第19話 九条さんのお父さん

 九条さんの家は西城駅から電車に乗り、15分で着くらしい。


 家に着いたら、お父さんに謝る予定をしている。

 その前に、少しでも情報が欲しかったので、家族のことを聞いていた。


「じゃあ、この4月からお父さんと2人で住んでるの?」


「うん。お兄ちゃんがアメリカの大学に進学したから、お母さんも一緒に行ったの」


 そうなの? ということは……


「家に行ったら、お父さんが1人で待ち構えてるってことだよね?」


 初心者がダンジョンに入ったら、いきなり最下層に落ちてボス戦になるラノベを読んだのを思い出した。


 その主人公の気持ちが少し分かったよ。

 家族という援軍が居るかもと期待していたけど、俺は丸腰でボス戦に突入するのか。


 ……そう思うと緊張してきた。

 

「藤堂くん、緊張してるの? お父さんは優しいから大丈夫だよ」


「緊張するって。お父さんからしたら、俺は大事な娘に門限を破らせた『敵』だからね……」


 それに、お父さんが優しいのは九条さんにだけだよ。

 俺は五体満足で家に帰れるのかな?

 九条さんを送って、謝ると決めたから覚悟はできてるけど。


「ふふふ、敵って面白いね。門限は破っちゃったけど、お父さんは話せば分かってくれるよ。それに、何かあれば私が味方になるから」


「九条さん、それだけはダメだ。俺が話すから、見てるだけで良い」


 九条さんが援軍に入ったら、お父さんは怒りで更にパワーアップするかもしれない。


「……見てるだけで良いの?」


「うん、その方が絶対に良いから」


 まだ九条さんは納得してない感じがする。

 話題を変えないと……そうだ、もう1つ聞きたいことがあった。


「九条さん、交換日記ってどうする? この前は続けるって決めたけど、今は同じクラスだと知ったでしょ。だから、どうするのかと思って」


 映画館に行った日に続ける話になったけど、あの時は偽名だったし、クラスも教えてなかった。

 でも、今は違う。連絡先を交換したらスマホで連絡ができる。

 これなら学校内でも、に過ごせるから。


 さっき学校でどうするかも話した。


 学校では連休前と同様、お互いに知らない振りをしようと決めた。

 九条さんは不満そうにしていて、説得するのが大変だったけど。


「交換日記は続けるもん。藤堂くんは止めたくなった? もし、嫌なら諦めるけど……」


「嫌じゃない。連絡先を交換したらスマホの方が早いと思ったんだ」


 九条さんは「嫌じゃない」と聞いた瞬間、凄く嬉しそうだった。

 交換日記に拘ってる様に思えてしまう。


「九条さん、交換日記に何かあるの? なんとなく、そんな感じがしたんだけど」


「……教えても良いけど、笑わない?」


「うん、笑わない」


 九条さんは恥ずかしいのか、少し顔が赤くなっている。

 そんなに言いにくい理由なの?


「……小さい頃に読んだ漫画で、主人公の女の子が交換日記をしてたの。それを見て『良いなあ、私もやってみたいなあ』って、ずっと思ってて。だから、藤堂くんとのノートのやり取りが楽しかったの」


 なんだその理由は……

 九条さんは、恥ずかしそうにしてるけど、俺は『可愛すぎる』と思ってしまった。


 それなら俺の答えは決まってる。


「じゃあ、続けよう。九条さんが満足するまで続けよう。日記のやり取りはで良い?」


「うん、ありがとう。本当は教室で渡したいけど、ダメなんだよね?」


 まだ諦めてなかったのか。

 日記の交換って、教室で話すよりレベルが上がってるからね?


「……あの、九条さん。分かってるよね?」


「ふふふ、冗談だよ。ちゃんと分かってるから大丈夫。でも、教室で連絡したい時はメッセージを送っても良いかな?」


「メッセージならバレないと思うから大丈夫だ。じゃあ、連絡先を交換しよう」


 俺達がスマホを取り出し、連絡先を交換しようとした時、九条さんの最寄り駅に到着した。


「連絡先の交換は後にして早く行こう。遅くなると更に怒られそうだから」


「もうこんな時間だもんね。そうだ、私の家はあそこだよ」


 九条さんが指を差しながら教えてくれた。

 その建物を見て驚いた。近隣地域では有名だったから。


「このタワーマンション? 数年前にできて、凄い話題になってたから知ってるよ。ちなみに、何階に住んでるの?」


「一番上に住んでるよ」


 それって最上階だよね?

