7 埋蔵金
「埋蔵金・・・ですか?」
「そや。まあ埋蔵金と一口言っても色々な物があるで?”徳川家の埋蔵金”、”豊臣家の埋蔵金”、”武田信玄の埋蔵金”、”天草四郎の埋蔵金”、変わったところでは”太平洋戦争時に山下陸軍大将がフィリピンに隠した埋蔵金”なんてもんもあるな」
「北さんはその中のどれについて調べていらっしゃるんですか」
「本間、お前確か大学の歴史学科専攻やったな。ちょっと自分で推理してみ?」
北さんが僕を試すようにニヤリと笑って見せる。
「一つだけ確認させて下さい。北さんはどこに埋蔵金が有ると考えて調べてらっしゃるのですか?」
「場所はここ、佐戸ヶ島や」
「面白い仮説ですね。群馬県では無く、佐戸ヶ島に”徳川”埋蔵金があるとお考えですか?」
「ほう。どうして徳川埋蔵金だと考える?」
「佐戸ヶ島は江戸から遠く離れた場所に有りますが、江戸幕府の天領・・・つまり直轄地でした。相川佐戸金山が1601年に鉱脈が発見された時点で所有権は徳川家の物でしたし・・・。
根拠はそれだけですが、金銀の生産地付近に埋蔵金を隠すのは自然な仮説だと思います」
僕はちょっと得意げに発言して見せた。
まあ、ほとんどは今日佐戸金山を観光して知った話なんだけどね。
北さんは指を鳴らした。
「お前、なかなかやるな。群馬県が徳川埋蔵金の主流説ってのも知っとったか。大学の歴史学はそんなマニアックな所まで学ぶんか?」
「いえ、偶然です。友達の先輩が卒業論文のテーマに徳川埋蔵金を選んだ人がいてその人から基本的な知識を教えてもらった事があるだけです」
うん、本当に偶然なんだけど、北さんは感心している様だ。
「お前の言う通り、徳川埋蔵金は幕末の勘定奉行であった小栗忠順が群馬県赤城村、もしくはその周辺に隠したっていうのが今の主流説やな。
後は幕府が大型船に金銀銅や財宝、武器弾薬を載せて海外や北海道に輸送しようとしようとしたけど、途中で座礁して沈没してしまった、なんて説もあるな」
「けど佐戸に埋蔵金があるって説は、僕が知っている限り聞いたこと無いですね」
「そうなんや。これだけでっかい金山があるのに一切そんな話が無いって逆に不自然に思わへん?地元住民から聞き取り調査したり、国会図書館の資料や、この島の図書館の郷戸資料も当たってみたんやけど一切それっぽいの出てこんのや」
北さんはお手上げの様なポーズを取って見せる。
うーん・・・それって単純に佐戸に埋蔵金が無いからなんじゃないかな?
と思ったが北さんは旅館のお客様だし、そんな事言って良いのだろうか?
「北さんは佐戸に埋蔵金が有るとの確信は持ってらっしゃるのですか?」
取り合えず無難に、そんな風に聞いてみた。
「いや、確信は特にないで」
「え?そうなんですか?」
「俺が欲しいのはな、埋蔵金と言うより面白いネタや。だからそれっぽい資料や証言があればそれを大げさに面白おかしく記事にしようと思ってるねん。まあもちろん埋蔵金が有ればそれに超したことは無いけどな。オカルト分野でも心霊現象とか宇宙人とか超能力とか定番すぎて一般人はちょっと飽きが来ている兆候があるんや。けど徳川埋蔵金はまだマニアックな分野だから新鮮で読者も面白く読んでくれると思うねん」
「つまり、今まで扱ってきたオカルト記事の延長線上で徳川埋蔵金を調べているってことですか?」
「まあ俺はスタンス的にはそんな感じで行こうと思っとる。もちろん真面目に研究している人間は多いで。けど今まで120年以上かけて見つかってないのを素人の俺が見つけられる可能性は低いんちゃうかな?」
