第32話 玲菜とお父さん

 side:玲菜



「……う、うーん」


 もう朝になったの?

 でも、いつもと違う感じがする。

 

 何が違うのかな……?

 そうか……制服で寝ちゃったみたい。


 テスト勉強で遅くまで起きてたから、ずっと眠たかったもんね……


 あれ? でも、どうして制服なの?


 私は制服で寝たことなんてないし、枕も感触が違う。それに、外も明るすぎる。


 ──っ! 私の部屋じゃない!?


 足元にかけている毛布を退けて、急いで起きた。


「おはよう。ぐっすり寝てたな」


「──っ!」


 男の子の声が聞こえて驚いてしまう。

 私が知ってる人の声。藤堂くんの声だ。

 そっと顔を向けると、その人は優しく笑っていた。

 

「……ごめんなさい!」


 恥ずかしくて謝るしかなかった。

 頭が冴えると思い出したの……藤堂くんのお部屋で寝ちゃったんだと。


「ハハハ。恐らくテスト勉強をやってて、遅くまで起きてたんじゃない? だから眠いなら寝てて良いよ」


 ベッドで寝てしまったのに怒ってない? じゃあ、さっきの毛布も……


「ううん、もう起きるよ。もしかして、この毛布って藤堂くんが掛けてくれた?」


「えっ!? そ、そうだよ」


 聞いただけなのに、藤堂くんは何故か焦った感じになっていた。


「ごめんね……ありがとう」


「き、気にするな」


 お礼を言いたいから確認しただけなのに、やっぱり藤堂くんの様子が違う。


「やっぱり怒ってる? ベッドで寝ちゃったから……ごめんなさい……」


 どうしよう、絶対に怒ってる。


「ち、違う。怒ってないから」


「でも藤堂くんの様子がいつもと違うよ? だから怒ったのかと思ってた」


「……ちょっと、色々とあったんだ。ベッドで寝たくらいで俺は怒らない。もう、この話は終わろう」


 強引に話を終わらされた気がする。

 怒ってないなら、どうして藤堂くんの顔が赤くなってたんだろう。


「うん、分かった。……そうだ、今は何時かな?」


「今は16時だぞ」


 もうそんな時間なの!?

 かなり寝てしまってたみたい……って、そうじゃないよ……早く帰らなきゃ。


「藤堂くん、夕食の準備があるから帰るね。今日はお父さんが早く帰ってくるから」


「それなら早く帰らないと。そうだ、駅まで送るよ。道が分からないでしょ?」





「駅まで送ってくれて、ありがとう」


 家を出る前に「スマホで調べたら道は分かる」と言ったけど「気にするな」と返事があって、その言葉に甘えてしまった。


「俺が送りたかっただけだから。あと、九条さん……家に帰ったら吉宗さんと会話をするよね?」


「夕食も一緒に食べるから話すよ」


 言いにくい感じがするけど、お父さんに何かあるのかな?


「藤堂くん、どうしたの?」


「あー。えっと……言いにくいんだけど……今日の事って吉宗さんに言わない方が良いと思う。心配すると思うから……」


 今日あった出来事? それに心配?

 そっか……私がボールを当てたのを知ったら、お父さんは心配するよね……


「分かった。私も心配かけたくないから、お父さんには内緒にしておくよ」


 でも、痛くなって、病院に行くなら教えて欲しいな。


「ああ、じゃあ気を付けて帰れよ」


「うん、ありがとう。また明日ね」


 そう、明日はプラネタリウムに行く日で、門限があるから早く待ち合わせをする。

 星を見て、中華街でお昼を食べて……

 本当に楽しみ。早く明日にならないかな。





「お父さん、お帰りなさい。夕食はできてるけど食べる?」


 家に帰ってから、すぐ夕食の準備をした。

 今日のメニューは『揚げ出し豆腐』と『煮魚』でお父さんの大好物。


「ただいま。準備できてるなら先に食べるよ。玲菜も今からでしょ?」


「私も今から食べるよ」


 2人で席に座り、手を合わせて食べた。

 うん、美味しい。

 今日も上手く作れたと思う。

 お父さんも美味しそうに食べてくれてるから良かった。


「玲菜。楽しそうに食べてるけど、何か良い事でもあったのかい? ……そうか、明日はプラネタリウムに行く日だったね」


 そんなに楽しそうにしてたかな?

