7 12年前の失踪事案
「謎の死・・・!?寒戸関村に一体何があったんですか?」
僕は思ってもみなかった話を聞いて思わず大声で叫んでしまった。
「本間さん。ここから先はちょっとばかり人聞きの悪い話なので、小声でお話頂けますか?」
「あ、はいすみません」
「誤解が無いようにあらかじめ申し上げておきますが、謎の死といっても本当に死んだかどうかは分かっていないのです。あくまで”法律上”その方々は謎の死をとげた事になっているのです」
大橋さんが言っている意味が分からない。
どういう事だ・・・?
「本間さんは”失踪宣告”という言葉をご存じですか?」
「い、いえ。初めて聞く言葉です」
「失踪宣告とは、不在者、生死不明の人・・・例えば死体が確認できていない人などを死亡したものとみなし、その者にかかわる法律関係をいったん確定させるための制度です」
「えーと、要するに失踪して行方不明になった人がいたとして・・・。いつまでもその人が見つからない場合、その人は死亡者扱いになってしまうのですか?」
「はい。簡単に行ってしまえばそういう事になります。もう少し補足するなら、基本的に行方不明期間は7年が必要です。また、失踪宣告がなされるためには利害関係人の請求が必要で、家庭裁判所が認めた場合のみに限られます」
大橋さんが補足説明をする。
「今から約12年前・・・この寒戸関の住人が次々に行方不明になってしまったのです。人数は10名近くに登ります」
「次々に・・・10名近くも・・・一気にいなくなったのですか?」
「実はですね。そこの所が実に曖昧で要領を得ないのですよ。寒戸関の住人の話では、まず一人の男性が初めに失踪したそうです。その方は奥さんとお子さんがいらっしゃって、奥さんが捜索願を出されました」
「その後は・・・?どうなったんですか?」
「警察も一応捜査はしましたが、初期対応が遅かったのですよ。初めに行方不明になった男性は放浪癖のある人で、その内帰って来るだろうと寒戸関の村の住人も、警察の者も思っていました」
「つまり、本格的な捜査は行われなかったということですか?」
「お恥ずかしい話ですが、そう言うことです。しかし、その数か月後、今度はその奥さんを含めた、寒戸関の住人が次々と行方不明になってしまいました。今度は一気にいなくなったものと我々警察は推測しております。少なくとも一週間から二週間の間にです」
「推測・・・ですか?」
大橋さんの説明が少し断定的では無い。
「そうです。と言うのも今度は寒戸関の住民達がすぐには捜索願を出さなかったのがいけなかった。初めに一人、次に一人、次に二人、次に四人、次に一人・・・と徐々に気が付かない内に人がいなくなっていき、気が付いたら村の半数以上の住民がいなくなっていたそうです。
初めは寒戸関の人々も何か用があって不在にしているだけで、すぐ戻って来るだろうと呑気に考えていた様ですが、数か月前に一番初めに失踪した男性の奥さんまで失踪して、家には幼いお子さんだけが残されていたそうなんです。さらに、他の家でも子供だけ放置されて残された家がもう一軒あったそうです。
幼い子供を誰にも預けず一人だけ家に放置するのはあり得ない話ですからね。それが二軒です。ことここに至って異常事態だと寒戸関の住人も気が付いた様で、捜索願が届けられたのが、二人目の失踪者が出てから一週間以上たってからだったのです」
確かに・・・家族ごといなくなったのならば、旅行にでも行ったのかなと考えるかも知れないが、小さな子供だけ残して親がいなくなるとは普通考えられない。
「二度目の捜索願が出された時は流石に警察も本格的な捜査をしました。しかし、誰一人として見つけられませんでした。初めこそ大規模な捜索が行われましたが、時間が経つにつれ捜査の規模は縮小。・・・今では捜査すらされず、最早忘れられた過去の案件となっています」
「何か手掛かりは無かったのですか?」
「寒戸関やその周辺の集落、相川町中心街や両津港、フェリー運航会社、新潟市まで聞き込みを行いましたがめぼしい目撃証言等は得られませんでした。不自然なまでにね。失踪したおおよその日時と順番、人数は寒戸関の方からの証言だけです。
実はですね、それ以外の情報がほとんど無いんですよ。例えばですよ?もし、寒戸関の方々が口裏を合わせて嘘の証言をしていたなら話の前提条件そのものが崩れてしまう。そう言う見方も出来なくは無いんですよ?」
僕は言い様のない寒気と不快感に襲われた。
僕は昨日と今日会った村の人々の事を考えた。
皆良い人ばかりだ。
その村人達が口裏を合わせた嘘の証言をしているだと?
僕は・・・
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1.それを否定したくて、抵抗するような発言をしてしまった。
2.大橋刑事の話をもっと聞いてみる必要があると思った(現在選択不可)
→「1」を回答
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それを否定したくて、抵抗するような発言をしてしまった。
「けど、不明者達はもしかしたらどこかで生きているかも知れないのですよね?法律的にはそうかも知れませんが”謎の死”とまで言い切ってしまって良いのでしょうか?それに何ですか。寒戸関の住人が口裏合わせて嘘の証言って!?」
大橋さんは謝る様な仕草をする。
「すみませんねえ。警察は人を疑うのが仕事なものですから。
しかし、”謎の死”という表現は少し大げさでしたね。それにね、実は法律的にも実は彼ら行方不明者は死亡者扱いにはなっていないのです」
は・・・?
どういう事だ?
「最初に話した失踪宣告の前提条件覚えてらっしゃいますか?」
「確か・・・7年間の行方不明期間が必要とか・・・ですか?」
「そうです。その点はクリアしています。しかし、失踪宣告がなされるためには利害関係人の請求が必要で、家庭裁判所が認めた場合のみに限られます。
寒戸関の一連の失踪案件の場合、利害関係者からの請求がされておらず、当然家庭裁判所も失踪宣告の審判をしてないのです。つまり法律上も失踪者達は生きていることになるのです」
「な、なら大橋さんの言ってた事は最初から脚色された話だったんですね。失礼ですが、僕は今の話を聞いて不愉快になりました」
僕は自分が気弱な性格だと思っていた。
そんな僕がかなり語尾を荒げて大橋さんに文句を言ってる事に僕自身も少し驚いた。
「なっはっは!失礼。いや、夏の熱い夜には怖い怪談話も良いかもと思いましてね。どうです?少しは涼しくなったでしょう?」
扇子を振りながら、大橋さんは信じられない事を言う。
もしかしたら、今の話もほとんどデタラメな話で、僕をからかっていただけなのか!?
「涼しくもなりませんし、怖くもありません。もう夜も遅いしお帰り頂けるでしょうか?」
僕は玄関を開けて催促する。
「これはこれは失礼しました。ああ、失礼ついでにもう一つ言わせて頂きますとね。この空き家、一番初めに失踪した男性と、その後失踪した奥さん、そして取り残されたお子さんが、中川五兵衛さんから借りていた借家なんですよ」
何だって!?
この家が・・・?
「それでは、ごきげんよう。今の話は忘れて下さって構いませんよ。不愉快でしたらね」
大橋さんは玄関で靴を履く。
「けどもし、何か不測の事態が有れば・・・先ほど渡した名刺の電話番号にご連絡下さい」
そう言い残すと、大橋さんは外に停めてあった車に乗って帰って行った。
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