第30話 体育祭の練習②

 ポス……ポス……ポス……ポス……


 俺が投げた玉は全てカゴに入っている。

 玉入れ歴2年だからか、自分でも上手くなったと思う。

 小学校の頃は手当たり次第に投げていたけど、少ない玉を狙いながら投げた方が効率が良いと気付いたからな。


「うん。これなら今年も大丈夫だ」


 足元にある玉が無くなったので、拾いに行きながら女子2人の様子を見た。


「……どうして? 入らない」


 九条さんは慎重に狙ってるけど、1つも入っていない。


「もう、何なのよ! 玉のくせに入りなさいよ!」


 吉村さんは、手当たり次第に投げているけど、こちらもカゴに入っていない。


 玉のせいにするなよ……2人を見てると性格が出てる気がする。


 玉を拾い終わり、元の場所から玉入れを再開すると──


「アンタ……玉入れが上手いね……」

「藤堂くん、凄いねー! やり方を教えて欲しい。狙っても入らないの」


 女子2人は手を止めて、俺が投げているのを見ていた。


「良いけど、狙って投げてるだけだぞ。コツとか無いんだけど……吉村さんは1球ずつ狙ってみたら? 九条さんは……」


「──うん。私は?」


「……」


 九条さんは凄く期待した目を向けていて、反対に俺は返事に困っている。


 恐らく九条さんは運動が苦手だと思う。

 丁寧に狙って投げてるのに、1球も入らないっておかしいからだ。


「……わ、私は何かな?」


「……頑張って投げてみよう。やり方は間違ってないと思うから」


「ハハハ。れ、玲菜っ! 藤堂に運動音痴だって言われてるよー。じゃあ、私はアドバイス通りに練習してくるね!」


 笑いながら吉村さんは練習を始めてるけど、残された俺はどうしたら良い……

 今も、九条さんの視線が俺に刺さってるんだけど。


「藤堂くん、私が運動音痴だって思ってるの?」


「……お、思ってない」


 ゴメン、かなり思ってた。

 九条さんは俺をジト目で見ている。


「ふーん。じゃあ、教えてくれるよね?」


 だから……そのギャルモードで凄むのは止めて欲しい。怖いから。


「はい。分かりました」


 こうして九条さんに玉入れを教えることになった。





「むー! 入んない! 藤堂くん、もう1回投げてみてくれる?」


「分かった。説明しながら投げるよ。狙うカゴを見ながら──」


 手本を見せるために投げた玉は、綺麗にカゴの中に入る。

 良かった……これで外れたらカッコ悪い。


「やっぱり上手だね。じゃあ、もう一度狙って投げるから見てて。せーの! えいっ!」


 気合いの入った九条さんは、カゴを見ながら玉を思いっきり投げた。


 ──ベチッ!!


 その瞬間、俺の左目に衝撃が走る。


「──痛ってえ!」


 何が起きた!? メッチャ左目が痛い。

 九条さんが投げるのを右側で見てて、その時に何かが目に当たった。


「ご、ごめんなさい! 痛かったよね……」


「どうして九条さんが謝ってるの? それよりも、急に左目に衝撃があったけど、何があったのか分からないんだよ」


 俺は涙目になっていて、痛みで目が開けれないから状況も分からない。

 九条さんが謝ってるってことは、もしかして……


「……わ、私の投げた玉が当たっちゃったの。投げようとしたら、ポンって手から抜けて、藤堂くんの方に飛んで行っちゃった」


 やっぱりか。ポンって抜けて、飛んで行っちゃったか。言い方が可愛いな……って痛いのに何を考えてんだよ。


 ……ああ、マジで痛い。


「玲菜、どうしたの? もしかして藤堂に当てちゃったの?」


「う、うん……そ、そうだ、ハンカチを濡らして来るからちょっと待ってて!」


 九条さんは校舎の方に行ったみたいだ。

 まだ俺は目が開けれないから、声や音でしか判断できない。


「アンタも災難ね。玲菜は運動音痴だからさ。本人はそう思ってないから厄介なのよ」


「やっぱりそうなの? 知らなかったけど、見てて思ったよ」


「知らなくて当然よ。男子と女子は体育の授業は別々なんだから。それに玲菜は運動音痴なのに運動が好きみたいで、最初は『リレーに出てみたい』って言ってたのよ。ちなみに玲菜が出る『借り物競争』は私達が勧めたの」


