第34話 駅前で待ち合わせ

 プラネタリウムに行く日の朝を迎え、俺は待ち合わせ場所の西城駅で九条さんを待っている。


 ……早く着いてしまった。


 九条さんとは9時に待ち合わせをしていて、今は8時30分。


 展望台に行った時も30分前には着いていたから、あの時と同じだ。

 そう思うと少し笑みが溢れた。

 ただ、あの時とは大きく違う所がある。


 展望台に行った日は、俺が『藤堂秋也』だとバレない様にする事しか考えていなかった。

 だけど、今日は初めて自分から誘った──初めてのデートだ。


 そう、ここが一番違う。


 ……考えたら緊張してきた。


 ……髪型や服は変じゃないかな?


 俺は身だしなみが気になり、服にシミや汚れが無いか見て、髪型も確認した。

 駅前には部活で登校する同じ学校の生徒や、他に待ち合わせをしている人が居て、奇妙な動きをしてるせいか視線を感じるけど気にしない。


 確認が終わると気持ちも落ち着いてきて、時計の針は8時40分を指している。

 周囲を見渡すけど、九条さんの姿はまだ見えない。

 その時に、改めて気付いた事があった。


 ……やっぱり見られてるな。


 さっき服や髪型をチェックしたもう1つの理由がこれだった。

 目の前を通る女子高生達が、俺を見て何か言い合っていて、中には振り返ってまで見てくる女の子まで居る。


 ……そんなに今日の格好って変なのか?


 確かに普段より服は選んだし、髪型も何度もやり直して来たけど、変だったのかもしれない。


 そう思っていると、九条さんの声が聞こえた。


「おはよう。何してるの?」


 驚いて声が聞こえた方を見ると、すぐ隣に九条さんが立っていて、不思議そうな顔をして俺を見ている。


「お、おはよう。いつの間に隣に居たの?」


「うーん……2分位前からかな。藤堂くんが変な動きをしてるから見てたの」


 そう言った九条さんは、イタズラが成功したみたいで楽しそうに笑っていた。


 マジか……俺の挙動不審な動きを見られてたのか。折角のデートなのに、いきなり失敗したかも。


「それで、何してたの? 服とか髪型とか何回も気にしてたみたいだけど」


「実はさ……前を通る人達が俺を見て何か言ってるんだよ。だから、服や髪型が変なのか気になって確認してた」


 緊張して自分の格好が変じゃないかを確認していた事だけは内緒にした。


「そうだったの? じゃあ、私が見てあげるね。うーん……」


 そう言って九条さんは目の前に立ち、俺の上から下まで何度もジーっと見ている。


 観察されてるみたいで恥ずかしくなり、俺も九条さんを見ていた。


 ……今日も可愛いな。


 九条さんは、白を基調としたレース入りのブラウスとデニムのジーンズ。

 シンプルで動きやすい服装だけど、髪の色と合っている。


「……それで、どうかな?」


 見られ過ぎて恥ずかしくなり、俺はたまらず感想を聞いてしまう。


「変じゃないよ。むしろ……」


「……九条さん、むしろ……何?」


 言葉足らずというか、ハッキリと答えてくれず、恐る恐る尋ねた。


 だけど九条さんから言葉はなく、こっちを見て通り過ぎる女子高校を見て「ああ、やっぱり」と呟いて、何故か1人で納得している。


「あのさ……変だったら言って欲しいんだけど……」


「ううん、本当に変じゃないよ。今日の服と髪型も藤堂くんに似合ってるから。それよりも私の方は変じゃない?」


 そう言って九条さんは笑顔を向けてくる。

 俺はさっきの呟きの意味が知りたかったけど、似合ってるって言葉を信じて忘れることにした。


「似合ってる。シンプルだけど、九条さんの髪の色と合ってるし、そのブラウスって新作で雑誌に載ってた服だよね? それと、スカート以外を履いてるのを初めて見た」


 周囲を歩く男達が九条さんを見ていて、隣に居る俺まで男達の視線が向き、少し痛いくらいだ。


「ふふふ、ありがとう。普段はスカートが多いけど、今日はこっちにしたの。でも、よく新作だって知ってたね」


「ああ、美容室に置いてる雑誌に載ってたのを見たんだ。バイトで必要な所は読んでるから」


 美容室に置いてる雑誌は女性向けのファッション雑誌ばかりだけど、アキちゃんとして必要だから着こなしを学ぶ為に全て目を通している。


「それで知ってるんだ。そうだよね、何てったって藤堂くんは私の先生だし、女の私より女の子に詳しいよねー」


 九条さんは笑いながら言ってるけど、俺は笑えない。

 好きな子の前で男らしさを出したいのに、女らしさを強調してどうするんだよ。


 自己嫌悪に陥っている俺が気になったのか、九条さんが首を傾げながら俺を見ている。


「藤堂くん、どうしたの? 私……何か変なことを言っちゃった?」


「何も言ってないよ。ただ……涼介みたいに男らしくて格好良くなりたかったと思っただけ……」


 俺の中で『格好良い男』というのは、背が高くて筋肉質だけど爽やかな男──涼介や和真みたいな奴等だ。


「神城くんみたいに?」


「そうだよ。涼介って男らしくないか? 高校に入ってから更に背が伸びたみたいだし、筋肉質で羨ましいと思ってる」


「うーん、そうかな? 私は藤堂くんの方がゴツゴツしてないから、話しやすいし、良いと思うけど……」


 九条さんはもう一度、俺の頭から足元まで眺めている。


 男らしくないって言われてる気もするけど、近付きにくいと言われるよりは良いか。

 アキちゃんのイメージからか、女友達を見ているんじゃないかと思う時もあるけど、今は仕方ない。

 今日のデートから藤堂秋也という男を知って貰うつもりだ。


「ありがとう。九条さんにそう思って貰えたなら良かった。お世辞でも嬉しいよ」


「……お世辞じゃないんだけど。藤堂くんって、自分の事を分かってないと思う」


「俺が自分を分かってないって? ハハハ、そんな訳ないだろ」


 自分のことは自分が一番良く知ってる。

 俺の返事が気に入らないのか、九条さんは少し拗ねた表情に変わった。


「あー、その反応は絶対に分かってない! ……もう良いよ、私は分かってるし。そうだ、もうすぐ9時だから早く行こうよ」


「そうだな。もうすぐ予定の電車が来るから行こう」


 そう言った九条さんは、まだ少し拗ねてるのか、少し頬っぺたを膨らませながら歩いていて、俺は「どうしよう」と考えていたけど、この後の出来事で、電車に乗った時には笑い合っていた。

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