4 中川五兵衛・中川勝吾

学校に着いた。

ちょうど下校時刻が重なっていた様で、何人かの生徒が帰っていくのにすれ違った。


「マナ姉ちゃんだ」

「元気だった?マナ姉ちゃん?」


「元気元気!君らチビッ子諸君も元気にしてたかな~?」


「元気!」

「マナ姉ちゃん今度遊ぼ!」


「仕事が空いてたらね~!五兵衛さんとショウ君はまだ学校?」


「うん。まだ学校にいたよ」


マナミさんは子供にも人気があるようだ。

確かに誰からも好かれやすそうな性格してるからなあ。


校舎を見渡す。校舎、体育館、校庭、教室、職員室。


20人規模の学校にしては中々規模が大きい。


「それじゃあ行こうか。カネちゃん、首はちゃんと洗ってきた?」


「この期に及んで不安になる事言うの止めてよ」


「あはは。万が一の時は私が介錯してあげるから安心して。えーと2人は何処にいるかな?」


玄関から靴を脱いで来客用のスリッパに履き替える。


「職員室にはいないね。ん?教室に何人かいるね。あ、五兵衛さんとショウ君見っけ!」


僕は扉の窓ごしに教室を除き見る。


教室には(年齢的に)多分五兵衛さんと思える男性がいる。

白髪交じりのスポーツ刈りの頭には鉢巻を付けて、何だか葉っぱ?のような物を咥えている。

結構ガッシリした体格だ。

つ・・・強そう。


他にも数名生徒いるが、小学生と思われる生徒が数名と年長っぽい中学生と思える少年が一人いる。

恐らくこの少年が勝吾君だろう。

名二三と姉弟だけあって、どことなく猫っぽいツリ目気味の目をしている。けど、名二三には悪いが、勝吾君の表情からは知的でクールな印象を受けた。いや、別に名二三が知的じゃないと言っている訳では無いんだ・・・うん、多分。

髪は男子にしては少し長めで首の後ろが隠れる程度、肩まではかからない程度。


マナミさんは勢いよく教室の扉を開けると、大げさに片膝をついて芝居がかったポーズをする。


「ご無沙汰しておりやす。五兵衛様、勝吾殿」


わざとらしく名前を呼びながら、視線を五兵衛さんと勝吾君に向けることで僕に誰が誰かを教えてくれている様だ。


「おう。真名美か。ご無沙汰っても、せいぜい2か月振りだろうが!おらァ位の歳になるとそんなんあっという間よ!」

と五兵衛さん。


「マナ姉か。前にあったのはゴールデンウィークだね。俺にとっては久しぶりに感じるよ」

と勝吾君。


他にも生徒数人から

「マナ姉ちゃん久しぶりー!」

と声をかけられている。


「既に名二三殿から聞き及んでおられることと思われますが、この村には悪い虫が入り込んでおりやす」


・・・は?

何言ってるのマナミさん!?


「おう。名二三から聞いてるぜ!悪い虫とやらは何処に居やがるんでぇ!俺ァが直々に成敗してやるぜ!チキショーメ!」


五兵衛さんも何だか芝居がかった仕草で辺りを見渡す様なフリをする。


「悪い虫は先日、この祝真名美がひっ捕らえてご覧に見せやした。この悪い虫、名を本間鐘樹と申しておりやす。どうやら本人も観念して自ら首を洗っている様子。後は煮るなり焼くなり、村長であらせられます五兵衛様のご聖断にお任せいたしやす」


と言って僕の体を教室の中にドンと突き出す。

本当に何してくれやがりますの!?マナミさん!?


僕がオロオロと教室で狼狽えてると、勝吾君と目が会った。

勝吾君は心のそこから同情的な視線を送ると、助け舟を出すように呟いた。


「えーと。本間さんだっけ?このノリ面倒だったら無理して付き合わなくて良いよ?」


「てやんでい!勝吾!餓鬼はすっころんでろい!」


五兵衛さんは軽ーく勝吾君を付き飛ばす仕草をする。


勝吾君は仕方なく、といった様子で大げさに付き飛ばされたフリをして数メートル自分で吹っ飛んで倒れこむ。


「コイツが悪い虫か!俺ァの鉄拳制裁で成仏させてやるぜ。べらぼうめぇ」


五兵衛さんはゲンコツに息を吹きかけると僕に向かってツカツカ歩いてくる。

えーと、状況がよく分からない。

そもそも佐戸に来てまで江戸っ子風になじられるとは思いもしなかった。

いや、問題はそこじゃない・・・と思う。

え、えーと。えーと?


訳が分からずいる間にも五兵衛さんはズイッと間近に迫り、大きなゲンコツを勢いよく僕の脳天に、チョコンと叩いて見せた。


ど、どうする!?

混乱してる場合じゃない!良く考えろ!

教室に入ってから今までのやり取りの中に幾つもヒントがあったはずだ!

もうこうなったらヤケだ!

考えるな!感じろ!それを行動に移せ!!


