第23話 玲菜の変身とメイク
「母さん、九条さんが休憩室で着替えるから」
「九条さんって、さっきの派手な女の子よね。着替えるって……アンタやっぱり……」
「違うって。さっきも言ったけど、脅されてるとかじゃ無いから。説明しようと思ったけど、着替えてから見た方が早いな……母さん、後で呼んだら休憩室に来て」
どうも俺が脅されてるとか、イジメられてると思い込んでるみたいだ。
口で説明しても伝わらないかもしれないから、後にしよう。
服を取りに行くと、まだ俺が着ていない服があったので、それを九条さんに渡すことにした。
「九条さん、この服に着替えて。次の撮影で着る予定で、まだ俺は着てないから綺麗だ。九条さんも、その方が良いでしょ?」
「えー、アキちゃんが着てないの? せっかく同じ服を着れると思ったのに」
アキちゃんじゃ無くて、俺が着るんだぞ。
さっきも同じ様なことを言ってたけど、本当にわかってるのかな……
「どうしてそうなる……って、もう良いか。九条さん、この部屋で着替えてよ。俺は外に居るから」
休憩室は身内しか使わないので、扉に鍵は付いていない。
だから、着替えてる間は誰も入らない様に見張り役になる。
しばらく部屋の外で待っていると、九条さんが扉を開けた。
「藤堂くん、着替えたよ。この服って可愛いね! どうかな? 私に似合ってる?」
九条さんは撮影用の服を着ていて、髪を下ろしてコンタクトも外している。
「……うーん。似合ってるとは思うけど、メイクを変えた方が良いな。メイクが服装に合ってない気がする」
渡した服は、映画館で九条さんが着ていた服と同じ系統だ。
そのせいかメイクに違和感がある。
アリスのイメージと重なってるだけかもしれないけど。
「やっぱりそう思う? 私もそんな気がしてたの。でも、どうしよう……メイク道具はあるけど、学校用のしか持ってないよ」
「そうか……じゃあ、俺のメイク道具を使うか? それで良ければ貸すよ。男の俺が言うのは変な感じがするけど」
九条さんのメイク道具は、学校でチラっと見たことあるけど派手な色しか無かった。
「良いの? アキちゃんのメイク道具だよね? うん、使ってみたい!」
やっぱり俺って、女友達だと思われてるんじゃ……いや、悲しくなってくるから考えるのは止めよう。
「分かった、分かった。じゃあ、メイク道具を取ってくる。その間に、そこの洗面台でメイクを落としてて」
メイク教室に置いている俺専用の道具を持って休憩室に戻ると、九条さんもメイクを落としていた。
道具を渡したら、俺は洗面台で髪をセットをしてネクタイを外したら完成だ。
ネクタイの色で学年が分かるから、外したら見られても俺だとバレないだろう。
「俺の準備は終わったけど、そっちはどう?」
「ちょっと待って……自分の道具と違うから、慣れなくて……」
そうか、使い慣れた道具じゃないからな。
俺も新しい道具を使う時はそうだった。
九条さんを見ると、手元がブレたのか少しズレてしまっている。
「九条さん、俺がやってあげるから貸して。慣れない道具を使えと言って悪かった」
「えっ、藤堂くんがやってくれるの? う、うん……分かった」
道具を手に取り、九条さんの正面に座ってメイクを始めた。
「……九条さん、動かないでくれるかな?」
手直しをするだけだから、すぐに終わると思っていたけど、九条さんが動いてしまう。
「だって、恥ずかしいもん……正面でジッと見られてるし……」
「メイクするんだから当然だろ。見ないとできないぞ」
教えてもらった時に、自分の顔だけではなく、姉さん達にも練習台になってもらった。
その時と同じ位置に座ってるし、別に変なことはしていない。
「藤堂くんは恥ずかしくないの? こんなに顔が近いのに……」
バイトとはいえ、仕事としてメイクを覚えた。
姉さん達も、美容の仕事をしているから練習台になるのも慣れている。
そう考えると、俺の周りが変わってて、九条さんの反応が普通なのか?
