5 夕食作り
祝旅館に戻る。
もう一度だけ冬馬さんの家の呼び鈴を押したが、まだ留守の様だった。
「もうそろそろ夕方だね。よし、カネちゃん一緒に夕食作りしよ」
「わかった。今日のお客さんは何名様なの?」
「家族の団体客2組様合計6人とプラス北さんだね」
昨日より多いな。
昨日は北さん一人だけだったから、ある意味接客練習の様な事が出来たが今日はどうなることやら。
「カネちゃん。接客は最小限で良いよ。裏方の仕事も多いからね。誰かしら旅館にいた方が良いから店番位はやってもらうことあると思うけど」
僕の心配を察したのかマナミさんが言ってくれる。
「そ、それじゃあ当面の課題は夕食作りだね。僕にも出来るかな・・・?」
「大丈夫。大丈夫」
お客さんのチェックイン時間は早くて15時ごろになっているが、そこまで早く到着するお客さんは余りいないとの事だ。
今は16時位だがまだ誰もお客さんはいない。
「あら、お二人とも。みなさんへのご挨拶はすみましたか?」
と弥栄さん。
「冬馬さん以外ね。そろそろ夕食作りだね。今日は私とカネちゃんで作ってみようと思うんだ」
「あらあら。私も作りますよお」
「じゃあ母さんは見てるだけ。問題点があったら指摘して」
「分かったわ」
昨日の夕食は豪華だった。
それに焼き魚や刺身程度はともかく、それこそサザエのつぼ焼き何て作った事無いしな・・・。
僕はマナミさんの指導の元、まずは基本的な料理の下ごしらえを行い、続いてここからが本題、海の幸だ。
「カネちゃん。冷蔵のサザエと冷凍のサザエどっちを見たい?」
「えっと。じゃあ冷蔵の方」
僕が答えるとマナミさんは業務用の冷蔵庫(今日の僕が昼食を作ったものとは別の冷蔵庫)から大きなタッパーに入ったサザエを取り出す。
「昨日母さんが石田集落の漁師さんから、格安で買ったサザエだよ。まだ生きているからね」
マナミさんがサザエを触ると・・・動いた!?
マナミさんはつぼ焼きや、刺身のやり方を教えてくれる。
つぼ焼きはサザエの蓋が下にくる様に焼いて、ある程度火が通ってグツグツしてきたらひっくり返して醤油と料理酒を合わせた調味料をたらす。
さらにしばらく火を通した後皿に移してスプーンで身を取り出す。
うーん。やっぱりグロテスクだ。
けど、調理方法自体は意外にシンプルだ。
僕もマネして作ってみた。
マナミさんがそれを食べる。
「うん、合格」
刺身は活きたサザエを上手く蓋ごと取り出し、マナミさんが捌いて見せた。
こっちは難易度高そうだ。
「カネちゃん。どう?食べてみる?」
昨日食べた事もあってか抵抗感は薄くなっているが、ついさっきまで動いていた物を食べるのは気が進まない。
と、素直にマナミさんに言った。
「OK。それなら・・・」
マナミさんは今切った刺身を醤油につけてパクリと食べると、今度は冷凍庫からサザエの身だけ入った物を取り出すとそれを茹でて、捌いて刺身を作ってみせた。
「長期保存用に冷凍保存も一応出来るんだ。この場合は食中毒予防に茹でる必要がある。味は落ちるけどね。こっちはどうかな?」
「うん。食べてみる」
僕は思い切ってサザエの刺身を食べてみた。
なるほど・・・これが刺身か・・・。
薄く細かく切ってあるので、原型を留めてない分、少しだけ食べるのに抵抗感が低かった。
続けてアワビや焼き魚等、海近くの旅館ならではの海産物をマナミさんが説明しながら調理し、僕もマネをして出来る範囲で調理してみた。
それをマナミさんや弥栄さんが味見する。
「美味しいですねえ」
と弥栄さん。
「うん。見よう見まねでやってみただけにしては中々だよ。私や母さんが味見して、提供できるレベルなら実験的に北さんにお願いして食べてもらおう」
何だか北さん練習台扱いされてる。
結構良いように使われてるな・・・。
そうこうしている内に二組のお客さんがたがチェックインを済ませている様だ。
そちらは弥栄さんが対応してくれている。
北さんも帰ってきた。
いつの間にかもう日も暮れている。
夕食の時間。
団体客の一組は客室で、もう一組は食堂で夕食を取るそうだ。
マナミさんが北さんに部屋の清掃の評価と、夕食に僕の料理を食べてくれるかどうか聞いてくれた。
「北さん。客室清掃は100点満点だってさ。夕食もカネちゃんの手作り期待してるって」
