第31話 2人で下校

「藤堂くん、本当に大丈夫? 家まで送るよ?」


「……い、家までは来なくて良いって」


 九条さん、家まで来るつもりだったのか……

 一緒に居れるのは嬉しいけど……って、違う。お互いに知らないフリをしようと決めたのに、忘れてないよね?


「玲菜は家まで行く気だったの?」


 ……やっぱり吉村さんも驚いてる。


「うん。私が悪いから」


 九条さんは落ち込んだ表情になっていた。

 そうか、外見はギャルだけど、中身は優しい九条さんだからな。


「玲菜が当てたのは間違いないけど、本人も大丈夫って言ってるから平気じゃない? でも、どうしたの? 玲菜も普段と雰囲気が違うけど」


 マズイな。また、吉村さんが疑い始めた。

 さっきは誤魔化せたけど、今の九条さんは学校でギャルを演じてる姿とは違う。

 今は俺の知ってる九条玲菜に戻ってる。


 どうする? 強引に話を変えないと……


「ち、千佳ちゃん、私は──」

「──分かった。送ってもらうよ」


「……え?」


 これしかない。恐らく断っても九条さんは諦めないだろう。

 それならOKを出して話を終わらせ、違う話題に変えるしかない。


「『分かった』って言ったんだ。もう目は痛くないけど、今も腫れないように冷やしてるでしょ? 片手が塞がって鞄が邪魔だから、持ってくれたら助かる」


 鞄が邪魔とは思ってないけど、理由があれば不自然じゃない。


「──うん、それなら私が鞄を持つね」


「ありがとう。鞄を頼むよ」


 まだ吉村さんは疑いの目で見てるけど、たぶん大丈夫だ。

 この後はトラブルも起こらず、2人に挟まれながら西城駅まで歩いた。


 ある意味、この状況がトラブルだけど……





「九条さん、ここが俺の家だ」


 吉村さんとは西城駅で別れて、今は九条さんと2人で居る。

 2人になっても、電車には同じ学校の生徒が居たから気は休まらなかった。

 だけど、ここまで来れば普通に話せる。


「ここが藤堂くんのお家かー。素敵なお家だね」


「普通の家だと思うぞ。そうだ、鞄をもらうよ。ずっと持たせて悪かった」


 九条さんは今も俺の鞄を持っていて、2人になった時に、理由を話して鞄を持とうとしたけど、何故か返してくれなかった。


「……本当にゴメンネ。腫れなかった良いけど」


「気にするなって。もう大丈夫だから」


 痛くないけど、今日は冷やしておく。

 腫れたら九条さんは更に気にすると思うし、明日はプラネタリウムに行く予定だ。

 好きな子と遊びに行くのに、目を腫らしてたら格好悪すぎる。


「うん、分かった。藤堂くんの鞄を返すね。じゃあ、また明日……プラネタリウムに行くのを楽しみにしてるから」


「俺も楽しみにしてる。また明日」


 九条さんが歩き出したのを見届けて、家の門を開けて中に入る。

 そして門を閉める時に、九条さんが立ち止まっているのが見えた。


「九条さん、どうしたの?」


 さっき駅の方に向かったはずなのに……忘れ物でもあったのか?

 声を聞いた九条さんは、振り返りこっちに戻って来て──



「藤堂くんのお部屋に行ってみたい!」



 ──と、目をキラキラさせて言ってきた。


「お、俺の部屋!?」


「うん! だって、藤堂くんは私の家に入ったでしょ? だけど私は入ってないもん」


 実は俺も「家に来る?」と言おうか迷ったけど言わなかった。

 それに、九条さんの家には入ったけど、部屋には入ってない。


「家はダメだって……」


「えー。もしかして……私に見られたら困るモノでもあったり、お部屋が汚いとか?」


 見られたら困るモノだって?

 なんかあったかな……うん、大丈夫。見られたら困るモノは隠してるし、いつも部屋は片付けてる。


 ──って、そうじゃない!


「見られたら困るモノはないし、部屋も普通だって。だけどさ……はあ……もう、分かったよ」


 九条さんと居たい気持ちを優先した。


「藤堂くんの本棚を見てみたかったの! そうだ、お家の人にも挨拶しないとね!」


 そんな嬉しそうな顔を見せられたら、何も言えない。

 俺も九条さんと居られて嬉しいよ? その俺が拒否したのには理由がある。


「家には誰も居ないよ。今日は全員、美容室で仕事だから夜まで帰って来ない」


 そうだ、九条さんが家に来ると、家で二人っきりになってしまう。

 何度も言うけど、俺は嬉しいよ。

 だけど、これはマズイだろ。


 誰も居ない家に女の子を連れ込むんだぞ?


