第47話 祝勝会

 全員に飲み物が行き渡ると、秋月先生がジョッキを持って立ち上がった。


「全員揃ったし、始めるからグラスを持ってねー。じゃあ行くよー、3年2組、優勝おめでとー! カンパーイ!」


「いえーい!」

「優勝だー!」

「肉食うぞー!」


 周囲からはグラスを合わせる音や笑い声が鳴り響き、俺も涼介や香織と乾杯をする。

 ちなみに先生とは乾杯をしていない。

 既にジョッキは空になっていて、それを見た俺は先生に小さな声で話しかけた。

 

「そこの酔っ払い。生徒の引率なのに酒を飲んで良いのか?」


 先生のジョッキの中身はビールにしか見えない。


「……ん? 大丈夫、大丈夫。これはノンアルコールだから」


「嘘を吐くな。既に顔が赤いからな。先週みたいに泥酔しても面倒を見ないぞ」


「えっ、秋也をアテにしてたのに……」


 この前、夏美姉さんと家で宴会していた時は酒瓶を持って床で寝ていて、俺がソファーまで運んでやって大変だった。


「そんな顔をしても無理だぞ。クラスの連中の前では『先生』と『生徒』だって約束しただろ」


 絶対に面倒を見ないからな。

 ただでさえ今日は目立ってるのに、酔っ払った先生を抱えて帰るとか嫌だ。


「美容室までで良いから送ってよー。夏美にも連絡してるんだからさー」


「姉さんに連絡してるの?」


「そうよ、ここから美容室は近いでしょ? それで帰りは夏美の車で送って貰うのよ。そうそう、夏美から秋也に伝言があったのを忘れてたわ。ちょっと待って……はい、これ」


 そう言ってスマホの画面を見せられた。

 確かに『秋也、悪いけど優子を店まで連れて来て』と書いてるけど……姉さん、どうして直接言ってこないの?


「分かった。だけど皆が帰ってからじゃないと無理だからな」


 美容室なら駅とは反対方向だし、皆が帰った後なら大丈夫だろう。

 色々と諦めて、涼介達と肉を焼き始めた。


「シュウくんも大変ねー。帰りは全員を駅まで連れて行くから安心して良いよ。涼介にも手伝わせるから」


「そうだぞ、俺達に任せとけ」


 涼介達も先生とは昔からの顔見知りだ。

 俺達が小学生の頃、夏美姉さんに会いに来ていた先生と何度か顔を会わせていた。

 だから、この状況を分かってくれている。


「それが一番心配だったから助かる」


 ……今日は2人に感謝しないと。


「シュウ、香織、それよりも焼けたから早く食おうぜ! ……うん。これ、旨いぞ!」


「コラ、涼介! 何枚も同時に食べないの! はあ……私達も食べよっか」


「ああ、俺達も食べよう。早くしないと涼介に全部食われるからな」


 こうして俺もやっと肉を口にした。


「このお肉、美味しいね」


「本当だ、美味しいな」


 上等な肉だから美味しいのは当然だけど、幼馴染達が一緒だと更に美味しいと思える。


「こうして食べるのって、去年の夏以来じゃないか?」


「うん、海でバーベキューした時が最後かも。今年も楽しみだよね」


「ハハハ、楽しみだよな!」


 5月の連休中も海の話をしたけど、その恒例行事の1つがバーベキューだ。

 いつも1泊2日の行程で、咲良の親戚が経営しているコテージに泊まっている。


「でも、前にも言ったけど、海でシュウが1人で居るのが嫌なんだよなー」


「涼介、そのの時と同じ返事を返してやるよ。俺は1人で楽しんでるから気にするな」


 いくら言われても俺の返事は変わらない。


「分かってるけどさ……シュウに相手が居ればなって思うんだよ」


 涼介は本気で言ってるんだろう。目を見れば分かる。

 香織も「うんうん」と言って頷いてるけど、俺は同じ返事しか返さないからな。


「相手が居れば一緒に行きたいと思う。だけど彼女が居ないんだから仕方ないだろ。はい、この話は終わり」


 こう言えば2人は諦めるだろう。

 そして俺は肉を食べた……うん、旨いな。


「涼介、網にある肉を食ってくれ。次の肉を焼くから」


「おう、食べるのは任せろ! ジャンジャン焼こうぜ!」


 空になった網の上に肉を乗せていく。

 後は焼けるのを待つだけになり、網から視線を上げたら香織と目が合う。


「香織、どうかしたのか?」


 目が合ったというか『前を見たら香織が俺を見ていた』が正解になる。


「シュウくん、誰か相手が居るの? 前までと返事が違う。前は『相手が居れば一緒に行きたい』なんて言わなかったから。ねえ、どうなの?」


 あれ? いつもの返事と違ったっけ?

