第31話 2人で下校
「藤堂くん、本当に大丈夫? 家まで送るよ?」
「……い、家までは来なくて良いって」
九条さん、家まで来るつもりだったのか……
一緒に居れるのは嬉しいけど……って、違う。お互いに知らないフリをしようと決めたのに、忘れてないよね?
「玲菜は家まで行く気だったの?」
……やっぱり吉村さんも驚いてる。
「うん。私が悪いから」
九条さんは落ち込んだ表情になっていた。
そうか、外見はギャルだけど、中身は優しい九条さんだからな。
「玲菜が当てたのは間違いないけど、本人も大丈夫って言ってるから平気じゃない? でも、どうしたの? 玲菜も普段と雰囲気が違うけど」
マズイな。また、吉村さんが疑い始めた。
さっきは誤魔化せたけど、今の九条さんは学校でギャルを演じてる姿とは違う。
今は俺の知ってる九条玲菜に戻ってる。
どうする? 強引に話を変えないと……
「ち、千佳ちゃん、私は──」
「──分かった。送ってもらうよ」
「……え?」
これしかない。恐らく断っても九条さんは諦めないだろう。
それならOKを出して話を終わらせ、違う話題に変えるしかない。
「『分かった』って言ったんだ。もう目は痛くないけど、今も腫れないように冷やしてるでしょ? 片手が塞がって鞄が邪魔だから、持ってくれたら助かる」
鞄が邪魔とは思ってないけど、理由があれば不自然じゃない。
「──うん、それなら私が鞄を持つね」
「ありがとう。鞄を頼むよ」
まだ吉村さんは疑いの目で見てるけど、たぶん大丈夫だ。
この後はトラブルも起こらず、2人に挟まれながら西城駅まで歩いた。
ある意味、この状況がトラブルだけど……
◇
「九条さん、ここが俺の家だ」
吉村さんとは西城駅で別れて、今は九条さんと2人で居る。
2人になっても、電車には同じ学校の生徒が居たから気は休まらなかった。
だけど、ここまで来れば普通に話せる。
「ここが藤堂くんのお家かー。素敵なお家だね」
「普通の家だと思うぞ。そうだ、鞄をもらうよ。ずっと持たせて悪かった」
九条さんは今も俺の鞄を持っていて、2人になった時に、理由を話して鞄を持とうとしたけど、何故か返してくれなかった。
「……本当にゴメンネ。腫れなかった良いけど」
「気にするなって。もう大丈夫だから」
痛くないけど、今日は冷やしておく。
腫れたら九条さんは更に気にすると思うし、明日はプラネタリウムに行く予定だ。
好きな子と遊びに行くのに、目を腫らしてたら格好悪すぎる。
「うん、分かった。藤堂くんの鞄を返すね。じゃあ、また明日……プラネタリウムに行くのを楽しみにしてるから」
「俺も楽しみにしてる。また明日」
九条さんが歩き出したのを見届けて、家の門を開けて中に入る。
そして門を閉める時に、九条さんが立ち止まっているのが見えた。
「九条さん、どうしたの?」
さっき駅の方に向かったはずなのに……忘れ物でもあったのか?
声を聞いた九条さんは、振り返りこっちに戻って来て──
「藤堂くんのお部屋に行ってみたい!」
──と、目をキラキラさせて言ってきた。
「お、俺の部屋!?」
「うん! だって、藤堂くんは私の家に入ったでしょ? だけど私は入ってないもん」
実は俺も「家に来る?」と言おうか迷ったけど言わなかった。
それに、九条さんの家には入ったけど、部屋には入ってない。
「家はダメだって……」
「えー。もしかして……私に見られたら困るモノでもあったり、お部屋が汚いとか?」
見られたら困るモノだって?
なんかあったかな……うん、大丈夫。見られたら困るモノは隠してるし、いつも部屋は片付けてる。
──って、そうじゃない!
「見られたら困るモノはないし、部屋も普通だって。だけどさ……はあ……もう、分かったよ」
九条さんと居たい気持ちを優先した。
「藤堂くんの本棚を見てみたかったの! そうだ、お家の人にも挨拶しないとね!」
そんな嬉しそうな顔を見せられたら、何も言えない。
俺も九条さんと居られて嬉しいよ? その俺が拒否したのには理由がある。
「家には誰も居ないよ。今日は全員、美容室で仕事だから夜まで帰って来ない」
そうだ、九条さんが家に来ると、家で二人っきりになってしまう。
何度も言うけど、俺は嬉しいよ。
だけど、これはマズイだろ。
誰も居ない家に女の子を連れ込むんだぞ?