「そうなの? あーあ、ちゃんと挨拶したかったのになー。でも、居ないなら仕方ないね。じゃあお部屋に行こっか」


 頼むから少しは危機感を持って欲しい。

 部屋が見たいのかニコニコしてるし、本当に状況が分かってるのかな?

 ……何かするつもりは全くないけどさ。





「わあー。これが藤堂くんのお部屋かー。片付けてるって聞いてたけど、本当に綺麗だね。私の知ってる男の人の部屋とは違うもん」


 九条さんが俺の部屋に入って、楽しそうに色々な所を見ているけど、言葉を聞いた俺は少し疑問に思った。


「……九条さん、男の部屋に入ったことがあるの?」


 無いと信じたい。だけど、ギャル友達との付き合いで、嫌々でも男の部屋に入ったのでは? と考えてしまう。


「あるよ。お兄ちゃんの部屋」


「……そ、そうか。良かった」


 なんだ、お兄さんの部屋か。

 そうだよな。俺も姉さん達の部屋には何度も入ってる。


「良かったって何が?」


 何がって……何のこと?

 気になった後に、安心したから口走ってしまった……


「もしかして、私が男の子の部屋に行ったと思った?」


「……うん。思った」


「ふふふ、絶対に行かないよー。男の子の部屋に入ったのは、お兄ちゃんの部屋しかないもん」


「そうか、家族以外だと俺の部屋が初めてになるのか」


 比率は分からないけど、一応は男だと思われてるし、ここは素直に喜んでおこう。


「そうだよ。でも不思議だね……まさか今日、藤堂くんのお部屋に来るとは思わなかったから」


「……俺は今も驚いてるよ」


 九条さんは驚いた顔をしてるけど、俺の方が驚いてる自信がある。

 なんせ、今も部屋に2人で居るのが信じられないからな。


「そうだ、九条さんは目当ての本棚を見てて。俺は着替えてくるから」


「うん。さっきから、そこの本棚が気になってたの。見せてもらうね」


 九条さんが本棚の前に移動して、俺は部屋を出て階段を降りた。

 脱衣所で鏡を見ると、目は赤くなってるけど腫れていない。


 ……これなら、明日は大丈夫だろう。


 着替えが終わり、台所で2人分の飲み物を用意していたら、あることを思い出した。


『今日のことを家で話さないで』って言っておかないと。

 九条さんは色々と話してるみたいで、2人で会った日の翌日は、必ず吉宗さんからRINEがある。


 だから、今の状況を知られたらと思うと、本当に恐ろしい。

 うん、絶対に内緒にしてもらおう……


 しばらく考えてから部屋に戻った。





「飲み物は机に置いておくよ」


「ありがとう。ねえ、藤堂くん。この本を読んでも良い?」


 本棚の前に居た九条さんは、2冊の本を持っている。

 興味がある本があって良かった。


「良いけど、読む場所はどうする? ベッドか机しかないけど」


 部屋には本棚とベッドと机しかない。

 こんなことなら、テーブルや座椅子を買っておけば良かった。


「うーん……じゃあ、ベッドを借りるね」


「分かった。本は読んでみて、面白ければ持って帰っても良いよ」


 九条さんはベッドに座り、俺は机にあるパソコンの電源を入れた。

 今日は咲良の小説を読む。テスト期間中は中断していたから、続きを読まないと怒られるからな。


 そして、集中して読んでいる時だ。


「藤堂くん、ベッドに寝転んでも良い? 背もたれがないから本が読みにくいの」


「うん、良いよー」


 何も考えずに返事をしてから、気付くのが遅れてしまった。

 今、ベッドに寝るって言ったのか?

 

 焦ってベッドの方を見たけど遅かった。

 九条さんは、うつ伏せで寝転んでいる。


「──藤堂くんの香りがする!」


 しかも、とんでもない事を言い出したよ。


「……な、何をやってるの?」


「寝転んでみたら、藤堂くんの香りがしたの」


 そ、そうじゃない。

 俺が言いたいのは違う……


「──それ、俺の枕だよね?」


「そうだよ、藤堂くんのベッドだもん」


 九条さんは顔を俺に向けていて、その顔の下には俺の枕がある。

 どうしよう? 枕を奪うか、俺と場所を代わるかだけど……見てる感じだと無理かも。


「枕を使うのは良いけど、恥ずかしいから匂ったりしないでね?」


 不自然じゃない感じで、ベッドから視線をパソコンの方に目を向ける。


 寝転んてしまったのは仕方ないとして……


 足をパタパタとさせるのもダメだ。

 ベッドの方を見てると、どうしてもそっちを見てしまう。


 制服はギャル仕様だからスカートが短いんだぞ? それなのに足を動かすとスカートが……いや、もう考えるのは止めとこう。



 この後、咲良の小説は頭に入らなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る