第22話 2人の連絡先
「秋也。来るのが早かったわね。もしかして、走って来たの?」
「少し走ったよ。それで、九条さんが来てるんだって?」
走ったといっても、徒歩15分の距離だから俺からしたら楽だった。
トレーニングを続けてて良かったと思う。
「RINEでも伝えたけど、休憩室で待たせてるわよ。でもアンタ……あんな子と付き合いがあったの? 脅されてたり、虐められてるとかじゃ無いわよね?」
「はあ? ……あっ、そうか、九条さんは学校の格好だからな。脅されてるとか、そんなんじゃ無い。事情は後で話すから、九条さんの所に行ってくる」
母さんの心配も分かる。俺と九条さんは、正反対の格好だからな。
九条さんは派手なギャルで、俺は地味で空気みたいな存在を演じてるし。
そう思いながら店内を通り、休憩室に向かった。
「九条さん、お待たせ……って、急に店に来たけど、何かあったの?」
「……たの」
九条さんは、室内に入った時は笑顔だったのに、話しかけると何故か不機嫌そうな顔になり、声も小さくて聞こえない。
「ごめん、聞こえなかった。もう一度教えてもらっても良い?」
「友達に会いに来たの。って……連絡先を知らないから連絡できないし……家は知らないけど、美容室に行けば藤堂くんに連絡してくれると思ったの……『急に店に来た』と言ってたけど、やっぱり迷惑だった?」
「迷惑じゃないよ。ただ、事前に教えて欲しかったかな。それだと、母さん達に『九条さんが来る』って連絡できたからさ」
「日記にも書いたよ? そっか……読んでくれて無かったんだね……」
そ、そうなの?
鞄から日記を出して読んでみると、確かに書いてあった。
リョウマくん、放課後お店に行くね……と。
日記では、お互いの呼び名を『リョウマ』と『アリス』のままにしている。
もし他の人に読まれても、俺と九条さんだと分からない様にするためだ。
「……ごめん、書いてるな。家でゆっくり読もうと思ってた。九条さん悪かったよ……それで、連絡先の交換だったよね。早速やろうか?」
「うん、この前はできなかったもんね」
急に来たから何事かと思ったけど、連絡先の交換だったらしい。
「これで大丈夫だな」
「藤堂くんの電話番号だー。それにRINEも入ってる。これなら学校でも連絡できるね。ふふふ、楽しみ!」
「ああ、RINEなら大丈夫だよ。電話は教室では止めとこうな」
分かってるとは思うけど、九条さんの様子を見ていると心配になる。
「そんなことはしないよ。あっ、でも……面白そうだね! 教室でコッソリと電話で話すのも。今度やってみる?」
九条さんは学校では見ない、連休中に会った時と同じ笑顔になっていた。
「い、いや、それは絶対にダメだからな」
「ふふふ、冗談だって。やらないから安心してね」
本当に大丈夫なのか? 九条さんを見てると心配になるんだけど。
「分かってるなら良いよ。そうだ、吉宗さんにも連絡しておこう……」
吉宗さんにメッセージを送っていると、九条さんは急に黙り込んでいた。
「九条さん、どうしたの?」
「……なんでお父さんの連絡先を知ってるの?」
不思議そうな顔をしてるけど、もしかして、吉宗さんから何も聞いてないのか。
「送ってもらった時に『連絡先を交換しよう』って言われたから交換した。俺も父親の連絡先を先に知るとは思わなかったよ。ハハハ、面白いだろ」
俺は笑いながら話していたけど、九条さんは拗ねた感じになっている。
「ハハハじゃないもん。それに、面白くない! お父さんだけズルイ。私は知らないのに、どうしてお父さんは知ってるの……」
「い、いや、だから交換しようって言われたから……」
「そうじゃないの! もう良いよ……だから、お父さんはあの時……」
九条さんは吉宗さんと何かあったのか?