客室清掃の方は安心したが、従業員一日目で夕食作りか・・・。
プ、プレッシャーだ。
部屋でお食事を取るお客さんの分はマナミさんが調理してくれた。
弥栄さんとマナミさんが、客室で夕食を取るお客さんの料理をお盆に載せて運んでいく。
僕もそれに同席し、やり方を見学させてもらった。
食堂で夕食を取るお客さんは、北さんの他にもう一組のお客さんがいた。
父親と母親、そのお子さん・・・ご家族のお客さんらしい。
北さんはそのお客さん達とも親し気に会話している。
お酒やジュースも北さんがおごっている様だ。
やっぱり北さんは人と打ち解けるのが上手い。
ある意味、祝旅館にやって来る新規客の好感度を北さんが上げてくれている。
祝旅館のリピーターを増やしてくれる要素になるかも知れない。
そんな印象を受けた。
と、同時に・・・脳裏には先ほど五兵衛さんが北さんに対して向けた言葉が浮かんだ。
胡散臭いネズミ野郎。
やり方が汚い。
性格が偽り。
・・・確かその様な事を言っていた。
いやいや。今は料理に集中しないと。
枝豆や冷奴等のお酒のおつまみ程度は問題ないと弥栄さんやマナミさんからお墨付きを得て、北さんに運ばれていく。
「北さん、美味しいって言ってたよ」
「う、うん」
まあ、それくらいは誰でも出来る料理だからな・・・。
問題はここから。
サザエやアワビの刺身。
その他海の幸の調理。
そして盛り付け。
味見をしてもらう。
「盛り付けはまだ改善の余地があるかな?でも味は上出来だよ。北さんに限らず一般のお客さんに提供出来るレベルだね」
僕の料理が北さんの元に運ばれていく。
「北さん誉めてたよ。でさ、食堂で北さんと会話してるお客さんご一家も新人君の料理食べてみたいって」
マジか。
今日一日でそこまで出来るとは思ってなかった。
僕は料理をし、盛り付けも細心の注意をしつつ出来るだけ綺麗に仕上げる。
「お、さっきより上手くなってるじゃん」
とマナミさんが誉めてくれた。それも運ばれていく。
「お客さん美味しいって。あともう一つリクエスト。ご家族のお客さんのお子さん、海産物苦手だから、チャーハン食べたいって言ってたよ。カネちゃん、もうひと頑張りお願いして良い」
「分かった」
僕は昼食に作ったのと同じ、チャーハンを作った。
「お子さん喜んでたよ。美味しいって」
・・・よ、良かった。
お客さんの夕食が済み、それぞれが客室に帰っていく。
戻り際に北さんが僕にこんなことを言ってくれた。
「本間。お前もう十分一人前やんけ」
「あ、ありがとうございます」
「何や、その自信なさそうな返事は?もっと胸張って頑張りや~!」
時計を見ると午後9時過ぎになっていた。
もうそんな時間か。
ふと何の気も無しに食堂からの窓から外を見ると、冬馬さんの家に明かりが灯っているのが見えた。
マナミさんも僕の視線に気が付いて窓から外を見る。
「冬馬さん戻ってきたみたいだね。ちょっと時間的に遅くなったけど、挨拶しに行く?」
「いや、今日はもう遅いし失礼なんじゃないかな?明日にするよ」
「OK。ならカネちゃんも今日はこれであがり。お疲れ様」
「え?でもまだ後片付けとか残ってるし・・・」
「カネちゃん、今日昼前からぶっ通しで働いてるんだよ?これ以上はダメ。上司命令。時給換算で残業代も付けるから今日はもうゆっくり休んでね」
マナミさんの上司命令により今日はお役御免となった。
お風呂に入って、夕食のまかないを食べさせてもらった。
「明日は朝食調理の時間は寝てて良いからね。お客さん皆8時位には食べ終わって外出するらしいから、9時頃まで寝てて良いよ。それから皆で朝食食べよう」
明日の朝食作りもしなくて良いとの上司命令。
「はいこれ。南隣の空き家の鍵。五兵衛さんの許可取っておいたから。布団と扇風機とお茶やポット等の最低限の生活品はさっき運んでおいたよ。じゃあおやすみカネちゃん」
あ、そう言えば今日から隣の空き家で寝泊りする事になっていたんだっけ。
「ありがとう。じゃあ悪いけど、先に休ませてもらうよ」
僕は鍵を貰って南隣の空き家で一足先に休ませて貰うことにした。
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