第68話 今日の夜ごはん

 九条さんに手を繋がれたまま、飲食店の集まる場所まで来ていた。


「なに食べようかなー。色んなお店があるけど、藤堂くんは食べたい物ある?」

「食べたい物か、ガッツリ食べれないし、どうしようかな……」


 ここは映画館に行った日にバイキングを食べた場所で、和食や中華に洋食の店が並んでいる。

 色々な店を眺めていると、洋食店の店先にある看板が目に留まった。


「オムライスが食べたい」

「オムライスって……あのお店?」

「うん。写真通りなら食ってみたいけど、ガッツリになるからなー。まっ、あれは今度食べに来るから別の店にしよう」


 前に来た時は無かった店なので、食べたい気持ちはあるが仕方ない。

 後ろ髪を引かれながらも、別の店を探すことにした。

 そんな気持ちを見透かしていたのか、九条さんはオムライスの看板を見ながら口を開く。


「今日の夜はオムライスにする? 私ので良いなら作るよ。夜はお母さんが作るって言ってたけど、オムライスならすぐ作れるし」

「えっ、作ってくれるの!?」

「……そんなに驚かなくても」


 俺の勢いに九条さんは目を丸くしていたが、俺の方が驚いてると思う。


「だって、コレだよ? コレってすぐ作れるモノなの?」


 指を差した看板には、二種類の写真があって、左側にはフワフワのオムレツが乗っていて、右側にはオムレツを切り開いた写真があった。

 オムレツの中には具材があって、トロトロの玉子と絡み合っていて、食欲をそそる一品だ。


 俺からすれば、家で食べるオムライスは薄焼き玉子を乗っけたモノであり、こんなオムライスは店でしか食べれないと思っている。


「簡単だから作れるよ。ホントに玉子が好きだよね。じゃあ、夜はオムライスで良い?」

「是非お願いします」

「ふふっ、そんなに畏まらないでよ。見た目は真似できるけど、味はお店には負けると思うから期待しないでね。じゃあ、お母さんに連絡するから、ちょっと待ってて」


 九条さんはスマホを取り出してアリスさんと話していた。

 期待するなと言われたが、俺は期待感でいっぱいだった。毎日の弁当は美味しいし、卵を使った料理なんて絶品だからだ。


「お母さんに伝えたよ。まだ作ってないから大丈夫だって。だけどね、使いたい食材が足りないみたいなの。荷物が増えちゃうけど、帰りに買いに行ってもいい?」

「良いに決まってるよ。俺は作ってもらう立場だから、荷物持ちくらい喜んでするよ」

「お言葉に甘えて、荷物をお願いします。そういえば、どのお店で食べるか決めて無かったよね。軽く食べるなら、何処が良いかな?」


 二人で歩きながら店探しを再開した。

 もちろんと言うべきかは分からないけど、俺はまた手を繋がれている。

 この状況は謎のままだが、無意識っぽいので気にするのは止めた。

 しばらく歩き、ファーストフード店が見えてくると、俺達は顔を見合せる。


「ハンバーガーか……九条さん、この店にしない? 軽くならちょうど良いと思うけど」

「うん。私もそう思った。このお店にしよっか」


 二人で店内に入ってレジの列に並んだ。

 その間に店内を眺めてみると、思ったより空席が少ない。

 人気チェーン店のためか、中高生や家族連れで賑わっていていて、ある不安が頭に浮かぶ。


「九条さん、店内に居る時は『アリス』と『リョウマ』で呼び合わない? 客席を見ると高校生っぽい人も居るし、その中に俺達を探していた一年生が居たら困るだろ?」


 制服を着ていないから、東光の生徒か分からないけど、念のために対策は必要だろう。


「それが良いかもしれないね。名前を呼び合ってるのを聞かれたらバレちゃうし」

「じゃあ決まりだな。店に居る間は『アリス』って呼ぶよ」

「ふふっ、初めて会った時を思い出すね。なんか変な感じがするもん。あっ、でも良いの? 本名は『神倉涼真かみくらりょうま』なんでしょ? だったら『神倉くん』って呼んだ方が良いのかなと思って」

「……勘弁してよ。その名前は島崎さん用だから、忘れて欲しいくらいだ」


 考えたら、神倉涼真ってとんでもない奴だよな……

 県内でもトップクラスの頭脳を持ち、野球部の主将をやりながら、サッカーではストライカーとして全国でも有名なんだぞ。

 しかも、高身長で格好良いので欠点も無い。チートの塊みたいな男だし。

 俺が勝負できるのは学力くらいなもんだ。


「じゃあ、前みたいに『リョウマくん』って呼ぶね。そういえば、神城くんは知ってるけど、もう一人はどんな人なの?」

「和真か? 写真を見せたこと無かったっけ?」

「ううん、見たこと無いよ。幼馴染みで、山本さんの彼氏としか聞いてない」

「そっか、それなら後で写真を見せるよ。先に注文してしまおう」


 話している間に前の人が居なくなり、俺達が注文する番になっていた。

 レジ前に進んで、二人でメニューを眺めると色々なハンバーガーがある。


「リョウマくん、何にする?」

「俺はチーズバーガーのセットにするよ。アリスは?」

「私はフィッシュバーガーのセットにしようかな」

「分かった。じゃあ注文するよ。スミマセン、チーズバーガーのセットと、フィッシュバーガーのセットをください」


 店員さんから飲み物を聞かれ、アイスティーを二つ注文した。

 ここまでスムーズに進んでいて、後は会計をするだけとなった時、九条さんから「あっ」と小さな声が聞こえてくる。


「どうしたの?」

「これ、CMで見たフレーバーだと思って」

「ああ、ポテトをシャカシャカするヤツか。まだお金払ってないから注文できるけど、頼んでみる?」

「うん、食べてみたい。だけど、どっちも美味しそうだから迷っちゃうね」


 九条さんが見ていたのは『梅風味』と『バター風味』のフレーバーだった。

 その二つを交互に見ながら悩んでいて、そんな姿を見ていると、良いことを思い付く。


「両方頼もうか? 俺もポテトだから、二人で食べたら両方食べれるよ」

「あっ、はんぶんこにすれば良かったんだ。ケーキの時と同じだね」

「ははっ、そうだな。じゃあ、注文するよ」


 無事に注文が終わりトレーを受け取ると、俺達は座席に向かった。

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