 出たかったからリレーの練習を見てたのか……

 それに借り物競争って、ギャル軍団が決めたの? 理由は……まあ、分かる。


「勧めた理由って、借り物競争なら運動神経は必要ないからか?」


「そうそう。だって、クラスは優勝を狙ってるんでしょ? もし負けて、それを玲菜のせいだと言われたら嫌だし」


「そうか、知らなかった。ギャル軍団って友達思いで良い奴だな」


「そりゃそうよ……って、さっきも思ったけど、ギャル軍団って何なのよ。もしかして、アンタは私達をそんな風に呼んでるの?」


 普通に話してたから忘れてた……そのギャル軍団と一緒だった。


「ま、まあ、本当のことだろ? 俺からしたら、派手なギャルの集団にしか見えないぞ。日替わり定食のチャラ男達にも囲まれてるし」


「……見かけによらずハッキリ言うわね。あの男達は勝手に寄って来るのよ。ほら、私達って可愛いじゃない?」


 ……可愛いって自分で言うなよ。

 とりあえず怒ってなくて助かった。


「……そうだな」


「その間は何なのよ! 可愛くないって言いたいの!?」


 ギャル軍団には怒らないのに、可愛いの間には怒るのか。


「そうは言ってないだろ。凄い自信だと思ったけど」


 涼介もギャル3人は可愛いと言ってたし、その意見には俺も同意している。

 問題は派手すぎるってだけだ。


「まあ、アンタや神城は、横山さんや昼休みにたまに来る子を見てるから、可愛い子には慣れてるか。あの昼休みに来る子って彼女なの?」


 香織と咲良の2人は、ギャルから見ても可愛く見えてたらしい。


「咲良か? あの子は彼女じゃないぞ。咲良の彼氏は西城高校に居るよ。ちなみに、その彼氏を含めて俺達は幼馴染だ」


「そうなの? じゃあ、やっぱり……玲菜狙いなのね。悪いけど、アンタじゃ玲菜は無理よ? モデルの彼氏が居るし、明日もデートらしいから。テスト終わったから遊びに誘ったけど、デートだって断られたもん」


 その彼氏は知ってる。お兄ちゃんだろ。


「そうらしいな。クラスで言ってたのを聞いたから知ってる。で、俺と九条さんはそんな関係じゃない。ただの知り合いだ」


 それよりも……明日はデートと言って断ったのか……九条さんの予定は知ってる。

 明日は俺とプラネタリウムに行く予定だからな。


「そうよね。本屋で会っただけって言ってたし……あ、やっと玲菜が帰ってきた」


 まだ目を閉じているから姿は見えないけど、走ってくる音は聞こえた。


「遅くなってゴメンネ。またあの人達が来ちゃって……藤堂くん、これで目を冷やしてて。痛くない? 大丈夫?」


「ああ、大丈夫だから気にしないでくれ」


 手渡されたハンカチで左目を冷やした。





「一緒に来なくて良いよ? もう目は開けて見えてるし、1人で帰れるって……」


「ダメ! ちゃんと冷してて! 腫れたら困るでしょ!」


「諦めなさい。こうなった玲菜は引かないから、言うことを聞いた方が良いよ。でも、役得でしょ? 可愛い女の子2人と一緒なんだし」


 玉入れの練習が終わり、俺は九条さんと吉村さんの3人で、正門に向かって歩いている。



 こうなった理由は、着替えて帰ろうとした時に、九条さんと吉村さんがギャル男達に囲まれていて、俺が帰ろうとしたら──


「──玲菜、藤堂が帰るみたいだよ! 駅まで付き添うんでしょ!」


「ゴメンネ! 私が怪我させちゃったの! だから遊びには行けないから!」


「いや、もう大丈夫だから1人で帰れ──」

「──良いから早く来なさい!」


 吉村さんに腕を掴まれて、こうなってしまった。

 さっきも駅まで送ると言われて断ったけど、諦めなかった九条さんは、俺の着替えを待ったらしい。

 すると、樹液に集まる虫みたいにワラワラと集まったんだって。


 ……ギャル男は虫になったのか。



「本当に大丈夫だぞ。それに役得って何だよ。俺は虫除けに使われただけだろ」


「私達と帰れるんだから役得でしょ? まあ、そう思って我慢しなさい。金曜日でテスト最終日だからなのか、今日はしつこかったのよ。玲菜もそう思わない?」


「……今日はしつこかったよね。本当にあの人達って大っ嫌い」


 ……あっ、九条さんが怖い顔になってる。

 それよりも、この状況ってどう見ても変だから。だってさ──


「虫除けに使われたのは良いとして、この並びって変じゃないか? 知らない人から見たら『暴行されて、目をハンカチで抑えた地味な男が、ギャル2人に連行されてる』様にしか見えないぞ」


 俺の左目を心配した九条さんは左側で、右側には吉村さんが居る。

 真ん中の俺はハンカチで左目を冷やしてる状況だ。

 どう見てもイジメの現場にしか見えない。


「ハハハ。端から見たらそうかもねー。まあ、良いじゃない! 役得だと思えば!」


「藤堂くん、ゴメンネ……でも……」


 九条さんがボソッと耳元で「初めて一緒に帰れたね」と言ってきたので、俺は小さく頷いて返事をする。

 まあ、こんな機会がないと一緒に帰れないからな。


「どうしたの? アンタ達2人……様子が変だけど?」


「「──な、何もないぞ(よ)!」」


 こうして俺達3人は西城駅に向かった。

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