 そうか、一瞬、九条さんが頭を過ったからかもしれない。

 てか、誰だよ、海の話題なんて始めた奴は……って、俺だったな。


「……い、居ないけど」


「ふーん、居ないの……」


 涼介は何も気付いていないけど、香織は疑いの目を向けてくる。

 ……やっぱり色々と崩れてきた?

 九条さんの話は出来ないし、アリスの事だけ話してみようかな……

 そう思っていると俺を呼ぶ声が聞こえた。


「藤堂くん、皆が『MVPはまだ回って来ないのか』って言ってるよ」


 現れた救世主は──前田だった。


「ああ、そうだったな……って、前田……その格好で来たのか……」


「これ? 今日はTにしたんだ。流石に外では恥ずかしいから上に服は着るけど」


「……だ、だよな」


「じゃあ、僕は席に戻るよ。藤堂くんは早く皆の所に回ってあげてね」


 こう言い残して救世主前田は席に戻り、その姿を見ながら涼介に声をかける。


「アレがさっき『今度着せてやるよ』と言ってたTシャツだ。見れて良かったな」


「……悪い、遠慮しておく」


 前田が残したインパクトは絶大だった。


 Tシャツの前面に『ケモ耳とエルフの女の子』がプリントされているからだ。

 しかも背中側には、女の子達の後ろ姿までプリントされている。

 それを「藤堂くんに1枚あげる」と言って渡されたのが自宅にあるTシャツだ。


 でも救世主前田には助けられた。

 香織は何とも言えない表情をしていて、さっきの追及は忘れてるからな。


「じゃあ、他のテーブルを回ってくる」


 俺は絶好の機会を見逃さず逃亡した。 





 ……最初のテーブルは体育会組か。


 騎馬戦と綱引きに出ていたゴツイ男達が固まっていて、正直に言って暑苦しい。


「おう、藤堂! やっと来たのか! 話があって来るのを待ってたんだ!」


 俺の背中をバシバシと叩きながら言ってくるのは、野球部の奥村大悟おくむらだいごだった。


「奥村、痛いから叩くなって……それで話って何だよ」


「野球部に入らないか? ていうか入ってくれ。監督には主将の俺から話を通しておくからさ」


 ……コイツは何を言ってるの?


「悪いけど、言ってる意味が分からん。そもそも野球なんてやったことないし、2ヶ月後に引退だろ」


 しかも野球部は甲子園の常連校だ。何の冗談を言ってるんだよ。

 すると奥村は急に真面目な表情に変わる。


「代走要員で欲しいと思ってる。野球部で一番足が速い奴より、藤堂の方が数段速いからな。ここぞという時に走ってくれ」


「本気で言ってるのか? 誘ってくれて嬉しいけど、俺は運動部には入らないぞ。それに、やるなら既に陸上を続けてるって」


「だよな……しょうがない、諦めるか」


 奥村は残念そうにしていて、本気で勧誘していたのかもしれない。

 俺は安堵していると、次から次へと話しかけられた。


「じゃあバスケはどうだ? 藤堂の運動神経ならやれると思うぞ」


「違う、卓球だよ。あの瞬発力ならやれる」

「いーや、藤堂はテニス部だ!」

「なに言ってんだ。空手部だって!」

「……相撲やらないか?」


 知らない間に俺の入る部活で揉め始めた。

 たけど相撲部の奴だけは、肉を黙々と食べていてその輪に入っていない。


「奥村が言い出したんだぞ。俺では止めれないからな。責任取って止めてくれよ」


「そ、そうだな。おい止めろって──」


 揉めてる奴は放っておいて、俺は相撲部と2人で肉を食べた。


 この後は清水さんの居る女子運動部の座席を回り、次に前田の居る座席を回る。



 ──そして最後の座席にやってきた。



「藤堂くん、ここ空いてるよ」


 九条さんが座布団を差し出してくる。

 最後はギャル軍団の場所で、九条さん、吉村さん、島崎さんの3人しか居ない。


「ありがとう。座らせて貰うよ」


 こう言って、俺は九条さんの隣に座った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る