

いつもの飄々とした表情ではなく真剣な表情をして立っていた。


「すまんな。マナミ。俺も自分がしている事は分かっとるつもりや」


北さんが言った。

新聞の記者名は書かれていなかった。

つまりこの発言は事実上の自白だ。


・・・この記事を書いたのはやはり北さんだったのか・・・。


「じゃあ・・・。もうこんなデタラメな事はよして下さいますか・・・?」


「悪いが、俺はここで降りる気はサラサラないで。それに自分がしている事がデタラメとも思ってへん」


マナミさんの懇願にも聞こえる要求を北さんはハッキリ断る。


「無駄に過去を蒸し返しているつもりは毛頭あらへん。けどな、マナミの気持ちは分かった。もうここからは下手な馴れ合いは無しや。軽蔑してくれてもかまへん」


僕には北さんがまるで別人の様に見えた。

呼び方も昨日までの”マナミちゃん”から”マナミ”と呼び捨てに変わってる。


”あれがあいつの本当の性格だと俺ァどうしても思えねえのよ”

確か五兵衛さんは北さんの事をその様に言っていた。


ここに来て・・・。

五兵衛さんの言っていた事が分かった様な気がする・・・。


「今日からは、飯は客室で頂くわ。その方がお互い精神衛生上ええやろ」


そう言って北さんはメモ帳に何かを書くとそれを破り、マナミさんに手渡した。


”【佐藤 創名(さとう きずな)】19才”


メモ帳の切れ端にはそう書かれていた。


「これは俺からの宣戦布告と解釈してくれ。五兵衛のオッサンや土屋冬馬氏にもこれを見せて貰ってもかまへん」


「あの・・・これは一体何ですか?」

マナミさんが聞く。


「俺が呼んでいる知り合いの女の子や。3日後祝旅館に宿泊しに来る。その子のフルネームや」


そう言えば北さんは埋蔵金の話をしていた時に、器用な知り合いの女の子に偽の古文書を書いてもらう様な事を言っていた。


しかし、何故その人物のフルネーム情報が宣戦布告になるのだろうか・・・?


マナミさんには何か思い当たる節があるのか、何度かそのフルネームを呟いていた。


「佐藤創名は少なくとも過去数年の間にマナミや名二三と数度面識があるはずや。少なくとも本人は鮮明に覚えとるそうや」


「・・・この方の名前には確かに聞き覚えがあります。けど何故北さんと佐藤さんが?私に取っては何の接点も無い方だと思ってました」


「創名はな、今年高校卒業してからフリーライターになったんや。つまり俺の同業者兼後輩みたいなもんや」


北さんはしばらくマナミさんと目を合わせていたが、先にフッと目を逸らした。


「もうこんなもんでええやろ。後は俺は俺のやり方をさせて貰うで」


旅館の1階から呼び出し音のチャイムが鳴る。

今日の他のお客さんがチェックインしたようだ。


マナミさん複雑な表情で北さんに一礼すると1階に降りていった。


北さんは残された僕に視線を移す。


「悪いな本間。おとといの晩のおしゃべりは楽しかったで。けどもう俺と仲良くしてたら村の人間の心証が悪くなるかも知れんな。俺からお前に話をすることもあるかも知れへんけど、嫌だったら断ってくれてもええ。逆に・・・話に興味があったら聞いてくれてもええ。後はお前に任せるわ」


北さんは少しだけ寂しそうに笑うと部屋に戻り、ドアを閉めた。


そしてかちゃりと鍵の閉まる音。僕にはその音が、北さんとの繋がりが消えていく音の様に聞こえた。


僕にはそれが、とても寂しいような、悔しいような・・・。


形容しがたい感情でしばらく立ち尽くしていたが、もうここにいても仕方がないので・・・僕は1階に降りていった。

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