2 祝弥栄
フェリーが佐渡の両津港に到着した。
事前に聞いていた話だと、ここで祝さんのお母さんが車で迎えに来てくれるということだった。
両津港でフェリーを降りると、お土産屋さんコーナーがズラリと並んだ道を通る。
島全体の玄関口だけあって、まだ本格的な観光シーズン前だが、活気があった。
階段を降りるとロータリーの様な所に出た。
物珍し気にキョロキョロする僕とは反対に祝さんは慣れた足取りでスタスタ歩く。
少し歩いた所で白い大きめなワゴン車が短くクラクションを鳴らした。
「母さん、久しぶり!」
「久しぶりねえ。マナミ。元気だった?」
「元気。元気。母さんこそ一人で宿の切り盛り大変だったでしょ?」
「そうねえ。でも、繁忙期にはマナミが帰ってきてくれるから大丈夫よ」
「今回は私だけじゃなくて強力な助っ人も用意してるよ」
と、そこで二人の視線が僕に向けられる。
ち、ちゃんと挨拶しないと。
「初めまして。あの、僕、この夏、祝さんの民宿で働かせて頂くことになった、本間鐘樹と、も、申します!!」
「あらあら。ご丁寧に。私はマナミの母親で【祝 弥栄(いわい やえ)】と申します。この度は宿の仕事を手伝って下さってくれるそうで感謝いたします」
祝弥栄さんはおっとりとした口調で丁寧に挨拶してくれた。
「こ、この度はその・・・。よろしくお願いいたします!!」
「気合の入った方ですねえ。こちらこそよろしくお願いします」
祝弥栄さんと僕とのやり取りを祝さんはニヤニヤと眺めてたと思ったら、もう堪えきれないと言った感じで盛大に噴き出した。
「プハー!カネちゃん。母さんはすごーくおっとりした性格だから、そんなに緊張しないで大丈夫だよ」
そ、そうだった。事前にその話は聞いていたが、やはり初対面だと緊張してしまう。
でも確かに祝弥栄さんはおっとりした優しそうな雰囲気で微笑んでいる。
「じゃあ、車乗ろうか。母さん私が運転しても良い?」
「そうねえ。じゃあお願いしようかしら」
祝弥栄さんは一度車から降りる。
あ、こういう時僕は助手席と後部座席どっちに乗ればいいんだろう?
などと優柔不断に考えているうちに祝弥栄さんは助手席側にのりこんだ。
自然僕は後部座席に乗ることになった。
何処かで普通目上の人が後部座席に乗るもんだと聞いた覚えがある。
何だか僕は気まずくなって謝った。
「すみません。祝さん。一番下の立場なのに後部座席に乗ってしまって」
祝さんと、祝弥栄さんが同時に僕を振り返る。
?
何か僕、変なこと言ったかな?
「はは、カネちゃん恐縮しすぎ」
「本間さんは礼儀正しい方ですねえ」
祝さんと祝弥栄さんが同時に答えると今度は答えた二人が顔を見合わせる。
???
何だろうこの妙な間は?
「カネちゃん、今私と母さんどっちに向かって話したの?」
あ、そうだ。物凄く根本的な話だが、二人とも祝さんなんだ。
これから二人を呼ぶ時どうすれば良いんだろう。
「カネちゃん。紛らわしいから、今度から私と話す時は下の名前で呼んでよ」
そ、そういうことになるのか。
女の子の名前を下で呼ぶ経験自体僕にはあまり無かったので少し恥ずかしい。
「ホレホレ、マナちゃんでもマナミ様でも良いよ~。それともマナミ!とか呼び捨てにしちゃう~?」
「じゃ、じゃあマナミさんで」
「一番無難なので来たね。まあいいや」
僕と祝さん・・・じゃなかった、マナミさんとのやり取りを見ていた祝弥栄さんは少し不思議そうに言った。
「マナミ。本間さんとずいぶん親しげに会話するのねえ。お二人はどういう間柄なのかしら?」
「話して無かったっけ?私とカネちゃんは同じ屋根の下で共に暮らす仲。でもって今からお互い下の名前で呼び合う仲だよ」
「あらまあ。あらまあ」
祝弥栄さんは何だか目をキラキラさせている。
これは何か変な誤解されているんじゃないか!?
