第48話 ギャルは怖かった

 座布団に座ると周囲を見渡した。

 テーブルを挟んだ正面に吉村さんが居て、その隣に島崎さんが居る。


 ……ここだけ雰囲気が違わないか?


 先生や涼介達の席は別だけど、他のグループは6人から10人で食べている。

 だけど、この場所には3人しか居ない。


 他から見ると異様な光景だろう。

 九条さんは隣でニコニコしていて、吉村さんは仏頂面だし、島崎さんは無言でひたすら肉を食ってる。

 そこに奇妙な格好をした俺が居るんだぞ?


 そう思っていると、吉村さんが怪訝な表情で話しかけてきた。


「ずっと黙ってるけど何よ? アンタさっきまで他のテーブルでは喋ってたじゃない。私達の可愛さに緊張してるの?」


「可愛さに緊張? そうかもな」


 ある意味、別の緊張はしている。

 九条さんとの関係を疑われた後だから、この場所は一番危ない。


「そうでしょ。可愛い私達と一緒のテーブルに座れて感謝しなさいよ」


「ハイハイ、感謝してます」


「アンタ、絶対に思ってないでしょ!」


 怒っている吉村さんは栗色の髪を肩まで伸ばしていて、目鼻立ちもハッキリしている。

 可愛いというよりも綺麗な部類だ。

 ギャル軍団を見ていると『姉御あねご』って感じだけど。


「今度は人の顔をジーッと見てるけど、何が言いたいのよ」


「どうしてギャルメイクしてるんだ?」


「そんなの私の勝手でしょ!」


 思ってた事を言ってしまった。

 九条さんは苦笑いしていて、吉村さんは更に怒っている。

 まあ、話題が無いから良いか……


「悪い、怒らせるつもりは無かった。真正面から見ると勿体無いと思うんだよ。メイクを変えたら『綺麗なお姉さん』になるのにって」


「……き、綺麗なお姉さん。そ、そう?」


「ああ、綺麗なお姉さんになる。でも、今のギャルメイクだと『姉御』にしか見えないけどな」


 これが素直な感想だ。


「あ、姉御……私を2号って呼んだり、やっぱりアンタは失礼な奴ね……」


「仕方ないだろ。最近まで名前を知らなかったんだから」


 2号と呼ぶのは心の中だけだよ。

 でも今日から『姉御』に改名だ。


「そう、それよ! この前も言ったけど、同じクラスなのに名前を知らないって酷くない?」


「近寄りたく無かったからな。俺だってこうして話すとは思わなかったよ」


 これは本当に驚いてる。

 あれだけ避けてたのに今は同じテーブルに居るんだから。


「アンタ、私達を何だと思ってたのよ?」


「危険物だ。ほら、あれと一緒だよ『触るな危険』ってヤツ──」


 それに吉村さんは意外と話しやすい。

 今はこのノリを楽しいとすら思える。


「──と、思ってたけど、今は友達想いの良い奴だと思ってるよ」


「ふん、分かってれば良いのよ……」


 吉村さんは顔を赤くしてそっぽを向く。

 今日助けられた時に分かったけど、誉めると普段の強気が影を潜める。


「改めて礼を言うよ。今日はありがとう。あの時は本当に助かった」


「……あ、あれは玲菜のためって言ったでしょ! ちょっと御手洗いに行ってくる!」


 吉村さんは逃げるように去っていった。

 誉めすぎたらダメみたいだ。


「藤堂くん。千佳ちゃんが『私のため』って言ってたけど、何かしてくれたの?」


 吉村さんとの会話を聞いていた九条さんは、不思議そうな顔で俺を見ている。


「吉村さんから聞いてなかった?」


「うん、何も聞いてない」


「そうか、借り物競争の後に──」


 九条さんにタオルを貸した後、クラス全員から尋問されたことを伝えた。


「そうだったの? 私が席に戻ると変な雰囲気だったけど、それだったんだ……」


「あれでもマシになった方だ。本当に悲惨だっから。吉村さんには助けられた」


 あれが無かったら、どうなっていたか分からない。


「ふふふ、藤堂くんも『2人が良い子』だって分かったでしょ?」


「吉村さんが『良い人』というのは分かったよ」


 2人と言われたけど事実だけを伝えた。

 返事が不満だったのか、九条さんは少し頬を膨らませている。


「……若菜ちゃんも良い子なのに」


「仕方ないって、職員室前で一度話しただけなんだからさ……」


 今だってひたすら肉を食ってるだけだし、このテーブルに来てから声すら聞いてない。

 もう俺の中で謎の人物になってるよ。


「九条さん。島崎さんって肉が好きなの? ずっと無言で食ってるけど」


「若菜ちゃん、全然太くないのに『ダイエットする』と言ってお昼は食べなかったの。だから空腹だったみたい……」


「そうか……」

「うん……」


 お互い言葉が続かず無言になってしまう。

 その間も島崎さんは肉を食っていて、俺達はその姿を眺めていた。

 すると島崎さんの箸が止まり、顔を俺達に向けてくる。