 明日の予定は、テスト前から楽しみだったから、顔に出てたみたい。


「ふふふ。プラネタリウムも楽しみだけど、今日も楽しかったよ」


「……それは、藤堂くんと? ふむ、今日は何をしたんだい?」


 えっと、顔にボールを当てたのは内緒だったよね。だから絶対に言わない。


「テストが終わってから、藤堂くんのお家に行ったの」


「と、藤堂くんの家!?」


 やっぱりお父さんは驚いてる。

 驚くと思ってた。だって、高校に入って友達の家に行ったのは初めてだから。


「うん、驚いたでしょ。前から行ってみたいって思ってたから嬉しかった」


「……そ、そうか。藤堂くんのご家族にちゃんと挨拶はしたかい?」


「ううん、藤堂くんの家族は仕事で居なかったの。前に言ったでしょ? 藤堂くんのお家は家族で美容室をやってるって」


 藤堂くんも話したって言ってたよ。

 お父さん、私の友達の話なのに、忘れちゃったのかな……


「れ、玲菜……じゃあ、藤堂くんと2人で何時間も家の中に居たの?」


 本当は玉入れをやってたけど、その時間は入れたらダメだから……


「えっと、4時間かな……2人だったけど楽しかった」


「……」


 聞かれたから教えたのに、お父さんから返事がない。

 それに、お箸も止まってるけど何かあるのかな?


「お父さん?」


「……悪かったね。ちょっと考え事をしてたよ。それで、2人で何をしてたのか教えてもらえるかい?」


 教えても良いけど、ほとんど寝ちゃってたもんね……お父さんに笑われそう。


「藤堂くんのお部屋で本を読んだの……それから──ベッドで寝てたよ」


「──っ! ブホッ! ゴホゴホッ!」


 お父さんがせちゃった。

 食べてた物が変な所に入ったのかな……


「お、お父さん、大丈夫? はい、お水」


 やっぱり、まだ咽せてて辛そう。

 大好物だからって、揚げ出し豆腐を一気に食べるからだよ。


「はあ、はあ……もう大丈夫だ……そうだ、取引先に用事があったのを忘れてた。悪いけど、少し電話をしてくるから」


「うん、分かった」


 仕事の連絡を忘れるなんて、今まで一度もなかったのに疲れてるみたい。

 最近は忙しいって言ってたもんね。


 お父さんが書斎に行ってから気付いた。


 持って行くスマホを間違えてる……

 間違いない。お父さんの仕事用のスマホは目の前にあるもん。


 お父さんはスマホを2台持っていて、仕事用とプライベート用がある。


 なのに、書斎に持って行ったのはプライベート用のスマホ。


 やっぱり疲れてるのかな……

 スマホまで間違えちゃってるよ……


 あっ、お父さんが出てきた。


「食事中に悪かったね。もう、父さんの用事は終わったよ」


 あれ? スマホは間違ってなかったの?


「それと、さっき話してた続きだけど──をしてたって言ってたね。いくらを掛けてるとはいえ、制服で寝ないようにしなさい。スカートが短いから風邪をひくよ」


 毛布を掛けたって言ったかな?

 お父さんが知ってるから、私が言ったんだよね。

 この数日はテスト勉強で寝不足だったから、私も疲れてるみたい。


「分かった。気を付けるね。でも、今日は風邪を引いてないよ。藤堂くんが掛けてくれた毛布は暖かかったもん」


「……そうか」


 お父さんとの夕食が終わり、いつもより早くベッドに入った。

 だけど、昼寝をしたからまだ眠れない。


 早く寝たいな……


 そう思うと少し笑ってしまう。


 だって、そうだよ?


 高校生になってから、次の日が楽しみとか思わなかったから。


 あの日──日記を落として良かった。


 落とさなかったら、話さないまま高校を卒業してたのかな……


 たぶん間違ってない。


 私が落として、藤堂くんが拾ってくれたから友達になれたんだよね。


 今までの出来事を思い出してる間に、私は眠っていた。

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