北さんは続ける。
「実はな。群馬県でガチで研究している人間にも取材したことがあるんやけどな、そいつ祖父の代から3代もかけて莫大な投資や借金をして発掘調査を続けてるそうなんや。そいつは宝探しの夢を追いかけてやってるというより先祖代々の使命感、義務感でやってる感じやった。眼や話し方に狂気を感じたで。あそこまで行くと最早苦行でしかあらへん。本来自分の人生を豊かにするはずのワクワクするお宝話がそいつにとっては呪縛になっとる。そんなん本末転倒だと思わへん?」
「そうですね・・・」
確かに・・・絶対に有る、存在すると決めて掛かって取り組んでしまうと、そこから抜け出せない状態になってしまうことが有るかも知れない。
そして・・・もし埋蔵金など本当は存在しなかったとしたら・・・。
存在しないものを永遠に探し求める事になる。
そんな人生に意味など有るのだろうか・・・。
「じゃあ北さんもある程度調べて佐戸に埋蔵金が無さそうなら切り上げるおつもりですか?」
北さんはニヤリと笑う。
「本間君。オカルト記者を舐めてもらっちゃ困るで。資料が無ければな、作ればええんや」
「作る・・・ですか?」
「心霊写真も埋蔵金も同じや。霊そのものは存在するかも知れんけど証拠があらへん。埋蔵金も存在するかも知れへんけど未だ見つかってへん。霊の存在の証拠が無ければ心霊写真を捏造すればええんや。埋蔵金を示す資料が無ければ・・・作ればええんや」
僕は流石に絶句した。
歴史学を専攻する身としては看過出来ない話だが、北さんにも職業人としてのやり方があるのだろう。僕は北さんとの価値観の違いを痛感した。
「実はな、そう言うの得意な知り合いがおるんや。若い女の子なんやけど、えらい器用な奴でな。本間は昔の日本の文字の読解は得意か?何て言うか手書きのミミズがのたくった様な古文書の巻物に出てくるような文字」
昔の人は相当達筆で文字を崩して書くことが多い。いわゆる草書という書体だ。
かなり読むのは難しいが、一応僕も大学で古文書読解の授業は受けている。
「・・・余り得意とは言えませんが、一般の人よりは読解出来ると思います」
「よっしゃ、ちょうどええ。ならそいつに暗号文みたいな文章書いてもらうから、ちゃんと本物っぽいかお前にチェック頼むわ。そいつも数日後に寒戸関来て祝旅館に宿泊するって言うとったわ」
「正直に言うと気が進みません。一応歴史学を学んでる人間ですから・・・」
僕はやんわり断った。
「ああ、そうやな。悪い。無理には頼まんわ」
北さんも一応理解を示してくれた。
「ちなみに・・・記述する紙はどうするんです?」
「抜かりは無いで。何十年も前の何も書かれてない古紙を用意しとる。科学的な年代測定されても問題無いやろ」
ここまで堂々と不正を宣言されると何だか清々しい気もするが、僕ら歴史学を研究している人間に取って北さんは天敵のような存在だ。
歴史学には”史料批判”と言う概念が存在する。
歴史的な史料を様々な面からその正当性、妥当性、信憑性を検討することである。
ある程度説明すると・・・。
例えば、その史料を書いた人物がどのような立場だったのか?
ある組織に属している人間なら、その組織に敵対的な組織、又は人物のことを必要以上に悪く書かれている事がある。
だからその史料に誹謗中傷の様な事が書かれていたら、それを鵜呑みにしない様に十分注意する必要がある。
また例えばその史料を書いた人物が書いていることは自分自身が体験したことか、他人から聞いた事を書いているのか?