「ぐはあ!!」


僕は勝吾君のマネをして思いっきり痛そうなフリをしつつ数メートル自分で吹っ飛んだ。


「どうでえ。見たか!俺ァの鉄拳は人間の脳みそに入り込んだ虫をも砕く聖拳よ!これでてめえの中の悪い虫はやられた様だな。本間ァ!」


こうなったらもう徹底的にこの茶番に付き合うしかない。


「こ、この本間鐘樹、今まで悪い虫に憑りつかれておりやした!しかし、五兵衛様の鉄拳制裁のおかげでスッカリ虫も抜け、生まれ変わった心境でおりやす!」


「おうよ。ならもうこの村に悪い虫なんかいやしねえ。改めて仲良くしようぜ本間ァ!」


「は、はい。それはもう喜んで。五兵衛様」


「様なんてつけんなよ。五兵衛さんで十分よ!」


「は、はい。五兵衛さん。よろしくお頼みもうしやす!」


・・・シーンと静まり帰る教室。

ぼ、僕の対応は本当にこれで良かったのか!?


数秒後・・・。

生徒達から拍手と喝さいがあがった。


「村長カッコイー!」

「校長カッコイー!」

「組長カッコイー!」


よく分からないが生徒達には大うけだった様だ。

って最後に言われた組長って何だよ・・・。


「あ、本間。ちょっと芝居のし過ぎで疲れたわ。ここから先は普通に話しても良いか?」

そう言って五兵衛さんは肩をコキコキ鳴らす。


そ、それはこっちのセリフだ。

何て口が避けても言えない。


「ここにいるのが勝吾、まあ、俺ァの息子だ仲良くしてやってくれ」


「よろしく。本間さん」

「よろしく。勝吾君」


勝吾君が握手を求めてきたので僕も応じた。

握手。

・・・3,4秒そのまま・・・ちょっと長くないか?

不意に体にちょっとした違和感を感じた。

重心が少し崩れるような・・・。

これ・・・もしかして・・・。


と思ったら勝吾君は一人で何かを納得したかの様に頷くと手を放す。


「勝吾君、今の合気道?」

僕は思った事を口にだした。


勝吾君は淡々と答えた。

「分からない。冬馬さんから教えてもらった技。本間さんは合気道経験者?」

「いや、違うけど感覚的にそう思った」

「ごめんね。年上の人に試すような事しちゃって」

「良いよ。全然。気にしてないから」


しかし、姉が剣道、弟が合気道に似た技を使うのか・・・。

もしかしたら父親である五兵衛さんも何かしらの武術を使うのかも・・・。


「へっ。甘っちょろい技術なんてかゆいぜ。喧嘩なんてゲンコツだけで十分よ!」


あ、このセリフは多分技術不要の殴り合い専門、脳筋タイプっぽいぞ・・・。


「あと、こいつの名は~で、コイツは~、コイツは~な。あー後30分早ければ生徒全員紹介出来たんだがなー!」


生徒の名前を次々と教えてくれる。

まあ正直そんなに一気に教えられても覚えられない。

メモ帳持ってくれば良かった・・・。


「それから、ここにはいねーが、俺ァの娘、合川高校3年の名二三。あいつとは昨日会ったんだよな?」


「は、はい!」


再び緊張が走る。

名二三は五兵衛さんに相当僕の事悪く言っているはずだ。


「あいつな。高校にほとんど友達居ねーんだ。余りにもストイックに剣道部やってるもんだから、ちょいと部活の中でも浮いている節があるのよ。な?真名美」


「今は分かりませんが、私が三年生で合川高校剣道部入っていた時、一年生時のナっちゃんは部内ではその様でした」


マナミさんが言う。


「マナミさん、高校で剣道やってたの?」


僕にとっては初耳の情報だった。


「あ、うん。私ほとんど幽霊部員だったけど」


「マナ姉は高校で剣道、柔道、空手の三つの部活掛け持ちしてたんだよ。それで、柔道と空手は全国大会ベスト4まで行った、凄い人だよ。だから名二三姉ちゃんもマナ姉の事尊敬しているんだ」


勝吾君が僕に説明してくれた。

柔道と空手掛け持ちで全国ベスト4!?

それって無茶苦茶凄いじゃないか。


「す、凄いねマナミさん」


「いや、アレは本当にタマタマだよ。それに剣道は県内予選落ちだし・・・」


マナミさんは謙遜した様に話すがちょっと照れている様にも見える。


「真名美はスゲー奴だよ。で、だ。話を戻すぜ?名二三はそんな事もあってか、高校生活の事聞いても話したがらねーのよ。けどな、昨日家に帰ってきたら名二三の野郎、凄い剣幕で”今日こんな奴に会った!許せない!竹刀の錆にしてやるんだから!”とか喚いてんのよ。俺ァも勝吾も目がテンになったぜ。あんなにイキイキ元気に話す名二三見たのは久しぶりだったな勝吾」