「あ、あの誤解が無いように申し上げますと、マナミさんとはたまたま東京で同じアパートに住んでまして、
部屋が隣同士なんです。それでたまたま大学も同じで、そ、その、あのその今回のバイトの話を頂いた次第でありまして・・・」
しどろもどろに言って説明したが顔が赤面してるのが自分でも分かった。
マナミさんは外見がボーイッシュでジーンズにパーカー姿が定番。
アパートにいる時はほとんどジャージ姿でオシャレには無頓着だが、顔は凄く美人でかわいい。髪型もポニーテールで似合ってる。普段地味な服装しているが、時々「普段着洗濯するの忘れた~」とか言って高校時代の制服を着てる時がある。この間なんて、「いや~、今日はあついね~」とか言って体操服にブルマで歩いていて目を疑った。女の子っぽい服装をしていると普段とのギャップで思わずドキリとしてしまう。でもって制服のスカートやブルマから覗くふとももから足先までの脚線美と言ったらその、何て言うか、最早芸術の域にまで達しており、また、胸も大きすぎず小さすぎず、ジャストフィットで・・・。
「カネちゃん?もしも~し?」
ま、まずい。思わず思考が変な方向に飛んでいた。
「そうなんですかあ。でも若い二人が親し気な仲っていいですねえ~。いいですねえ~」
祝弥栄さんも何だか目をキラキラさせている。
「母さん?もしも~し?」
「マナミ。何も言わなくても母さんはあなたの味方よ。今までも、そしてこれからも」
何だか話が収拾付かなくなりそうなんで僕は話を別の方向に修正した。
「あの、それで祝弥栄さんのことはこれから何てお呼びすれば・・・?」
「あらまあ。そうねえ・・・。お義母さんで良いですよう」
「えっ!?えーと・・・!?」
困惑しまくりの僕にマナミさんが助け舟を出してくれた。
「カネちゃん、母さんの事は弥栄さんか、女将さんでいいんじゃないかな」
「私は女将さんなんて大したものじゃないですよ。弥栄でいいですよ」
「じゃあ、や、弥栄さん。ふつつか者ですが精一杯頑張りますので、よ、よろしくお願いいたします!!」
「よろしくお願いしますね。鐘樹さん」
う、うーん何か今の会話の流れで致命的なダメ押しを自分自身がしてしまった気がするが、気のせいだろう。
というか弥栄さんの呼び方がいつの間にか「本間さん」から「鐘樹さん」になっているが、多分大きな意味は無いのだろう。多分。
「それじゃあ、車出すよ。母さん、途中で食材の仕入れとかする?」
当の本人のマナミさんはケロッとしている。
「食材は行きで買ってきたわ。でもそうねえ・・・。鐘樹さんの為にも、もっと豪華な物も買っておいた方が良かったかしら?」
「じゃあ、帰りはそのまま帰るね。あっ、そうだそういえば相川の金山にカネちゃんを案内する約束だったね?相川まで私が運転して、私とカネちゃんが降りて、家までは母さんに任せても良い?私たちは路線バスで寒戸関まで帰るから」
「良いわ。そうしなさい。若い二人で金山の暗い坑道・・・。ロマンチックですねえ」
「アハハ、母さんそういうネタ本当好きだよねえ。昼ドラ大好きだもんね」
そうなのか。
弥栄さんはおっとりしているが一旦変なスイッチが入るとちょっとした妄想癖があるのだろうか?
とにかく今後気を付けよう。
ただ、僕は少し安心していた。
マナミさんはちょっとガサツな所があるが、大らかで優しい。
弥栄さんはちょっと天然な所があるが、おっとりしていて優しい。
労働経験が初めてに等しい僕だが、雇い主が優しい人柄なのは本当に幸運だった。
僕もそれに報いるよう、頑張って働こう。
出発した車の中で僕は佐戸の景色を眺めながら安堵のため息を付いた。
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