プロローグ
1945年5月11日
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この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
━━━本間鐘樹
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”1945年5月11日”
その日、極秘の最高戦争指導会議が宮中で行われていた。
鈴木内閣総理大臣。
東郷外務大臣。
阿南陸軍大臣。
梅津陸軍参謀総長。
米内海軍大臣。
及川古志郎軍令部総長。
・・・おそらくは日本の中枢を担うと言っても過言では無い顔ぶれだろう。
会議は紛糾していた。
無理もないだろう。
1941年12月に始まった戦争は初戦こそ電撃的な勝利を続けていたものの、1942年6月のミッドウェー海戦の大敗を境に戦況は悪化。消耗戦を続けた末に絶対国防圏は破られ、ついには同盟国であったドイツも1945年5月7日・・・つまり4日前に無条件降伏。
もはやこの国の命運は付き掛けていた。
だが、この場にはそれを悟っている者と、悟っていない者。両者が存在していた。
梅津陸軍参謀総長が吠える。
「我が陸軍関東軍の調べでは、ドイツ降伏を機にソビエト軍が満州国境付近へ兵力の移動を開始している。外務省は一体どんな外交をしているというのか!?」
米内海軍大臣が続けて発言する。
「左様。日ソ中立条約の延長は無いとしてもその有効期間は5年。あと1年近くある。我々海軍としてはソビエトの対日参戦防止だけではなく、外交努力で友好的態度を誘い、軍需物資・・・特に石油などを購入出来ればと希望する」
だが、その声にはどことなく自嘲的なものが含まれていた。
軍艦を出港させる燃料が枯渇している以上、海軍にとって石油の話はどうしても議題にあげる必要があるのだが、その案が現実的でないことは言っている本人ですら分かっていた。
追及を受けた形の東郷外務大臣も興奮していた。
「ソビエトを軍事的・経済的に利用する余地などあるはずが無い!!石油を購入?どこにそんな金があると言うのか!?我々外務省も外交努力はしている。だがモスクワの駐ソ日本大使館は秘密警察の監視対象にあり、館員の外出にはすべて尾行がついている有様。ソビエト政府中枢の意向を探るのは極めて困難だ」
だが・・・推測は簡単に出来る。
ドイツが降伏し、日本も風前の灯にあるこの状況でソビエトが日本に協力したとしても何のメリットもないのだ。
一同の議論が一段落するのを見計らって鈴木首相が重たい口を開く。
「いずれにしろ、戦争継続は困難で、現在の日本の状況では戦争の終結そのものの手段を真剣に考えなければならない段階にある、というのが私と東郷外務大臣の意見だ」
“戦争継続は困難”
その言葉を受け、阿南陸軍大臣が反射的に反論する。
「日本は敵に奪われた領土よりはるかに広大な領土を現時点でも占領している。
日本はまだ戦いに敗れたわけではない。敗戦を前提とした和平の議論はできない!!」
東郷外務大臣は呆れたように言う。
「陸軍大臣は勝っていると主張するがそれは通用しない。講和条件は現在の占領地の大小ではなく、将来の戦局の推移も考慮して決定されるべきだ。・・・仮にソビエトを利用できるものならば、連合国と講和するためにソビエトに仲介を頼む以外道は無い」
話は堂々巡り。
皆の顔には疲労が見えていた。
同じような会話を既に何時間も繰り返しているからだ。
だんだん会話は途切れ途切れになり、いつの間にか沈黙へと変わっていった。
起死回生の打開策。
そのようなものがあれば・・・。
「失礼します」
その時、密室の会議場にノック音がして一人の男が入ってきた。
軍服とその階級章から男が陸軍の中佐であることは分かった。
歳はまだ30歳前後だろう。
長身で切れ長の眼は鋭い光を放っているからだろうか。
会議の参加者とは天と地ほどの階級差があるにも関わらず、それに負けない存在感があった。
「誰だね君は?今は極秘の会議中だ。よほどの話で無ければ後にしなさい」
鈴木首相が咎めるような口調で言う。
だが、男は悪びれる様子も無く、
いやむしろこれだけのメンバーがそろいもそろって何をしているのかというような表情で言い放った。
「大事な話ですよ?あなたたちの不毛な話に比べればね」
一瞬ポカンとする政府首脳と海軍首脳たち
だが、陸軍首脳の阿南陸軍大臣と梅津陸軍参謀総長はいち早く事態を理解したようだ。
「石塚中佐、かの島の調査報告かね?」
「・・・アレは、見つかったのか?」
陸軍首脳たちの眼は何かにすがる、飢えた餓鬼の様な狂気をはらんでいた。
石塚と呼ばれた男は少し芝居がかった仕草で今更敬礼すると、ぞんざいに畏まって宣言した。
「見つかりました。
ただ、少しばかり懸念材料がありましてね。
海軍さんから、駆逐艦と海防艦を数隻お借りしたいのですよ」
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政府首脳たちの会話の参考資料
ドキュメント太平洋戦争 第6集(最終回) 一億玉砕への道 ~日ソ終戦工作~
NHKスペシャル
1993年8月15日放送の内容を一部引用させて頂きました。
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