顔が近いと言われて、意識すると俺達の顔は数十センチの距離だ。
……うん、俺も恥ずかしくなってきた。
「わ、悪い。顔が近かったな。メイクは変じゃないから大丈夫だ。だから、もう終わろう」
「えっ……終わるの? あの……我慢するから続きをやって欲しいんだけど……ダメ?」
「我慢するって……今も変じゃないよ? 少し気になっただけだし。まあ、九条さんが嫌じゃなければ良いけど。じゃあ、続きをやるから動かないでね」
メイクの続きを再開することになり、九条さんは動かなかった。
俺は「動かないでね」と言ったけどさ……
「……どうして俺の顔をジッと見てるの?」
正面を見てるだけで良いのに、俺が動くと九条さんの目も追って来る。
さっきの言葉で意識してしまったのか、かなり恥ずかしい。
「藤堂くんが真剣な表情になってて、やっぱり綺麗な顔だなって思って見てたの」
「い、いや、綺麗と言われても嬉しくないからね」
「そうなの? 誉め言葉だと思うんだけど」
自分の顔が嫌だとは思っていない。
だけど、涼介や和真みたいに男らしくて格好良い奴等が近くに居るから、どうしても憧れてしまう。
「無い物ねだりって分かってるけど、男らしさが欲しかったからな……」
「ふーん、男の子って難しいね。だけど、私は藤堂くんが今の綺麗な顔で良かったと思ってるよ。だって、綺麗だからアキちゃんになったんでしょ? 他の人だったら無理だもん……アキちゃんにならなかったら、今みたいに仲良くなれなかったかもしれないし」
「……うん、そうかもしれない。俺も九条さんが……って、メイクの途中だったな。ケーキ屋に行く時間が少なくなるから続きをしよう」
俺も九条さんの今の姿を知らないままだと、仲良くはならなかった。
そう思うと、女顔で良かったのかも……
「よし、これで良いな。九条さん、鏡を見て確認してみて」
メイクが終わり、九条さんに鏡を渡した。
「うわー、やっぱり藤堂くんって上手だね。私と色の選び方は違うけど、こっちの方が良いかも……どうやって選んだの?」
「九条さんって髪は金色だし、瞳は青いでしょ? だから、その色に合う色を選んだだけだ」
特に難しいことはやっていない。
九条さんは金髪碧眼だから、その色を引き立たせる薄いメイクを施した。
「簡単に言うけど難しいよ? そうだ! 今度、一緒にメイク道具を買いに行こうよ! その時に選んで欲しいの!」
一緒にメイク道具を買いにって……九条さんは何を言ってるの!?
「……絶対に行かない。ただ、選ぶのはできるよ。小春ちゃんがカタログを持ってるから、それを見て一緒に選ぼう……」
男と女が一緒に化粧品売場で選んでるなんて、見たことない。
九条さんって、たまにとんでもないことを平気で言うよな……
「そっか……仕方ないね。じゃあ、それで良いよ。でも、メイクは教えてね? この前、お姉さんが居た時に『教えてくれる』って、言ってくれたでしょう?」
「ああ、俺で良ければ教えるから……そうだ、準備が終わったから母さんを呼んでくる。教えるにも場所の問題もあるから、この場所を今度も使うって一緒に言うよ」
◇
母さんには後で話すと言ったので、九条さんと会わせて説明をした。
「──ということだ。母さん、これで分かっただろ?」
「……」
全てを聞いた母さんは、九条さんと俺の顔を何度も見ていて返事がない。
「大丈夫か? もしかして、説明が足りなかった?」
「秋也……こんな可愛い友達が居たの? アンタ……騙されてないよね?」
どうしてその発想になる……『脅されてる』や『イジメられてる』の次は『騙されてる』って俺は信用されてないのか……
「母さん、違うって……ほら、九条さんも困ってるだろ……」
九条さんは「どうしよう」と言って固まってしまっている。
「さっきも言ったけど、九条さんが美容室に訪ねて来たら休憩室に通して。俺がメイクを教えるからさ……そうだ、教えるのは小春ちゃんも知ってるよ。小春ちゃんが教えろって言い出した話だから」
「小春ちゃんが? じゃあ、やっぱり騙されてないんだ……九条さんだったよね? 秋也はこんなんだけど、悪い奴じゃないから仲良くしてあげてね。美容室にはいつでも遊びに来て良いから! そうだ、それなら父さんにも言っておかないと……秋也、父さんを呼んで来るから待ってて」
母さんは父さんを呼びに行くと言って居なくなった。
「藤堂くん、騙されてるって……なんだったのかな?」
「ああ、それか……母さんが知ってる女の子って2人しか居ないから驚いたんだろ。1人は香織で、もう1人も幼馴染だからさ。その2人以外は美容室に来たことがないんだ」
「そうなんだ……もう1人って、同じ学校の人だよね? たまにお昼を一緒に食べてる女の子」
「そうそう、その子だよ」
母さんは九条さんの美少女っぷりに驚いたんだろうけど、本人には言わない。
連休前は、こんな金髪碧眼の美少女と友達になるとは思わなかったからな。
……本当に、俺ですらビックリしてるよ。
そう思っていると、店の方からドタバタと走ってくる音が聞こえてくる。
「秋也が美少女を連れ込んだってー! 早く俺にも紹介してくれー!」
目を輝かせて現れたのは父さんだった。
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