第1章 1989年 至、佐戸ヶ島、寒戸関

1 祝真名美

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【】の記号は物語内に出てくる固有名詞です。また舞台は実在する佐渡ヶ島では無く、架空の島、【佐戸ヶ島】となっております。

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1989年7月16日 日曜日

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 海に遊びに行ったことはあるが、フェリーという物に乗ったのは初めての経験だった。

 いや、これから先色々な初めての経験が待ち受けてる。

 まず、賃金をもらっての労働が初めて。

 本州以外の島に行くのも始めて。

 ド田舎で一定期間暮らすのも初めて。

 なもんで僕、 【本間 鐘樹(ほんま かねき)】は結構緊張していた。


「カネちゃん。何青白い顔してんの?大丈夫だって。リラックス、リラックス」


 そう言って祝さんは僕とは対照的に明るい顔で言うと、背中をポンポン叩かれた。

 彼女は【祝 真名美(いわい まなみ)】さん。

 今回の僕の雇い主でもあり、同じ大学の大学生でもあり、同じアパートの隣人でもある。


「祝さん・・・。本当に僕にもその仕事出来るのかな・・・」


「最初は掃除とか、片付けとか簡単なものからやってもらうし、大丈夫。それにカネちゃん料理得意でしょ?私の目に狂いは無いって」


「でも、お客さんの相手とか・・・」


「うーん、そうだね。そこは超一流の接客術を私や母さんが見せてあげるよ。私たちから技を盗んでくれたまえ」


「そんな簡単に言わないでよ・・・」


「大丈夫。何とかなるって。深呼吸、深呼吸。ほら、見なよ。青い海、澄んだ空。そして近づいてくる【佐戸(さど)】の雄大な島影。私と君には素晴らしい未来が待っている!」


 祝さんは安心させるように明るく笑う。

 雇い主が大らかで細かいことは気にしない祝さんであることが唯一の救いか。


 僕は大学二年生で、祝さんも大学二年生。

 大学生の夏休みは高校生までの夏休みより長い。

 7月中旬から9月の中旬まで。

 その期間を利用して、祝さんの実家、佐戸ヶ島の民宿のアルバイトをすることになっているのだ。


「カネちゃん。フェリー初めてなんでしょ?島に付くまで時間あるからゲームコーナーに行って遊ばない?ファミコンのゲーム数本が内蔵されたアーケードゲームがあるよ」


「・・・いい」


「食堂もあるよ。何か奢ってあげようか?」


「・・・食欲ない」


「やれやれ。どうした物か・・・。あっ、そうだ」


 祝さんは思いついた様にパチンと指を鳴らす。


「佐戸ヶ島は金山もあるよ。カネちゃん歴史オタクでしょ?私ん家の途中にあるから、寄ってこうよ。観光地で働くにはそこの名物の知識も大事だからね」


 祝さんの鳴らした指に反応するかの様に、僕の頭のスイッチが切り替わる。


「行きたい。というか半分そっちが目的だから」


「おっ、乗ってきたね」


 佐戸ヶ島は新潟県西方沖に位置する島。

 本州などの主要4島と北方領土を除く日本の島の中では沖縄本島に次ぐ面積を持つ。

 そして、歴史上も中世までは流刑地として、近世の江戸時代以降は世界的に見てもトップクラスの規模を誇る金鉱山として、とてもとても、とてーも興味深い島なのである。


「顔色良くなってきたね。さすが歴史学者の卵だね~」


 歴史学者と言うのは大げさだが、一応説明すると僕は大学で歴史学科を専攻している。

 ちなみに祝さんは経営学科を専攻している。

 同じ大学だが、学部が違うのだ。


「けど、祝さんの民宿って金山がある相川よりかなり北にあるんだよね?」


「うん、佐戸の北西。外海府っていう海岸線の中にある【寒戸関(さむどせき)】って小っちゃい集落」


「偏見かもしれないけど、そういう土地ってよそ者に対してその・・・。排外的だったりしない?」


 かなり失礼な質問だとは思ったが、僕は思い切って聞いてみた。


「・・・しないよ」


「何か答えるのに少し間が有った様な気がするんだけど、僕の気のせいだよね!?」


「気のせい、気のせい♪」


 祝さんはそう答えたが、僕また緊張モードに戻ってしまったのだった。


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