「2人は本当に仲が良いみたいね。玲菜が懐くなんて珍しい」


「「──っ!」」


 俺達は島崎さんの言葉に驚いた。


「島崎さん、話を聞いてたの?」


「この距離だから聞こえるわよ。藤堂は無害みたいだし、2人が仲良しでも気にしないわ。それより、私はどうなの?」


「……ど、どうって何が?」


 九条さんを見ても首を振っていて、言ってる意味が全く分からない。


「千佳を『綺麗なお姉さん』って言ってたけど、私はどう? 可愛い?」


「えっ、その質問だったの?」


「良いから早く答えて。今日はメイクを変えてみたから聞いてみたい」


 いきなり言われて驚いたけど、そんな理由だったのか。

 メイクを変えたと言われても、変わる前を間近で見てないから返事に困る。

 とりあえず、見たままを言ってみよう。


「島崎さんは綺麗というより可愛いって感じだな。黒髪のゆるふわパーマも似合ってるし、そのメイクも……ん?」


 島崎さんのメイクに見覚えがある。

 どこで見たんだっけ……


「メイクがどうしたのよ。私には合わないって言いたいの?」


「あっ、悪い。見覚えがあっただけだ……そのメイクは髪型にも合っていて良いと思う」


「ありがと。このメイクをやってみたくて髪型を変えたんだよね」


 島崎さんは返事に満足したみたいだ。

 九条さんも「可愛い」と言っていて2人で盛り上がっている。


 ……答えを間違えなくて良かった。


 そう思って肉を焼き始めると、再び島崎さんが話しかけてくる。


「ねえ、見覚えがあるって言ってたけど、もしかして……これじゃない?」


 スマホを目の前に差し出され、画面には動画が再生されていた。


「──っ! ゲホッ! ゴホゴホッ!」


「ちょっと、汚いわね……」


「……わ、悪い。お茶が変な所に入った」


 そこにはメイクをされてるが居た。

 動画では小春ちゃんが解説していて、俺はされるがままの状態で映っている。


「……そ、その動画を見たんだ」


「やっぱり? でも男がメイク動画を見るなんて珍しいね。もしかして、この女の子が好きなの? 可愛いもんねー」


 ごめん、全く好きじゃない。


「じゃあ、動画の子と私、どっちの方が可愛い? ていうか、どっちが好み?」


「──もちろん島崎さんだ」


 そんなもん即答するに決まってる。

 比較対象は性別すら違うんだぞ? だって俺だからな。


「私の方が好みなのね。じゃあ、そんな可愛い私が彼女になってあげる」


「──は?」

 

「だから、私が藤堂の彼女になってあげるって言ってるの」


 島崎さんがテーブルから身を乗り出して顔を近付けてくる。

 俺はたまらず九条さんに助けを求めた。


「──っ!」


 ……めっちゃ睨まれてる。

 恐ろしいモノを見てしまい息を飲んだ。

 ギャル仕様で睨まれると怖いのは知ってるけど、あれは本気じゃなかったのか。


 怒っている理由は分からないけど、島崎さんの方が先だ。

 今もどんどん近付いてきていて、魅惑的な表情を浮かべている。


「だから私と付き合おうよ。良いでしょ?」


 吐息がかかる距離になるけど、俺の体は蛇に睨まれたみたいに動かない。

 そして唇が触れそうになると──


「若菜、アンタ何やってるの?」


 吉村さんの声が聞こえてきて、島崎さんの動きも止まった。


「なにって、藤堂の彼女になるの」

「はあ? アンタには彼氏が居るでしょ」

「あの男とは別れた」

「もう別れたの? 早くない?」

「うん、ある意味早かった。私を満足させる男は居ない」


 ある意味早いって何が?

 満足っていう言葉も気になってしまう。


 すると隣から感じる視線が更に恐ろしくなる。


 うん、変な妄想は止めよう。

 とりあえず吉村さんが戻って来てくれて助かった。


「……だからってコレで良いの?」


 吉村さんは俺を指差している。

 この際「コレ」でも「アレ」でも好きに呼んでくれて良い。


「うん、玲菜が懐いてるから良い奴だと思う。それに玲菜や千佳には彼氏が居て、私はフリーになったから問題ない」


 いやいや、問題あるだろ。

 俺は付き合うとは言ってない。


「それにね、千佳も考えてみてよ。藤堂は玉入れやリレーで活躍してて運動神経抜群。テストも学年5位で頭脳明晰……将来性のある優良物件だと気付いたの。後は私を満足させてくれれば……」


 島崎さんは獲物を見付けた目を向けてくるけど、口元だけは笑っている。


「あと、見た目はこんなんだけど、藤堂は整った顔をしてると思う。さっき近くで見て気付いたのよ」


「言われてみればそうかも……」


 この瞬間、助っ人は敵に寝返った。

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