俺が吉宗さんに連絡した理由は『玲菜と連絡先を交換してないの?』とRINEがあったから「今、交換しました」と伝えた。
2人でそんな話になったけど、吉宗さんは知ってるとは言えなかったんじゃ……
俺は九条さんの前で地雷を踏んだのかもしれない。
「く、九条さん、俺達は交換するタイミングが悪かったからさ。ほら、電車が着いたから交換できなかったでだろ?」
「そうだけど……お父さんだけズルイもん……本当は私が先だったのに……」
やっぱり学校で見る九条さんとは違うな。
昼休みにジッと見られた時は、ギャルモードで少し怖かった。
今は同じ姿だけど、拗ねてても怖くない。
どちらかといえば……
「ほら、そろそろ機嫌を直そう。笑ってる方が九条さんは可愛いぞ」
思ったことを言うと、九条さんの顔が真っ赤になっていた。
「も、もう……急にそんなことを言ったらダメだから……恥ずかしいんだよ?」
言ったらダメだったのか?
昼休みに「咲良と香織は可愛い」って言った時、香織は普通に喜んでたのにな。
その後「シュウくんは言葉が少ないから、どう思ってるのか分からない」と言われたから、九条さんにも言ったんだけど。
「ご、こめん。もう、言わないようにする」
どうやら香織に騙されたみたいだ。
九条さんは恥ずかしそうになってるし、俺も恥ずかしくなってきたからな……
「うう……言っても良いもん……我慢するから……」
「我慢するの? 言わないから心配しなくても大丈夫だぞ。嫌がることをするつもりは無いから」
「……違うの……もう! 急にはダメって言ってるだけ!」
「わ、分かったよ。それで、どうすれば許してくれるんだ?」
結局どっちか分からない。今から可愛いって言うよって言えば良いのか? 女の子って難しいな……
「じゃあ……ケーキ屋さんに行きたい! 一緒に行くって約束したでしょ?」
「ケーキって……あれ、本気だったの?」
「もしかして嘘だと思ってたの? 私は楽しみにしてたのに……」
映画に行った日にケーキ屋に行くとは言ったけど、社交辞令だと思ってた。
今の九条さんの様子を見れば、そうじゃ無かったのが分かる。
凄く落ち込んでしまってるからな……
「映画に行った日に約束したのは覚えてるよ。だけど、あの時は九条さんと友達になるとは思ってなかったから……でも、どうしよう? 俺達は制服だろ?」
「そうだね……元に戻せば大丈夫だと思うよ。私はコンタクトを外して髪を下ろすでしょ。それで、藤堂くんは髪をセットするの」
その方法しか無いけど、この辺りは学校帰りの生徒が多いから、制服だと目立つんだよな。
服が一番の問題か。そうか、それなら……
「九条さん、着替えてから行かない? それなら学校の人達も分からないと思う。俺が撮影で着た服になっちゃうけど……あっ、でも嫌だよな……俺が着た服に着替えるなんて……」
「私は嫌じゃないよ。だって、アキちゃんが着た服でしょ?」
いや……アキちゃんじゃ無くて、俺が着たんだけど。
そう言いたいけど、九条さんが嫌じゃないなら大丈夫か。
「分かった。じゃあ、撮影で使った服を持ってくるよ。そうだ、ついでに九条さんを家族に紹介しても良い? 実は母さんが心配してて『派手な女の子が訪ねてきたけど大丈夫なの?』って。九条さんの変装に上手く騙されたみたいだ」
「ふふふ、やっぱり? 変な子を見る感じだったからね。だから、ちゃんと挨拶をしたいと思ってたの。さっきはお店の中だから、ほとんど話せなかったもん」
「それなら余計に紹介しないとな『九条さんは良い子なんだぞ』って俺も言いたいから。じゃあ、少し待ってて」
そう言って休憩室を出て、家族の居る店内へと向かった。
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