「そうなの? あーあ、ちゃんと挨拶したかったのになー。でも、居ないなら仕方ないね。じゃあお部屋に行こっか」
頼むから少しは危機感を持って欲しい。
部屋が見たいのかニコニコしてるし、本当に状況が分かってるのかな?
……何かするつもりは全くないけどさ。
◇
「わあー。これが藤堂くんのお部屋かー。片付けてるって聞いてたけど、本当に綺麗だね。私の知ってる男の人の部屋とは違うもん」
九条さんが俺の部屋に入って、楽しそうに色々な所を見ているけど、言葉を聞いた俺は少し疑問に思った。
「……九条さん、男の部屋に入ったことがあるの?」
無いと信じたい。だけど、ギャル友達との付き合いで、嫌々でも男の部屋に入ったのでは? と考えてしまう。
「あるよ。お兄ちゃんの部屋」
「……そ、そうか。良かった」
なんだ、お兄さんの部屋か。
そうだよな。俺も姉さん達の部屋には何度も入ってる。
「良かったって何が?」
何がって……何のこと?
気になった後に、安心したから口走ってしまった……
「もしかして、私が男の子の部屋に行ったと思った?」
「……うん。思った」
「ふふふ、絶対に行かないよー。男の子の部屋に入ったのは、お兄ちゃんの部屋しかないもん」
「そうか、家族以外だと俺の部屋が初めてになるのか」
比率は分からないけど、一応は男だと思われてるし、ここは素直に喜んでおこう。
「そうだよ。でも不思議だね……まさか今日、藤堂くんのお部屋に来るとは思わなかったから」
「……俺は今も驚いてるよ」
九条さんは驚いた顔をしてるけど、俺の方が驚いてる自信がある。
なんせ、今も部屋に2人で居るのが信じられないからな。
「そうだ、九条さんは目当ての本棚を見てて。俺は着替えてくるから」
「うん。さっきから、そこの本棚が気になってたの。見せてもらうね」
九条さんが本棚の前に移動して、俺は部屋を出て階段を降りた。
脱衣所で鏡を見ると、目は赤くなってるけど腫れていない。
……これなら、明日は大丈夫だろう。
着替えが終わり、台所で2人分の飲み物を用意していたら、あることを思い出した。
『今日のことを家で話さないで』って言っておかないと。
九条さんは色々と話してるみたいで、2人で会った日の翌日は、必ず吉宗さんからRINEがある。
だから、今の状況を知られたらと思うと、本当に恐ろしい。
うん、絶対に内緒にしてもらおう……
しばらく考えてから部屋に戻った。
◇
「飲み物は机に置いておくよ」
「ありがとう。ねえ、藤堂くん。この本を読んでも良い?」
本棚の前に居た九条さんは、2冊の本を持っている。
興味がある本があって良かった。
「良いけど、読む場所はどうする? ベッドか机しかないけど」
部屋には本棚とベッドと机しかない。
こんなことなら、テーブルや座椅子を買っておけば良かった。
「うーん……じゃあ、ベッドを借りるね」
「分かった。本は読んでみて、面白ければ持って帰っても良いよ」
九条さんはベッドに座り、俺は机にあるパソコンの電源を入れた。
今日は咲良の小説を読む。テスト期間中は中断していたから、続きを読まないと怒られるからな。
そして、集中して読んでいる時だ。
「藤堂くん、ベッドに寝転んでも良い? 背もたれがないから本が読みにくいの」
「うん、良いよー」
何も考えずに返事をしてから、気付くのが遅れてしまった。
今、ベッドに寝るって言ったのか?
焦ってベッドの方を見たけど遅かった。
九条さんは、うつ伏せで寝転んでいる。
「──藤堂くんの香りがする!」
しかも、とんでもない事を言い出したよ。
「……な、何をやってるの?」
「寝転んでみたら、藤堂くんの香りがしたの」
そ、そうじゃない。
俺が言いたいのは違う……
「──それ、俺の枕だよね?」
「そうだよ、藤堂くんのベッドだもん」
九条さんは顔を俺に向けていて、その顔の下には俺の枕がある。
どうしよう? 枕を奪うか、俺と場所を代わるかだけど……見てる感じだと無理かも。
「枕を使うのは良いけど、恥ずかしいから匂ったりしないでね?」
不自然じゃない感じで、ベッドから視線をパソコンの方に目を向ける。
寝転んてしまったのは仕方ないとして……
足をパタパタとさせるのもダメだ。
ベッドの方を見てると、どうしてもそっちを見てしまう。
制服はギャル仕様だからスカートが短いんだぞ? それなのに足を動かすとスカートが……いや、もう考えるのは止めとこう。
この後、咲良の小説は頭に入らなかった。
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