3 夕食は?
僕は一階の客室に荷物を下すと、マナミさんに勧められるまま、窓際のリクライニングチェアーで休んだ。
角度調節も出来て座り心地が良い・・・。何だか今までの疲れが一気に出てこのまま椅子でずっと休んで居たい気分だ・・・。
「あはは・・・。カネちゃん・・・。だらしない顔してくつろいでるね・・・」
マナミさんもいつの間にか反対側のリクライニングチェアーに座って、僕に負けず劣らずだらしない顔をしてくつろいでいる。
「ふぁ~。今・・・お茶とお茶菓子・・・持ってくるから待っててね・・・」
マナミさんはコックリコックリと顔を上下させながらそんなことを言っているが、最早寝言にしか聞こえないぞ・・・。
と言いつつ僕も眠気が・・・。
━━━━━━。
「マナミ。鐘樹さん。ここにいらっしゃるの?」
部屋の外から弥栄さんの声が聞こえた。
「ここにいるよ・・・。母さん・・・」
弥栄さんが部屋に入ってくる。
お盆に二人分のお茶とお茶菓子を載せている。
「あ、ごめん。母さん。今私がやろうと思ってた所だったんだ」
いつの間にか僕たちは10分か20分位寝てしまったようだ。
「良いのよお。マナミも今日は疲れたでしょう。あなたも今日は休んじゃいなさいなあ」
「そうは行かないよ。むしろ今日は母さんが休んでてよ。今ちょっと仮眠したおかげでスッカリ元気出たから」
「仮眠!?マナミあなた鐘樹さんと寝ていたの!?あらやだ私。とんだお邪魔をしてしまったのね・・・!!お茶とお茶菓子はここに置いていくわ。ごゆっくり!」
弥栄さんはお盆を窓際のテーブルに乗せると慌てて部屋を出ていった。
と言っても多分部屋の外で聞き耳を立てていそうだな・・・。
僕もちょっと仮眠したおかげで目が覚めた。
僕とマナミさんはお茶を飲みながら今日のこれからを相談する。
「お客さんの夕食は客室か食堂か好きな方で食べられるんだ。カネちゃんどっちで食べる?」
「それじゃあ、見学も兼ねて食堂でいただこうかな」
「OK。ただそうなると・・・」
ちょっとマナミさんは考える仕草をする。
「さっき話した宿泊客の北さんだけどね。基本的に食堂で食事するんだ。気さくな人だけど話好きな人だから、疲れてるなら今日は部屋での食事でも良いんじゃないかな?」
ああ、さっき話に出てきた常連客の北さんか。
確かにさっきまで疲れてたけど、ちょっと眠って目も覚めたし、体力的には大丈夫だと思う。
ただ・・・。
そうなると実質お客さんと食事を共にする訳で、それはつまり接客ということになる。
そう思うと緊張するなあ。
と、率直に思った事をマナミさんに伝えた。
「なるほど。カネちゃん緊張しやすい性格だからね・・・じゃあやっぱり食事は部屋にする?」
「それなんだけど・・・。ハッキリ言って緊張はするけど問題を先延ばしにするのも余計不安が募るだけだし・・・。思い切って食堂で北さんと食事しようと思う」
マナミさんは少し感心した表情を浮かべた。
「おっ。カネちゃん頑張るね」
「頑張ると言うより、早めに不安を払拭したいだけなんだけどね」
「いいね!カネちゃん時々”後ろ向きな前向き思考”発揮するよね」
誉めてるんだか、けなされてるんだかよく分からないが、多分マナミさん的には賛辞を送っているつもりなんだろう。
「ところでカネちゃん。お酒は強い方だったよね?」
「え?強いかどうかは分からないけど、弱くは無いと思う」
そういえば、確か一か月程前に僕もマナミさんも二十歳になったってことで、アパートのマナミさんの部屋で、試しにどちらがお酒に強いか缶ビールで飲み比べしてみたんだったな。
確かその時はマナミさんの方が3本目を飲んだ所で先にギブアップしたんだっけ。
僕は6本目位までは行けたと思う。
ああ、そう言えばその時に”将来ミステリー小説書きたい”って酔っ払った勢いで言っちゃったんだっけ。
でも、何でマナミさんはそんなことを聞いてくるんだ。
「OK。あと、海産物はカネちゃん苦手だったりする?」
「物によるけど・・・。普通に鮭とかサンマは食べれるよ」
「・・・じゃあサザエとかアワビは?」
「あ、実は貝類って見た目的にちょっと苦手なんだよね・・・。でもここで働くからには苦手な物でも克服するよう頑張るよ」
「カネちゃん。無理に頑張る必要は無いんだよ。
誰だって好き嫌いはあるでしょ?今までは祝旅館では客さんの好みを聞かずに勝手に料理を出してたけど、お客さんの中にはそういうの残す人もいるんだから。
実際臭みとかあるしね。これからはお客さんの好みをあらかじめ聞いておくよう、改めていこうと思っているんだ」
マナミさんの言うことは正論だ。
ただ・・・。
「うーん。実は見た目が苦手だから実際に食べたこと無いんだよ。いわゆる食わず嫌いってヤツ。だから取り合えず頑張って食べてみて、それで美味しくないって思ったら素直にそう言うよ」
「分かった。カネちゃんプロだね。やっぱり私の目に狂いは無かったよ」
マナミさんはポンポンと僕の背中を叩いて励ましてくれた。
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