第4話 蓮、軍師就任

 魔道王国ラルサはここ、オーストラリアほどの大きさの大陸の中堅国家だ。

 この大陸は形状もオーストラリアに似ている。

 この大陸の周辺は潮汐力ちょうせきりょくの関係で波が地球などよりもはるかに荒く、船での移動はできない。別の大陸との交流は主に飛竜などで行われている。

 

 最近、ヴェレス帝国と領土で揉めて戦争になったものの国力の違いから押しまくられている。ラルサは大陸中央部を領有りょうゆうしているが、ヴェレス帝国は大陸北東部を完全に押さえている。


……という情報を、蓮は設定データベースにアクセスして再確認した。


 どうやら押しまくられたラルサは士気高揚しきこうようのために王族を前線に出していたところ、王族の1人リルが配置された魔道騎兵師団が壊滅し、脱出した彼女と蓮がたまたま出会った、ということのようだった。


「通信機は使えないし、とりあえずのねぐらと食料確保しないとなぁ」


 蓮はぼやいた。

 気持ちのいい個室を与えられ、さっき食事も出てきたが、何やら硬めのパンとチーズらしきもの、水だけだった。そもそもこの惑星に住む亜人の生活レベルはおおむね中世~近代くらいに設定されているので、一般的な食事はこんなものなのだろう。


 蓮は早く救助されたかったが、一方、サファイヤのような色彩の瞳でおどろく姫騎士リルが気になってもいた。亜人とはいっても直接接すると人間と変わらないように見えたのだった。


 ぼんやりと設定データベースをながめたりしているうちに、夕食の時間になったのか呼び出された。いってみると、もともとは会議室なのだろうか。

 長い卓にスープや鶏肉らしきもの、酒らしきものなどが大量に並べられ、姫騎士リルを中心に、どうやら身分の高そうな亜人たちが集合していたのだった。


「おぉ! レン殿!」

 午後に姫騎士リルと蓮を出迎えた大柄な白髪のアラルガル伯爵が立ち上がって相好そうごうを崩した。


 リルも何やら金と青の刺繍がほどこされた優美なドレスのようなものを身にまとっている。彼女はこちらを見て笑顔になった。


「さぁさこちらへ……」

 伯爵の右隣の席をすすめられる。

 リルは伯爵をはさんで反対側だ。


 居並ぶ人々からは興味津々きょうみしんしんといった顔、険しい目つき、無表情などさまざまな視線が向けられる。


 ふと蓮のすぐ隣に、金色の瞳、燃え上がるような赤い髪、そして首筋や手の甲などがヒスイ色の小さな鱗でおおわれた人物がニヤリと笑いかけてきた。背は高いがどうも女性のようだ。

  

 ……彼女は竜族だ。

 竜の末裔で防御力が高く頑丈、魔法もある程度使うことができる亜人の一種だ。この設定はバイトリーダーの榎本が中二パワーの妄想力をふんだんにつかって作っていたからよく覚えている。


「リル殿下を助けてくれたんだってね……ありがとうよ。アタシは竜族のシオ」

「レン殿、彼女は竜族でもともとはこの学園都市に学びにきた別の大陸の女性です。戦争がはじまった後はこちら側について戦ってくれているのですぞ」アラルガル伯爵がフォローしてくれた。


「いえいえ……」

 どうも正面から褒められるのは照れ臭かった。彼女と伯爵の一言で、こちらに向けられた警戒心が少しゆるんだように感じられた。


「さて、さっそく殿下のご生還とレン殿の歓迎会を兼ねて、宴をはじめましょうぞ」

 アラルガルの一言で宴ははじまった。


 目の前に並んだ料理はこの魔道王国ラルサでは精いっぱいのごちそうなのだろう。

 香草と一緒にローストされた鶏肉に、ブドウに似たフルーツ、芋か豆のスープにひたしたパン、ミートパイのようなものが並んでいた。

 

 金属製のジョッキにはどうやらブドウ酒らしきものがそそがれている。

 蓮は酒を飲んだことがなかったのでこれは口だけつけることにして、水をもらった。


 鶏肉はちょうどよい火加減でかなりうまかった。

 水については魔法の力もある程度使っているのかそれなりの上下水があるらしく、脳内チップで分析したがギリギリそのまま飲んでも大丈夫そうだった。


「ところで」

 アラルガル伯爵が話しかけてきた。

「賢人とのことですが、いまの状況をどう思います?」

「そうですね……」


 蓮は「衛星リンク」と小さな声でつぶやいた。

 ちょうどこのあたりにいる情報収集衛星につながる。

 蓮は合成開口ごうせいかいこうレーダーで収拾したこのあたりの地形情報と、勢力情報を重ねて俯瞰ふかんした。


 帝国軍の配置、ラルサ軍の配置などがわかる。これはデータベース上はこの惑星に住む亜人全員をタグ付けして所属組織などのタグをつけて追跡しているからこそ分かることだ。


 調査船でのアルバイトでは、こうした情報をよく調べてレポートにして提出していたものだ。

 

「そうですね……まず、帝国軍は3波にわかれてこちらに迫っているようです。そのうちの1波はまっすぐこの学園都市ウルクへ。2個軍団7~8000くらいですね。残りのうち1波は1個軍団で学園都市ウルクの背後に回り込もうとしているようです。さらに1波はこの学園都市を見下ろせる山に陣取っています。状況からみて完全包囲の体制ですね」


 設定データベースによると、この大陸での帝国やラルサの1個軍団は3~4000名ほどで、「師団」という言い方をする部隊もあるが、1000名くらいの部隊のようだった。


 シオの目がくわっと開き、アラルガルはぎょっとした表情を見せた。


 シオが立ち上がった。

「なんと! ウルクは迂回されるという情報もあったのだが、まさか」

 宴に居並んだ騎士や士官たちがざわざわと声をあげる。

「捜索の騎兵を出したが、すでに判明している相手の正面の軍団以外に、すでに山や後方に帝国軍が入り込んでいるだと?」

「まさか……」

 

 ラルサの文明レベルでは騎兵や竜騎士が捜索活動を行って敵の配置を何とか推定するのだが、蓮は衛星が得た情報をそのまま見ているので精度に違いがあった。


「まるで見てきたように……それが賢人殿の術なのですか?」アラルガルが動揺しているのか目を合わさずにいう。


「レン殿は帝国軍に見つからないように私を導いてくださいました、いまの話は本当だと思います」リルがはっきりと言った。彼女の凛とした声はこの広間全体に響いた。


 場が静まり返る。

 リルはこちらに視線をあわせて言った。

「賢人様……レン様、ぶしつけなお願いですが我々に軍師として力を貸してくださいませんか?」


 当面のねぐらと仕事がほしいレンにとってはその言葉はとても魅力的なものに見えたのだった。


 

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