第35話 出発前のトラブル

「さっきの藤堂くん、面白かったね。冷静な感じだったけど、無理してるって思ったもん」


「面白くないって……かなり焦ったんだぞ……涼介や香織に伝わらない様にするにはこう言うしかなかったからさ」


 電車に乗った俺は疲れ切っていて、俺を見ている九条さんは笑っていた。



 ──それは、切符を買う前まで遡る。



「九条さん、何か怒ってる?」


「ううん、怒ってない」


 怒ってないと言うけど、まだ九条さんは少し頬っぺたを膨らませながら歩いていて、返事をする時も俺の方を見てくれない。


「絶対に怒ってるよね? 何か変なことを言ったなら謝るし機嫌を直してよ」


 前を歩く九条さんは、俺の謝る声に驚いたのか、足を止めると振り返り、その顔は狼狽えている。


「ごめんなさい。そこまで困らせるつもりは無かったの。ただ……藤堂くんが少し困った感じが面白かったから……本当にゴメンネ」


「えっ、怒ってなかったの?」


「……うん。ちょっと演技してただけ」


 あれが演技だったって?

 本当なら凄いな。そうか……普段からギャルを演じてて、学校での立ち振舞いも徹底してる女の子だった。

 そう考えると九条さんの演技力は凄すぎる。今も本当に怒ってると思ってたから。


「……もう、何か言ってよ。もしかして怒っちゃった?」


 俺から返事が来ないせいか、九条さんは少し涙目になっている。


「怒ってないって! ちょっと九条さんの演技力に驚いただけだから!」


 この涙目は演技じゃないと思う。


「そうなら良いけど……驚かせてゴメンネ」


「ああ、大丈夫だって。それよりも早く切符を買って中に入ろう。えっと、目的地は……あった! 九条さん、切符を2人分買って来るから待ってて」


 俺は急いで2人分の切符を購入した。

 

