第36話 電車の中で
「はあ、疲れたな……」
さっき買ったペットボトルを開けると、勢い良く喉に流し込んだ。
そんな俺を見ている九条さんは、苦笑いを浮かべている。
「ふふふ、今の藤堂くんって、お爺ちゃんみたい。まだ電車に乗ったばかりだけど大丈夫?」
精神的に疲れた半分は九条さんのせいだぞ。
「もう落ち着いたからから大丈夫。それと、お爺ちゃんは言い過ぎだ。まだピチピチの17才だからな」
「ピチピチって……今時、誰もピチピチなんて言わないよ……」
父さんが言ってる以外に聞かないけど、他の言い方が分からないから仕方ない。
「もうこの話は止めよう。とりあえずピチピチは忘れてくれ」
これ以上恥ずかしい思いはしたくないので話を終わらせた。
九条さんは「しょうがないなー」と言いながらも、まだ顔は笑っている。
そして持っている鞄を開けると、美味しそうに並べられたサンドイッチを取り出した。
「藤堂くんって朝ゴハン食べた? 食べるかなと思って玉子サンドを作ったんだけど」
「玉子サンドだ……うん、食べる。お腹いっぱいでも食べれる」
「お腹いっぱいでもって……好きなのは知ってたけど、本当に玉子焼きが好きだよね」
朝食は食べたけど玉子焼きは大好物だ。
それよりも、好きな子が作った物ならお腹いっぱいの時でも食べたい。
「はい、どーぞ」
九条さんはタッパーの蓋を外して俺に手渡してくる。
「美味しそう……じゃあ、いただきます」
玉子サンドだけど、中身は2種類あった。
玉子焼きのサンドイッチと、潰したゆで卵にマヨネーズを混ぜたサンドイッチだ。
まず俺は玉子焼きの方を手に取る。
「ふふっ、どっちから食べるかな? と思ってたけど、やっぱりそっちだったね」
「九条さんの作った玉子焼きは美味しかったからな。やっぱり美味しい……これなら毎日でも食べたいって思うよ。じゃあ、次はこっちを──」
次に、ゆで卵の方を食べたけど、コンビニで買う玉子サンドより数倍も美味しくて、俺好みの味付けだ。
「うん、こっちも美味しい……って、九条さん、どうしたの?」
九条さんは、さっきまで俺が食べるのを楽しそうに見てたのに、今は顔を赤くして俯いている。
「九条さん?」
名前を読んでも返信が返ってこず、俺は九条さんの顔を下から覗き込んだ。
「……恥ずかしいから覗き込まないでよ。藤堂くんが悪いんだからね」
「俺が悪いって……何が?」
顔が赤くなったままの九条さんはジト目で俺を見ている。
「急に『毎日でも食べたい』とか言うから! 前にお母さんが持ってる漫画で読んだセリフを思い出したの!」
「……ま、漫画!?」
毎日食べたいくらい美味しいって言ったらダメだったのか?
頭の中で「?」の文字がよぎっている。
そんな俺を見ている九条さんは、ため息を吐く。
「もう良いよ。……それよりも、私も1つ食べるね。美味しそうに食べるのを見てると私も食べたくなっちゃった」
と言いながら、九条さんはサンドイッチを手に取ると美味しそうに食べ始めた。
「それで、九条さん……さっきの意味なんだけど──」
「──もう忘れてくれて良いよ」
今度は即答だった。
それに理由は分からないけど、何故か聞いたらダメな雰囲気がするので口を閉ざした。
……とりあえず後で検索してみよう。
俺は別の会話をしようと話題を変える。
「わ、分かった。そうだ……気になった事があるんだけど、さっき『お母さんの持ってる漫画』って言ってなかった? お母さんってアメリカ人だよね? ということは九条さんって英語の漫画も読むの?」
顔は知らないけど、九条さんのお母さんはアリスって名前で、今はロサンゼルスに居るはずだ。
「ううん、日本の漫画だよ。お母さんって日本語ペラペラなんだけど、日本の漫画が読みたくて勉強したんだって」
「へー、凄いな。そういえば日本の漫画って、世界中で人気になってるのをテレビで見た気がする」
「お母さんも言ってたよ。でも、英語で訳されてるのは大人気の漫画ばかりで、他の漫画を読むには日本語で書かれる本しかなかったから勉強したらしいよ」
その後も色々と話を聞いた。
日本語の勉強をしていた時に、吉宗さんとアリスさんは出会ったらしい。
当時のロサンゼルスは今よりも日本人が少なく、アリスさんは同年代の日本人を見ると話しかけ、勉強の為に友達を増やしてた。
その友達の1人が──吉宗さんだ。
「アリスさんの行動力は凄いな」
「私も聞いた時は驚いたもん。藤堂くんもお母さんに会ったら驚くよ。今度こっちに来たら紹介するね」
「こっちって……日本に来るの?」
「言ってなかった? お父さんは貿易の会社を経営してて、アメリカの業務はお母さんが担当してるの。だけど、お父さんが行かなきゃならない時はお母さんが日本に来てくれるんだよ。えっと……次は6月だったかな」
「……わ、分かった」
6月って来月? 紹介?
俺はアリスさんと来月会うの?
急な話に付いていけず色々と考えていた。
そんな俺と反対に九条さんは「こっちも1つ食べよー」と言ってサンドイッチを手にしている。
そして、気付いた時には降りる駅だった。
◇
「やっと着いたねー」
「ああ、予定通りの時間だけど人が多いな。やっぱり同じ場所に行く人達なのかな?」
プラネタリウムは駅から目の前だ。
駅から出ると、子ども連れた親子やカップルの姿が多い。
「うーん、近くに大きな公園があるから、親子で来てる人達は分からないけど、カップルの人達なんて絶対そうだと思う。そうだ、行く前に食べたゴミを捨ててくるから待っててね」
九条さんは近くに見えるゴミ箱まで歩いていった。
じゃあ、今のうちに調べてみるか。
さっき気になって聞いたけど教えてくれなかった謎の答えだ。
俺はスマホを取り出して『男が言う漫画のセリフ』『毎日でも食べたい』と入力すると検索結果が表示された。
「──っ!」
プ、プロポーズの言葉だと……
あの言葉ってそんな意味があったのか……まだ「好きだ」と言ってもないのに、俺はプロポーズしてたのか……だから九条さんは顔を赤くして俯いてたんだ。
「お待たせ。何を見てるの?」
いつの間にか戻っていた九条さんがスマホを覗き込んでくる。
俺は急いでスマホをポケットに入れた。
「な、何でもない! じゃ、じゃあ早く行こうか!」
「……何かを内緒にされた気がする」
焦りすぎて態度に出ていたみたいだ。
九条さんは少し不満そうだけど、こればかりは絶対に言えない。
「本当だって。何も内緒になんてしてないから。ほら、混んじゃうから早く行こう」
「……うん。でも、やっぱり何か怪しい」
聞きたそうにしている九条さんを宥めながら、俺達はプラネタリウムに向かった。
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