自分が体験した事ならある程度の信憑性は確保できる。
だがそれが他人から聞いた話なら伝言ゲームの様に話がブレていき、信憑性が薄くなることを十分注意する必要がある。
その他にも史料を書いた本人が本当の事を書いているつもりでもそれはあくまで本人の主観であることも念頭に置く必要がある。例えば虚栄心から本人も知らず知らずの内に自分の武勇伝を大げさにを書いてしまう史料などもある。
いずれにしても史料に対しては常に疑いの眼を持つ必要がある、と言うのが”史料批判”の概念だ。
そして・・・数ある史料批判の概念の中で最も重要なのが・・・そもそもその史料は偽文書でないかどうか疑うことだ。
これには内容に矛盾が無いか、文章形式、筆跡は妥当か、書かれた紙などの媒体は当時の物か、作為的な痕跡は無いか・・・。
これを検証するのはとても手間のかかる作業だ。
明らかな偽文書なら良いが、どれだけ手間をかけても”偽文書だと証明できない巧妙な偽文書”も恐らくは沢山有るのだろう。
ここまで来ると最早本当にタチが悪い。
例えば・・・先ほど北さんが話していた祖父の代から3代かけて埋蔵金の研究に憑りつかれた人物。
果たして、その人が根拠としているであろう古文書や伝聞は本物なのか、偽物なのか・・・。
もし当時の北さんの様な人が冗談半分で作った偽文書なら、その人たちは120年以上に渡って偽文書に書かれたことが真実だと思ってその呪縛に今もなお憑りつかれている事になる・・・。
「本間。大丈夫か?顔色悪いで?」
「あ、すみません何だかちょっと考え事をしてしまったもので」
「すまんな。お前にとっては面白い話や無かったろ」
「気にしないで下さい。僕と北さんは立場も職業も違いますし・・・。ちょっと価値観の違いにショックを受けただけです。所で、北さんは埋蔵金という分野に新しく挑戦しようした理由は何だったんですか?」
僕は話題を変えてみた。
「ああ、某テレビ局で働いている知り合いがおってな。そいつから聞いたんや。何でも早ければ来年にでも徳川埋蔵金をテーマにした特番を作ろうって企画が持ち上がってるそうや。重機を使って莫大な資金を投じて発掘作業をするかも言うとったわ」
そんな話があるのか。
最新の機器を投じて大々的な調査をすれば確かに何か新しい発見が有るかも知れない。
「今までも埋蔵金ブームはちょこちょこあったんやけどな。あまり大規模なモンでも無かったんや。けど、その企画が上手くいけば世間は空前の埋蔵金ブームになるんちゃうかな?他のテレビ局でもこぞって追従する思う。そしたら俺の記事も需要が高まるし、場合によってはテレビ局のスポンサー付いて佐戸ヶ島で埋蔵金大規模発掘!!何てこともあるかも知れんな~」
北さんは無邪気にそんな事を話した。
やはり僕とは価値観が違いすぎる・・・。
と、そこで弥栄さんとマナミさんが戻ってきた。
「お待たせしましたあ。今作った煮物です。召し上がってくださいなあ」
と弥栄さんが言って肉じゃが?の様な物を置いた。
人参、玉ねぎ、ジャガイモ・・・。肉じゃがと違うのは肉が入って無いことと、何だろう・・・みじん切りにされた白い粒粒が入っていることだ。
「おー、うまそうやなあ」
「いただきます」
僕と北さんはそれを食べる。
味付けも肉じゃがだ・・・白い粒粒は何だろう?
食べるとコリコリした食べ物だ。
「これね。サザエをみじん切りにした物なんですよ」
とマナミさん。
ああ、これサザエだったのか。
「貝類特有のグロテスクさを和らげるための苦肉の策です。ここまで原型とどめてない状態なら見た目で敬遠される事も無いかと言うアイデアです。いわばサザエをひき肉代わりに使ってるんです」
な、なるほど。
細かく刻んでる事で味もしみ込んでるし、なりより苦手意識がほとんど湧いてこない。
「とりあえず今回は無難に肉じゃが風にしてみましたけど、コスト的には普通の肉じゃがで良い気もしますし、これだと余りサザエで有る必要も無いんですよね~。これから色々考えて創作しようと思ってます」
確かに・・・。
そう言えば弥栄さんが”もったいないから乗り気ではない”みたいな事言ってたな。
「いや、これはこれで旨いで。ご飯も一杯もらえるかな?ご飯が進みそうや」
「はい。僕も同意見です。お米に合うと思います」
僕と北さんはご飯と一緒にサザエの肉じゃが?を平らげた。
「やったわね、マナミ。私たちの親子愛の生み出した妥協作戦は成功ね!!」
「あはは。母さん、妥協作戦ってネーミングセンスださいよ~」
一応の作戦成功に二人は喜んでいるみたいだ。
その晩は、他にも刺身や海藻サラダ、焼き魚などをごちそうになった。
「ごちそうさん」
「ごちそうさまでした」
ご飯を食べ終わるころにはもう良い時間になっていた。
北さんは「先寝るわ~」と挨拶して客室に戻って行った。
僕はせめて後片付け位は手伝おうとしたがマナミさんから「明日からで良いよ~」と断られてしまった。
まだ二人が働いているのに申し訳ない気持ちだが、”今日はお客様としての感想聞かせてね”とマナミさんに言われていた事もあって、先にお風呂に入らせてもらってから、一階の客室に戻り、その日は先に寝させてもらった。
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