4 北輝久

僕は少し部屋で休んだ後、祝旅館をあちこち見学してみた。

キッチンは食堂の隣にあった。

弥栄さんとマナミさんが夕飯の下準備をしてくれているようだ。


売店のすぐ隣の部屋は弥栄さんとマナミさんの寝室になっている様だ。

さらに隣には物置部屋がある。

ここに売店の商品の在庫を保管しているらしく、主に長期保存の食料品が積まれている。


浴室は一階にあった。

普通の家庭のお風呂よりは大きいが、銭湯よりは小さい規模だ。

男湯と女湯の二つがある訳ではなく、時間帯で男子女子の入浴時間が決められているらしい。


二階にも改めて行ってみた。

中規模の客室が4つと大規模の客室が1つの他に一番奥、東側に物置部屋があった。

中は掃除用品や生活用品など、様々なものが置かれていた。

多分明日からはここの道具を使って掃除等を行うのだろう。

物置部屋の窓から外を見てみる。

もう真っ暗だからうっすらとしか分からないが窓からは大佐戸山地の山がおぼろげに見えた。

田舎だからだろう。東京では考えられないほど星がハッキリと見える。


一通りはこれで祝旅館を見終わった事になるのかな?


取り合えずそう判断した僕は一階に降りて行った。


外でバイクが旅館の前で止まる音がする。

と、程なくしてガラガラーと旅館の玄関の開く音がした。


「ただいまー。今戻ったでー」


玄関にはまだ見たことの無い男性がいた。

ちょうど一階に降りてきた僕と鉢合わせになってしまった格好だ。


「え、えーと。こんばんわ!」

「おう。こんばんわ」


えーと、この人は村人の誰かなのか?

いや、歳は若そうだから、冬馬さんでも五兵衛さんでも無いはずだし・・・。

けど恐らく僕より年上に見える。そうなると勝吾君でも無いはずだ。


それなら宿泊客の北さん?

いや、両隣の集落から売店に買い物に来た人の可能性もあるな・・・。


と、ともかく自己紹介しよう。


「あ、あの僕この夏祝旅館で臨時のアルバイトをすることになった、本間と、も、申します」


何だか今日は同じセリフを何度も言っている気がする。


「あー。そう言えば弥栄さんがそんな話しとったな。俺は北輝久ちゅう宿泊客や。今年はちょっと長めに連泊させてもらうから、まあよろしく頼むわ」


あ、この人が北さんか。


「よ、よろしくお願いいたします!」

「何や。えらい気合入った兄ちゃんやな」


僕は正直ガッチガチに緊張していた。


と、ここで弥栄さんとマナミさんが来てくれた。

・・・助かった。


「おかえりなさいませ。北さん。夕食は下準備出来てますので、いつでも好きなタイミングでお声をお掛けくださいなあ」

弥栄さんが慣れた感じで北さんに話掛ける。


「おおきに。お、マナミちゃんやんけ。久しぶりやな。元気にしとったか?」


「おかげ様で。北さん。今日は収穫有りましたか?」


収穫?何の事だろう。


「ボチボチでんな。と言いたい所やけど、さっぱりや。まあ気長にやるわ。今日は風呂の時間帯決まっとんの?」


「いえ、今日のお客様は北さんだけですよお。お好きな時間にお入りくださいなあ。私たちはその後お湯をいただきますので」

と弥栄さん。


「なら余り待たせたら悪いな。取り合えず先に風呂入らせてもらうわ。その後晩飯いただくで」


「かしこまりました」

と弥栄さんとマナミさん。


こ、これが接客か。僕にも出来るんだろうかとちょっと心配になる。


北さんは二階の自室からタオルや着替えを持ってくると風呂場に入っていった。


「あはは。カネちゃんが蒼白い顔して固まってるー!!」

マナミさんが僕の背中を面白そうにポンポン叩く。


「取り合えず、夕食は北さんと一緒で良いんだよね?私や母さんも同席してフォローするからまあ気張らずに行こう」


「そうですよう。鐘樹さん。北さんは気さくな方ですから。特に畏まる事ないですよう」


確かに今の一連の会話の流れで見た限り、北さんは気さくで気配りが出来る人の様に思えた。

ただ、何だろう・・・。

整った顔立ちだが、少し眼光が鋭い感じで上手く説明しにくい迫力の様なものも感じた。

背丈も180cm近くあったかな?少なくとも170cmそこそこの僕よりは大きい。


20分程して北さんは風呂場から出てきた。


「お湯いただいたでー。弥栄さん、マナミちゃん。メシもいただけるかな?」


「はーい、ただいま用意いたしますねえ」

と弥栄さん。


「おおきに。えーと、本間君やったっけ?昨日までいなかったから今日ここに着いたんやろ?どや、良かったらメシ一緒に食わへん?酒おごるで」


「あ、はい。あ、ありがとうございます。ご一緒させていただきます」


「何や。えらい緊張しとるな。別に取って食ったりせーへんから安心してーな。弥栄さん瓶ビール3本とグラス4つもらえる?」


「はーい、ただいま」


弥栄さんはキンキンに冷えた瓶ビール3本とグラスを4つ持ってきてそのうちの一つの瓶の栓を開けると北さんにビールを注ぐ。


マナミさんはおつまみ用の枝豆を持ってきた。


「おおきに。本間の兄ちゃんには俺から注いだるわ」


「あ、ありがとうございます。い、いただきます!」


僕は畏まって北さんにビールを注いでもらった。


「弥栄さんと、それから・・・マナミちゃんもビール飲める歳になったんやっけ?」


「はい。晴れて一か月程前に20歳になりましたよ」


「あ、聞くの忘れ取ったけど本間も酒飲める歳なんかな?」


「あ、はい僕もちょうど20歳なんで大丈夫です」


「よっしゃ。じゃあ本間君の歓迎とマナミちゃんの帰省を祝って、四人で乾杯や!」


北さんは弥栄さんとマナミさんにもビールを注ぐと皆で乾杯した。

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