第24話 はんぶんこ
「お嬢さん。私は秋也の父親の、
誰だよ、このオッサンは……
叫んで現れた父さんは、九条さんを見ると右手を胸に当てて、アニメで見る執事みたいな一礼をしている。
そして、俺の耳元で──
「お、おい。秋也……こんな美少女を、どこで見付けてきたんだ? 香織ちゃんや咲良ちゃんも可愛いけど、この
「どこって……同じクラスだからな」
父さんは緊張したら変なオッサンになるのか、初めて知ったよ。母さん達が見たら笑うだろうな。
「は、は、はい! 藤堂くんと同じクラスの九条玲菜です!」
そうそう、緊張するとこんな感じに……って、父さんが変な事をするから、九条さんが凄く緊張してるじゃないか。
「九条さん、父さんに緊張しなくて良いよ。見ての通り、変なオッサンだから」
「秋也。父さんに向かって変なオッサンは無いだろう。格好良い父さんと言ってくれ」
「はいはい。父さんは心配しなくても格好良いから」
これは冗談ではない。美容室を経営してるだけあって、オシャレにも気を使っているし、若々しくて俺から見ても格好良い。
「ふふふ、藤堂くんのお父さんって面白いね。改めまして九条玲菜です。よろしくお願いします」
俺と父さんの会話を聞いたせいか、九条さんの緊張は無くなっていた。
「じゃあ、こちらも改めて、秋也の父です。秋也と仲良くしてあげてね」
これで挨拶も終わったから大丈夫。
小春ちゃんとは会ってるし、後は夏美姉さんだけか。でも、今日は昼から勉強会で不在だと聞いている。
「父さん、俺と九条さんは出掛けてくるよ。荷物を置いてるから戻るけど」
「はいよー、いってらっしゃーい。玲菜ちゃんも楽しんで来てねー」
父さんの見送られて店を出た。
商店街を歩いている時に気付いたけど、名前で呼んでなかったか……?
「九条さん、父さんって……さっき下の名前で呼んでなかった?」
「うん、玲菜ちゃんって言ってたよ。新鮮で良いねー。家族や友達には『玲菜』って呼ばれてるから『玲菜ちゃん』って呼ばれると、なんか嬉しいかも」
謝ろうと思ったけど、九条さんが喜んでるなら良いのかな?
俺も『秋也』か『シュウ』に『シュウくん』と呼ばれてて『秋也くん』と呼ばれることが無いから、呼ばれたら新鮮だと思う。
「──藤堂くんも『玲菜ちゃん』って呼んでみる?」
「……は?」
この子は急に何を言い出すの?
今、とんでもないことを言ったよね?
「だから、藤堂くんも『玲菜ちゃん』って呼んでみるって言ったの」
「……い、いや、呼ばない」
凄く期待している顔をしてるけど、俺は呼ばないよ?
九条さんって、色々と無自覚すぎる……
日替わり定食達に、こんな笑顔を見せたらイチコロで落ちるぞ。
「じゃあ、藤堂くん……1回だけお願い……横山さん達とは下の名前で呼び合うでしょ? 私は男の子に呼ばれたことが無いから、どんな感じなのか知ってみたいの」
昔の出来事があって、男友達に名前で呼ばれる機会がなかったからか……
それに、俺を女友達ではなく、男友達って言ったよな? やっと俺を男だと認識してくれたか。それなら……
「分かった、1回だけだぞ。じゃあ呼ぶよ……」
1分は過ぎただろうか……
意気込んだけど、恥ずかしくて呼べない。
香織や咲良は小学校に入った時から、下の名前で呼んでるから普通に呼べる。
他の子だと、こんなに緊張するのか……
「藤堂くん、まだ?」
「ちょっと心の準備をさせてくれ」
俺はそう言って、深呼吸をしながら覚悟を決めると──
「……れ、れ、玲菜ちゃん」
言えた、俺は名前を言えた。
かなり噛んだけど、文句はないだろう。
「九条さん、これで……って……えっ?」
九条さんの顔が真っ赤になっていた。
下を向いて恥ずかしそうにしているけど、間違いなく真っ赤になっている。
「あの? 九条さん?」
「……ごめん……名前は無理みたい……」
九条さんを見てると、名前を呼んだ俺も恥ずかしくなってきた。
話題を変えよう。うん、それが良いな。
「そ、そうだな。慣れないことはやらない方が良いよ。ほ、ほら、ケーキ屋に着いたぞ」
目的地が近くて助かった。
改めて感じたのは、やっぱり九条さんを見る人が多い。
高校生なんて男女問わず俺達を見ていたから……特に、男が俺を見る視線が痛かった。
「いっぱいケーキがあるね。どれにしようかな……藤堂くんは何にするの?」
俺達はショーケースの前でケーキを選んでいる。
「俺はチョコケーキにするよ。この前はチーズケーキを食べたけど、『チョコが美味しい』って聞いてたからな」
「チョコも美味しそうだね。チーズケーキは美味しかった?」
「ああ、美味しかったよ」
どれにするのか迷ってるみたいで、九条さんは何度もケーキを見比べている。
「食べたいなら両方頼んだら?」
香織や咲良は「どっちも食べたい」と言って両方食べてたからな。
突っ込みを入れると「女の子は甘い物が好きなの!」って言われたのを覚えてる。
「そんなに食べたら太るでしょ? だから迷ってるの」
「太るって……九条さんは太ってないよ?」
「女の子にそんなことを言ったらダメだからね! 藤堂くんは分かってない!」
九条さんは、どうして怒ってるの?