 この場所は切符売場から近いせいか、さっきよりも人が多く、涙目の九条さんは注目されていて「修羅場」とか「泣かせてる」とか聞こえていたから急いだ。


 九条さんに切符を渡し、俺達は改札口を通り駅の中に入った。


「……ここまで来れば大丈夫かな。九条さんが少し涙目になってるから驚いた」


「今日の予定を楽しみにしてたのに、行く前から怒らせたと思ったから、どうしようと考えちゃって」


「俺は九条さんを怒らせたと思ったけど、九条さんは俺を怒らせたと思ったのか。同じ事を考えてたって思うと面白いな」


「ふふふ、そうだね。さっき切符を買ってる時の藤堂くん、凄く焦った感じで笑いそうになったよ」


 誰のせいで焦ったと思ってるんだ……と思って九条さんを見ると、持っている鞄を両手で抱えながら楽しそうに歩いている。


 ……笑ってるなら良いか。


 でも、コロコロと色んな顔になるな。

 怒ってたかと思うと、悲しそうな顔になって、気付いたら笑顔を見せてくる。


 そんな事を考えながら横顔を眺めていたら、俺の視線に気付いた九条さんはこっちを向いて首を傾げた。


「どうしたの?」


 好きな子の横顔を眺めていたなんて、恥ずかしくて言えない。

 なので、咄嗟にさっき思った事を伝える。


「表情が豊かだと思ってた。学校では見ない顔だしさ」


 九条さんは「学校で見てる私?」と呟いて、何かを考えてるのか顔を下に向けて──


「──こんな感じかな」


 そう言いながら顔を上げ、俺を見ていた。


 そうそう、この顔。

 日替わり定食の奴等が来ると見せる顔だ。

 近寄りがたいオーラが出てて、本当に怖いんだよ。

 前に日替わり定食の話題を出した時に見たけど、今の方が怖いもんな。


 ──って、違う。その表情で俺を見ないでくれ。


 学校で見る怖い表情を間近で向けられたからか、少し後退りをしてしまった。

 そして九条さんは俺の反応に驚いている。


「そ、そんなに引かないでよ……」


「わ、悪い……心の準備が出来てなかった。急にあの表情を見せられると心臓が止まりそうになる……」


「もう! 心臓が止まりそうって大袈裟だから! 藤堂くんが『学校の私』って言うからやったのに」


 九条さんにとって俺の反応が予想外だったせいか、少し不満そうだ。

 怒ってるぞって目を向けてくるけど、今度は全然怖くない──むしろ可愛い。


「だからゴメンって。でも、急にあの表情を向けられると誰だって驚くぞ? まあ、九条さんの演技力が凄いってことだ」


「うーん……誉められて嬉しいけど、怖がられたと思うと変な感じがする……」





 色々と話ながら歩いてると、ホームに着いた。

 電子案内板を見ると、予定の電車は10分後に到着予定となっていて、俺達は乗車口に並んだ。

 待っている間、プラネタリウムのサイトを2人で眺めていて、しばらくすると隣のホームに電車が到着するアナウンスが流れる。


「私達の乗る電車も早く来ないかなー」


「ハハハ、5分もしない間に来るよ」


「早く行きたくて待ちきれないんだもん」


 隣のホームに着く電車は『普通』で、俺達が乗る予定は『快速』だ。

 電車の行き先は同じだけど、到着までの時間が違いすぎる。


 俺は待っている時間も楽しいけど、九条さんは違うみたいで、スマホでサイトを見ていたせいかソワソワしていた。


 そして隣のホームに電車が停まり、降りる人達が出てくると「あっ」とか「もしかして」等の声が聞こえてくるので何気なく声の方に顔を向ける。


「あっ……」


 小さい声が出てしまったけど、周りの音に消されてるから大丈夫だろう。

 気付かない振りをしようかと思ったけど、無理かもしれない。


 そこには3人の女子高生が居て、その内の1人と目が合っているからだ。


 九条さんも気付いたみたいで「前に会った女の子だ」と言っている。


 俺を見ている女子高生はケーキ屋で俺達に声をかけてきた子で、残りの2人も見覚えがあった。


 その2人は、サッカー部の1年生マネージャーだ。

 名前は忘れたけど、涼介達とテスト対策をした日に定食屋で会った香織の後輩達。


 色々と考えたけど、良い案が浮かばない。


 近眼で気付かなかった事にしよう。そう思って九条さんに目で合図を出して前を向いた──けど遅かった。


「すみません……ケーキ屋で会った1年ですけど、覚えてますか?」


 すぐ隣に3人が来ていて逃げ場がない。


「……ケーキ屋? ああ、あの時の子か。目が悪くて気付かなかった。覚えてるけど、どうしたの?」


 視力は2.0だけど、近眼で気付かなかった設定だけは続けてみた。


「……いえ、特には無いんですが」


 女子生徒は何を話したら良いのか分からず、言葉に詰まっている。


 当然だろう。同級生でも友達でもないのに急に話しかけたんだから。

 俺は「逃げ切れる」と思ったけど、サッカー部のマネージャーが援軍で現れた。


「私達は1年なんですが、2年何組なんですか?」


「知らないと思いますけど、1年生で2人は噂になってるんです」


 マネージャー2人は俺達を発見して嬉しいのか、目を輝かせている。


 うん、君達に聞いたから知ってる。とは言えないので知らない振りを通す。


「噂? 初めて聞いたけど、大袈裟じゃないかな……それとクラスが知りたいの? 俺は7組だ」


「……7組ですか?」


 3人は首を傾げて「7組も見たんだけどね」と話し合っている。


 2年何組と聞かれたから7組と教えてあげたけど、去年は2年7組だったから嘘ではない。

 屁理屈だと分かってるけど、本当のクラスは言えないからだ。


 嘘を教えて悪いとは思っている。

 だけど、俺達には秘密が多いからと自分に言い聞かせると、タイミングが良いのか電車がホームに到着した。


「電車が来たから俺達は行くよ。これから君達も部活でしょ? 頑張ってね」


 扉が開くと、降りる人は誰も居なかったので俺達は電車に急いで飛び乗り、電車が動き出すとホッとしたのか体の力が抜けた。


「……電車が来て助かった」


「私なんて何が起きたのか分からなかったからね。藤堂くんが話してくれて助かったよ」


「……本当に誤魔化せたのか分からないけどな」


 座席に座った俺は、疲労感に襲われていた。

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