5 海産物
乾杯した後僕は思い切ってグラスのビール一気に飲み干した。
まあ、グラス自体は200ml位の小さな物だったので特に問題は無かった。
「お、本間。良い飲みっぷりやん。ホレ」
「あ、ありがとうございます」
北さんが空になった僕のグラスに再びビールを注いでくれる。
僕は部活やサークルには所属してないから飲み会にはほとんど参加したことが無いが、・・・そう言えば空になったグラスには誰かがお酌をするのが礼儀だと聞いたことがある。
それを踏まえて今度はちょっと一口飲んだだけでやめておいた。
そうでないと多分またビールを注がれて・・・と言う無限ループに陥ってしまう。
あ、そうだ。なら北さんのグラスは・・・空なら僕がお酌をしなければ。
北さんのグラスを見ると半分だけビールが残ってる。
こ、この状態ならまだお酌をしなくて良いのかな?
こういう知識もあらかじめ身に着けておくべきだった・・・。
周りを見て見ると弥栄さんも一杯目は飲み干したようだ。
と、同時にスッと立ち上がる。
「ごちそうさまでしたあ。それじゃあ次はサザエのつぼ焼き持ってきますねえ」
と言って台所に立ち去る。
マナミさんはグラスに半分ほどビールを残している。
以前お酒の飲み比べをした時、マナミさんはそこまで強い方ではないと分かったため、ペースを抑えているのだろうか。
単なるアパートの家飲み飲み比べにも、もしかしたら実家の接客業のこういうケースを想定した実験的意味合いがあったのかも知れない・・・。
「北さん。カネちゃん・・・。本間君はサザエとかアワビの海産物ちょっと苦手らしいんですよ」
と前もってマナミさんがフォローしてくれた。
「そうなん?美味しいんやけどなー」
「あ、正確には見た目がグロテスクなもんで敬遠してたんです。けど旅館で働く以上お客様の食べる物がどんなものなのか体験しておくべきだと思いまして・・・今日初めて食べてみるんです」
と僕は言った。
「ホー。そりゃ感心な話やな」
弥栄さんが七輪を持って戻ってきた。
「はい、サザエのつぼ焼きですよお。熱いので気を付けてくださいなあ」
サザエの貝殻の中に醤油?のような物が入っていてグツグツ煮えている。
本来ならこう言うのごちそうなんだろうけど、僕には何だか生々しくてちょっと気が引ける。
「ほな、いただきます」
北さんが早速その中の一つを皿に移して食べる。
とても美味しそうに食べている。
「カネちゃん。どう?挑戦してみる?きつかったら無理しないで良いんだよ?」
マナミさんが気を使ってくれているが、一度食べると言った以上ここで引き下がるのは流石に恥ずかしい。
僕は思い切ってサザエを皿に移して、箸を伸ばして・・・食べてみた。
・・・うーん。コリコリとした触感だ。
醤油の味がしたのでやはり醤油で味付けしたのだろう。
・・・な、何とも言い難い。
想像してたほど不味いとは思わなかったが、特別に美味しいとも思えない。
コリコリした触感は悪くないが、ちょっと貝類特有の匂いがきつい様な気もする。
あえて言えば・・・普通?プラスマイナスゼロ点。
そこから見た目のグロテスクさを加えるとマイナス1点。
「どや?感想は?」
感想は・・・どう言えば良いんだ?
お客さんや弥栄さんの手前、イマイチとか、普通とか、ましてやマイナス1点とは言えない。
と、ここでマナミさんもサザエを食べながら言う。
「これは私の個人的な意見なんですけど、サザエって別に美味しくも不味くも無いと思うんですよね~。割と固くて食べにくいし、味も染みにくいし、上手く調理してもある程度砂は残るし・・・。ただ、この七輪に乗せた状態だと、醤油の香ばしい香りや見た目の美味しそうな感じとか・・・。むしろ目で見て美味しさを味わう食べ物だと思うんですよ」
マナミさんが僕の思った事をほとんど代弁してくれた。
これは助かる。
「なるほど。面白い意見やな。その理屈で言うと見た目が苦手な本間はあんまり美味しく感じないんかな?」
「ええっと。そうですね。初めて食べた感想としては不味くはありませんでしたけど、特別に凄く美味しいとも感じなかった・・・かもしれません」
「なるほどな。まあお客さんに出す料理の事が分かっただけでも一歩前進や。頑張ったな本間」
北さんも理解を示してくれた。
あれ?北さん結構良い人なんじゃないか?
先ほどマナミさんが北さんの説明をしていた時に妙に歯切れの悪い言い方をしていた様に思えたが、単なる僕の気のせいだったのかも知れない。
あるいは必要以上に慣れない接客業に苦手意識を持っていたためそう僕が勝手に思い込んでしまっただけかも・・・。
だとすると北さんには申し訳ないことをしてしまったな・・・。
僕は内心で北さんに謝った。
いつの間にか弥栄さんが戻ってきて座っていた。
「鐘樹さんサザエ苦手だったんですねえ。見た目が苦手なんですかあ。残念ですう」
あ・・・。弥栄さんがとてもションボリしている。
「母さん。これで一応納得したでしょ?地元の質の良い食材のごちそうでも、人によっては好き嫌いがあるんだよ」
「けどマナミ。お客様にはここの名物を味わっていただきたいし・・・」
「母さん。それは少し独りよがりな価値観の押しつけだよ。お客さんにはあらかじめ予約の段階で好き嫌いを聞いておいて、苦手な人には別のメニューを提案した方が良いと私は思う。極端な話、その地の名物より普通のカレーライスの方が美味しいと感じるお客さんだっているはずだよ?」
え?何だか弥栄さんとマナミさんの話の雲行きが怪しい。
もしかして僕のせいでこんなことになったのかな・・・。
「まあ落ち着いてーな、二人とも。俺はサザエもアワビも大好物やで。人間には相性があるってことやろ。ほら弥栄さん、まあ一杯飲んでーな」
うなだれながら弥栄さんは北さんにビールを注いでもらっている。
弥栄さんはそれを一気に飲み干すと、意志を固めた様に立ち上がった。
「マナミ。あなたが以前話してくれた作戦、今ここで実行するわよ」
「お、母さん。アレ反対してたけど、今やってみる?」
「本当はもったいないから乗り気では無いんだけど・・・試してみる価値はありそうね」
弥栄さんは台所に入っていった。
「ちょっと私と母さんで料理してきますんで、その間これ食べてて下さい」
マナミさんが山盛りの枝豆の皿と冷奴2皿をデンと食卓に置いた。
「おおきに。あとマナミちゃん瓶ビール2本追加でもらえる?」
「はーい。かしこまりでーす」
マナミさんは台所から瓶ビールを2本持ってきて、またすぐに台所に行ってしまった。
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