香織達が変なのか、九条さんが変なのか、どっちなんだろう。
「それなら今日は1個にして、また来た時に別のケーキを食べれば良いんじゃない? この店は近いから、いつでも来れるでしょ?」
「うーん、そうだけど……そうだ! はんぶんこしない? それならケーキは1個分だし、両方食べれるよ!」
そこまでして両方食べたいの?
2個頼めば良いのにって言ったら、また怒られそうだからな……
「俺は分けても良いよ。じゃあ、チョコケーキとチーズケーキを頼むけど大丈夫?」
「うん、これで2個食べれるね」
◇
座った席に2つのケーキが並べられ、俺達はフォークで半分に切った。
俺はチョコから食べて、九条さんはチーズケーキから食べている。
「チーズケーキ美味しいー! ねえ? そっちはどう? 美味しい?」
「こっちのチョコも美味しいぞ。両方食べれるって良いな」
「そうでしょ? もっと私を褒めてくれても良いよ」
香織や咲良が2個食べる気持ちが分かった気がする。
しばらくケーキを楽しんでいたけど、九条さんは急に──
「そうだ、藤堂くん。昼休みのアレって何?」
「アレって何のこと?」
アレって言われても分からない。
「神城くんが叫んでたでしょ? 私はビックリしたんだよ。急に『アリスちゃーん』て言うから。どうして神城くんが知ってるの?」
「ああ、アレか……言ってなかった? 交換日記のことは涼介や香織も知ってるよ。ただ、九条さんがアリスだったとは言ってない。それに……バレたら困るから、交換日記も終わったって言ってる」
「……交換日記が終わった……うん、困るけど……でも……なんかモヤモヤする……」
小さい声で何か言ってるけど、もしかして怒ってる? 俺も会うとは思ってなかったからな……
「涼介達に話してて悪かったよ。でも、もう終わったって言い聞かせてるから安心して」
「ううう……なんか違うの……」
何が違うんだよ……俺には、その違いが理解できない。
「俺達が会ってるとか、友達になったとかは秘密だろ? バレたら面倒だからさ」
「あっ、秘密って、内緒ってことだもんね……そうだった……今日もコッソリ会ってるし……内緒の友達か……ふふふ」
笑ったり、落ち込んだり、表情の変化が激しいな。学校で見る顔とは大違いだ。
「納得できた? 九条さんって学校で見る顔と全然違うよね。昼休みにギャル男が居た時の顔は怖かったし」
昼休みの表情は本当に怖かった。
そうそう、こんな顔だ。今みたいに無表情で怖かったからな。
「……その話はしないで。思い出したくないから……」
俺がやらかしたのか。間違いない。俺が原因みたいだ。
「う、うん。もうしない……」
日替わり定食達は何をしたんだ?
何をして、ここまで怒らせたんだよ……関係ないのに、俺まで怒られたじゃないか。
「絶対だからね。藤堂くんと居る時に、あの人達を思い出したくないの。ほら、ケーキが残ってるし食べちゃおうよ」
九条さんは俺の知ってる表情に戻り、俺達はケーキの続きを食べた。
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