「そう言う解釈もできるね。父さん」

勝吾君は肩をすくめさせさせながら答える。


そ、そんなこと言ってたのか。

てか、竹刀に錆なんか出来ないだろ・・・。


「そう言う訳だからよ。名二三とも仲良くしてやってくれな。本間」


「は、はい」


何がそう言う訳なのか分からないが取り合えず五兵衛さんの話に同意した。


取り合えず、五兵衛さん、勝吾君とも仲良くなれたって事で良いのかな・・・。


確かにマナミさんが言っていたように五兵衛さんは迫力はあるが性格は真っすぐで良い人だと思う。


勝吾君は少し斜に構えた感じの印象も受けるが、この場で僕に助け舟を出してくれた事から、癖の多い村人の中では確かに常識人の様に思える。


何はともあれ、僕は安心していた。


「所でよう、真名美」


「何です?」


「北輝久、・・・あの胡散臭いネズミ野郎は何時までこの村に居ると聞いている?」


・・・!?

胡散臭いネズミ野郎・・・?

五兵衛さんは今確かに北さんの事をそう呼んだ。

それも僕の時みたいに冗談で言っている感じでは無い。


明らかに軽蔑を込めた発言の様に聞こえた。


「・・・今年は長めに連泊するとの話です。また、数日後に知り合いの女性を呼んでいるそうです。その女性は祝旅館に宿泊されます」


「去年まではコソコソ嗅ぎまわって居たようだが、昨年末からあからさまにやり方を変えてきた様に俺ァ感じるぜ?真名美はどう思う?」


「・・・私の口からお客様の悪口は言えません」


「そうか。どうしたもんかね」


「さあ。五兵衛さんの鉄拳制裁で北さんの頭の悪い虫を退治は出来ませんか?」


マナミさんは苦笑いを浮かべながら言った。


五兵衛さんも苦笑いを浮かべながら返す。


「そうしてえのは山々だが、あの野郎、ネズミみてえにすばしっこいからゲンコツ当てたくても当たらないのよ。奴を捕まえる事が出来るのは冬馬くらいしかいねーだろうな」


「五兵衛さんと北さん、本来、性格的には相性良いと私は思う時あるんですがその点についてはどう思います?」


マナミさんが論点を変えてくる。

確かにそれは僕も思った。

北さんは飄々とした掴み処の無い所はあるが、性格に難があるとは僕には思えない。

五兵衛さんも真っすぐな性格だし、本来普通に仲良く出来るはずだ。

そもそも五兵衛さんは何を理由に北さんの事をそんなに悪く言うんだ?


「そう思った事も俺ァあったさ。だがな、あいつのやり方だけはどうしても気に入らねえ。それにあれがあいつの本当の性格だと俺ァどうしても思えねえのよ」


北さんの性格が偽り・・・?

五兵衛さんはそう言ってるのか?


「冬馬さんは北さんに対してどのような見解を持ってますか?五兵衛さん」


「冬馬は、北の事になるといつも以上に慎重になるのよ。聞いても答えてくれねえ。その点も俺ァ納得がいかねえ」


「・・・冬馬さんは元々口数少ないですからね」


「いや、真名美。そう言うのとはちょっと違うんだ。あいつと俺ァ子供の頃からの付き合いだから何となく分かっちまうんだけどよお」


・・・さっきから何の話をしているんだ?

僕はついさっきまで北さんとも五兵衛さんとも仲良くなれたと思い込んでいた。


けど、北さんと五兵衛さん。両者の間には・・・少なくとも五兵衛さんから見た北さんの印象は余り良くは無い様だ。


僕にはそれがどうしようもなく、・・・不快に感じた。

もちろんそれは、僕の独りよがりな勝手な感情だとは自分でも分かっている。

けれど、気分は、良くない。


教室内の空気も重くなっていくのを、僕は感じた。


と、そこで生徒の数人が思わぬ事を言った。


「センセー、いけないんだ」

「センセー、人の悪口は言っちゃいけないっていってるじゃん」

「そうだよ。悪口言う位なら拳で語り合えって言ってるのにー」

「いーけないんだ、いけないんだ♪」


五兵衛さんが罰の悪い表情を浮かべる。


「だってさ。父さん」

さらに勝吾君が追い打ちをかける。


「しまった。こりゃ一本取られたぜ。そうだな、悪口言うくらいなら拳で語りあうのも・・・良いかもな」


五兵衛さんはそんなことを言った。


これって事態が好転したのか、悪化したのか・・・。


拳で語り合う・・・。

五兵衛さんはもしかして言葉通りの意味で言っているのか!?


「すみません。五兵衛さん。そろそろ旅館に戻って仕事の準備に取り掛かりますので今日はこれで失礼いたします」


「ああ、真名美悪かったな。人の悪口に巻き込んじまって」


「いいえ、それではまた明日、祭りの準備の時にまたお会いしましょう。じゃあ行こうかカネちゃん」


「あ、うん。失礼します。五兵衛さん。今後ともよろしくお願いいたします。」


「ああ、よろしく頼むぜ。本間」


来た時よりやや肩を落としている五兵衛さんを後に僕たちは校舎から立ち去った。

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