第57話 怒っている玲菜
「……九条さん、何かあった?」
「何もないですっ。それよりも早く始めませんか? 私の準備はできてますので!」
これが今日初めて交わした言葉だった。
九条さんは制服のブレザーを脱ぎ、メイクを落としていて、道具も用意されている。
見慣れた光景だけど、俺の疑問はそこじゃない。
どう見ても怒ってないか?
何故か敬語だし、語気も強くて『怒ってます』って雰囲気だ。
追及すると更に怒らせそうな予感がしたので、九条さんの言う通りにする。
「……お、教えた手順からだけど、今日はこの下地とファンデーションを使ってみて。小春ちゃんが用意してくれたんだ」
「ありがとうございます。小春さんにお礼を言ってたとお伝えください」
九条さんは俺と目を合わせずに受け取り、メイクを開始する。
教えている途中も「はい」や「これで良いですか?」としか言わないまま、時間だけが過ぎていく。
そして、とうとうメイクが完成した。
「どうですか?」
「良いと思います」
「そうですか」
「……」
お互いに言葉が続かなくなり、無言になってしまう。
九条さんは真顔で正面を見ているだけで、考えが全く読めない。
こんな九条さんは初めてで、俺は白旗を上げることにした。
「九条さん、絶対に怒ってるよね? 理由を教えて欲しいんだけど」
「身に覚えはありませんか?」
九条さんは無表情で伝えてくる。
ということは、やっぱり俺に怒ってるのか。九条さんに関係するならアレかな……
「朝も謝ったけど、日記は明日持ってくるからさ。九条さんが楽しみにしてるのは分かってるけど、昨日は書けなかったんだ」
昨日の夜は、昼間の出来事を考えていて何も書けなかった。
しかし答えが違ったのか、九条さんはため息を吐いている。
「私はそんなことで怒りません。仕方がないのでヒントをあげます。……お弁当について何かありませんか?」
「えっ、お弁当!?……もしかして、見てたの!?」
玉子焼きが無くなった時、九条さんはギャル軍団と笑ってたのを覚えてる。
だから見られてないと思っていた。
そんなことを考えていると、九条さんは今日初めて俺に顔向けてくる。
「見てましたっ! 玉子焼きをぜーんぶ他の人にあげて、1個も食べてなかった。それなのに山本さんのだけ食べてたでしょ!」
「あ、あれは勝手に食われたんだって……」
どう言えば納得してくれるんだ?
しかし、いつも思うけどメイクが変わると、怒ってても可愛いだけなんだよな。
膨らんだ頬っぺたを見てると突っつきたくなるし。
「九条さんの玉子焼きを好きなの知ってるだろ? だから最後の楽しみに取ってたんだよ。それなのに勝手に食われて、ショックを受けてたくらいだ」
「そこまで言うなら許してあげます。……だけど……頭も撫でさせてた……私も撫でる」
もしかして、撫でるって言ったの!?
それに許してくれたけど、さっきより怒ってるのは気のせいだろうか。
「……えっと、撫でたい……のか?」
「玉子焼きも撫でるのも山本さんばっかりで、私だけ何もないってズルイ! だから私も撫でるのっ!」
「私だけ何もないって……そもそも咲良は勝手に頭を触ってきただけで、撫でさせた訳じゃ……」
「ふーん、山本さんは勝手に触ったんだ。じゃあ、私も勝手に撫でるね」
どうやら本気みたいだ。
こうなった九条さんは引かないのは分かってるので、色々と諦めた。
九条さんが手を伸ばしてきたので「ちょっと待って」と言って、正面に座り直す。
「……どうぞ」
そう伝えると、九条さんは立ち上がって頭を撫でてきた。
「ふふっ、これ良いねー。撫でるの楽しいから癖になりそう……」
さっきまでと違い、九条さんの楽しそうな声が聞こえてくる。
普段なら好きな子の喜んでる姿は嬉しいけど、今は撫でさせたのを後悔していた。
その理由は、胸元が目の前にあるからだ。
メイクをするためにブレザーを脱いでいて、薄手のブラウスしか着ていない。
恥ずかしくて、どうしたら良いのか分からず、目を閉じて無心になることにした。
しかし、ここで九条さんを止めるべきだったと更に後悔する。
「あっ、つむじ可愛いー!」
そう、この言葉と同時に、顔が柔らかいものに包まれてしまう。
目を閉じてるから、その正体は分からないが、どういう状態かは分かる。
恐らく九条さんは、俺の頭部を上から見ているんだろう。
九条さんが退いてくれるのを待ったけど、つむじを突っついて遊んでいて、その気配は全くない。
良い香りがして理性がぶっ飛びそうになったので、空気を吸うのを止めた。
……頼むから、早く離れてくれ。
そして限界が近付いた頃、顔に触れている感触が消え、やっと呼吸を再開する。
「藤堂くん、どうしたの? 顔が真っ赤で苦しそうだよ」
「……だ、大丈夫。ちょっと色々あったんだよ。それよりも九条さんは満足できた?」
これが一番大事なことだ。
そして九条さんは楽しそうに返事をする。
「うんっ、また撫でさせてね」
「……えっ、また撫でるの?」
俺の言葉で表情が一瞬で曇ったけど「後ろからなら」と言って納得してもらった。
じゃないと呼吸ができないから、いつか本当の天国に旅立ってしまいそうだ。
◇
天国から生還した後は、ケーキを食べながら時間を過ごしている。
その時、昨日から気になっていた事を聞いてみた。
「吉宗さんに何かあった?」
「ううん、何もないよ」
「それなら良いんだけど」
「どうして? またお父さんと話したの?」
「うん、ちょっと用事があって……」
そうか、何もなかったのか……
昨日の夜、吉宗さんに電話をかけたけど、様子がおかしかった。
電話の理由は、昼間の出来事の報告だ。
「お父さん、何か言ってた?」
「いや、何も言われてない。ただ、吉宗さんの様子が違ったんだ。意味が分からないんだけど『大変だろうけど頑張れ』って言われてさ。……九条さんは何か聞いてない?」
「ううん、知らない。変な物でも食べたんじゃないかな。藤堂くんも、お父さんを気にしなくて良いよ。もう邪魔はさせないし」
「……ん? 邪魔って何のこと?」
「さあ、何だろうね。私も分かんない」
気になる言葉があったので九条さんを見ると、美味しそうにケーキを食べていた。
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ちょっと短くてごめんね。
話が全く進まなかった(*´・ω・)
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