第5話 魔道王国ラルサの軍師・蓮

「わかりました! もちろんです」

 蓮は勢いでそう答えた。

 場が一気に盛り上がる。


「賢人殿が力を貸してくださるらしい」

「殿下をあの危険な戦場から救い出した智慧ちえがあれば……」

「何十メートルも離れたところの帝国兵を倒したらしい」

「敵の姿や場所をクリアに見つける術を身につけているらしいぞ」


 ざわざわと色々な声が聞こえてくる。

 姫騎士リルはすっかりサファイアのような深い青色の瞳を輝かせている。

 何となく楽勝ムードが漂ってきているが、アラルガル伯爵は厳しい戦であることをよくわかっているのか腕組みをして考え込んでいた。


 宴は深夜まで盛り上がった。


 この惑星アーキペラゴは自転周期が長いため、この昼と夜は上空に浮かぶ巨大な長方形の遮光物質が生み出しているのだが、だいたい24時間周期で1日がすぎるようになっていた。


「さて……勢いで軍師といったものの……」

 軍師になるといったとたんに元々は学園の偉い人が使っていたと思われる部屋が個室となった。木の床はぴかぴかに磨かれ、ベッドのシーツは清潔。何かの陶磁器やら織物がかざされている。


「とりあえず状況を見てみるか……衛星リンク!」

 脳内の常磐重工製チップが反応し、衛星情報とリンクする。

 

 やはりヴェレス帝国は主力をこちらに正面から向け、1個軍団はここ、学園都市ウルクと別の都市とのルートを遮断、1個軍団はこちらを見渡せる山に登って陣地を作っているようだった。


 蓮はこういう戦略シミュレーションゲームはよく遊んでいたが、いくら亜人たちの戦とはいえ実戦は初めてだった。自衛隊出身というわけでもないのでそういう教育もさっぱり受けていない。


 それに対してこちらは戦力が限られているようで、すでに3個軍団と1個騎兵師団が壊滅済、この学園都市には1個軍団相当……4000人ほどの戦力が残っているだけのようだった。

「うーん……何かサジェスト機能使えないかな……」


 状況分析についてはAIの解析が使えることがある。

 しかし「どちらが勝つ」かという条件設定はできるようだが、「勝つためには」という条件設定は今はできないようだ。あとでチューニングする必要がありそうだった。


「お……わりと近くの都市に2個軍団ほどがいるけど、これは味方っぽいんだが使えないのかな?」


 徒歩でも2日ほどの距離の都市に所属組織が「魔道王国ラルサ」となっている兵士が8000人ほどいるようだった。


「……レン様、いますか?」

 とんとん、とドアノックと同時に姫騎士リルの声がした。

 

 蓮の心臓がドキりと動く。

「リル?」

「そうです……入っていいですか?」

「も、もちろん!」

「アタシもいるぜ! 入るよ?」


「もちろん」の「も」と女性竜族のシオの「アタシもいるぜ」はほぼ同時だった。

 

「ワシもいますぞ」

「」


 ドカドカとシオ、アラルガル伯爵、リルが入ってきた。

 リルが若干申し訳なさそうな顔をしているように見え、シオは満面の笑顔を浮かべて酒が入っているらしい土器のようなものを抱えている。


 3人が木の床に座るので、何となく蓮もベッドを降りる。


「さぁて、さっきレン殿はあんまり飲んでなかったよな? 飲む?」

 シオが土器をドスンと床に置いた。

 彼女は部分的に鱗がある以外は、人間族と顔立ちはほぼ同じなのだが、瞳孔の形が違うようにも見える。


「シオ殿、レン殿はあまり酒をたしなまれないようだが……」アラルガルが言う。


「だいじょうぶ! これは果実のジュースで思いっきり割ったやつだから。酒とかほぼフレーバーだから」

「無理しなくていいですよ?」とリルが助け舟を出す。


「じゃ、まぁ形だけでも……」

 土器から金属のジョッキにそそがれたそれは、確かにジュースのようでほんのりと芳醇な香りが漂っていた。これなら飲めるかもしれない。


 蓮が気にしているのは日本の法律ではまだ未成年で酒を飲むことができないということだ。しかし考えてみたら調査船の内部までは日本の領土と言えるが、この惑星そのものは日本の財産であるものの領土というわけではない。はずだ。


 では飲んでもいいのではないだろうか?

 というよりも飲むべきではないだろうか?

 飲んだほうがいいかもしれない。


「そうだ、これは飲んだほうがいいよね」

 蓮はジョッキをかたむけた。

 甘い。そしてうまい。


「おぉ……これは」

「なかなかイケる口だね」シオがニヤッと笑う。

「もっともアタシたち竜族も酒は苦手だから、いつもこれくらいのを飲んでるんだよ」

 意外だった。


「むしろ殿下のほうが凄いよ」

 シオが鋭い八重歯をみせて笑った。いや八重歯というよりキバだ。


「いえいえ私なんて……」

 といいながらさっきからリルは並々とブドウ酒が注がれたジョッキをくぃっと消費している。そんな彼女をアラルガルは不安そうに見つめている。


「レン殿……」

 アラルガル伯爵が口を開いた。

「殿下を救助してくださって本当にありがたいと思っています。お礼もできぬうちからお力まで貸していただけることになるとは……ワシも戦場は初めてで右も左もわからず」

 それも意外だった。てっきり歴戦の騎士か何かだと思い込んでいた。


「あっ殿下!」

 突然リルが倒れた。

「もうー原酒をガンガンいくから……」


 アラルガルがため息をついた。

「緊張もあったのでしょう。ここはワシらで治療師のところに殿下をお運びします。明日、騎士以上が集まる会議がありますので、迎えの者をやります。よろしくお願いします」シオがリルを抱きかかえ、アラルガルは深々とお辞儀をして扉を閉めていった。


 コツコツとびょうをうった革靴の音が聞こえる。

 蓮はふっと笑い、おかれたままの土器とジョッキをテーブルの上に置くと、ベッドの上に転がった。ここ数日の疲れもあり、彼はすぐに深い眠りの世界へと落ちていくのだった。

 




 


 

 

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