 九条さんって、やっぱりお嬢様?

 タワーマンションはダンジョンではなかった……もう、魔王城にしか見えない。


「い、一番上って何階なの?」


「50階。でも、一番上って不便だから嫌なんだけどね。なかなかエレベーターは来ないし、窓も開けれないから。……あっ、でも、景色は綺麗だよ」


 家から花火が見えるって言ってた理由が分かった。

 視界を遮る建物が周囲には何もないから。


「そうか、花火も綺麗に見えるんだろうな」


「小さいけど綺麗に見えるよ。でも、近くで見るともっと綺麗なのかなって思っちゃうけどね」


 女友達は彼氏と見に行くから、一緒に行く友達が居ないって聞いたのを思い出した。


「今年は見に行けたら良いな」


「うん……そうだ、家は改札を出たらすぐだから」


 電車を降りて目の前に見えたけど、もうマンションに着くの?

 改札口を出ると、確かに通路があった。

 駅に直結しているみたいで、俺には通路が魔王城へ誘う何かに見えている。


 いきなりラスボスの魔王戦なんて、ラノベでも見たことないぞ……

 ダンジョンボスの方が可愛いと思える。



 ──と、現実逃避していたら家の前に着いていて、九条さんが扉を開けていた。


「ただいま。お父さん、帰ったよ」


 とうとう九条さんが、魔王を呼び出す召喚呪文を唱えてしまう。

 すると奥の扉が開き、九条さんのお父さんが近付いて来ていて表情が怖い。


「玲菜、門限を過ぎてるのに、連絡もしないで何をやってるんだ?」


「……ごめんなさい」


 お父さんは九条さんを叱り始めていて、俺は完全に無視されている。

 これなら何のために来たのか分からない。

 俺が2人の間に入らないと──


「あの! 電話でも話をしましたが、九条さんは悪くないんです! 原因は俺です。ご心配をかけて申し訳ございません!」


 頭を下げながら言った。

 言葉は変じゃなかったかな? 敬語なんて先生にしか使わないから心配になる。


「頭を上げなさい」


 その言葉で頭を上げた。

 お父さんは俺を見ていて、目が合っているけど何も言ってくれない。

 凄いプレッシャーを受けているけど、目を逸らすことはしなかった。


「ふむ、君の名前を聞いていなかったね」


「と、藤堂秋也です。今日は申し訳ございませんでした」


 もう一度、謝罪の言葉を口にした。

 九条さんが許してもらえるなら、俺は何度だって頭を下げる。


「お、お父さん。藤堂くんは悪くないの! だから怒らないで!」


 九条さんには「黙って見てて」とお願いしてたけど、無理だった。

 お父さんは少し驚いた様子で、俺と九条さんを見て何かを考え込んでいる。


「玲菜、父さんは彼と話してるんだ」


 九条さんに言った後、お父さんの視線は俺に向いた。


「藤堂くんだったね。少し家に上がっていきなさい」


「えっ? 家の中にですか?」


 そうか、まだ玄関扉の外だから魔王の一撃を浴びせるにも、近所にバレるからな。

 俺は無事に帰れないかもしれない。


「そうだ。そんなに時間は取らせないから」


「……は、はい。分かりました」


 逆らってはいけない雰囲気だったので、俺は全てを諦めた。

 父さん、母さん、姉さん達……俺の無事を祈っててくれ。


 こうして、俺は魔王の住処に足を踏み入れることになった。





 ──それで、この状況は何なんだ?



 俺は今、リビングのテーブルでカレーを食べている。


「藤堂くん、美味しい?」


「うん、美味しいよ。九条さんって料理が上手なんだね」



 この謎の状況は、家に入った時に遡る──



「藤堂くん、そこに座りなさい」


 家に入ってリビングに通されると、お父さんから椅子に座れと言われた。

 リビングテーブルには椅子が4脚あり、俺が座った正面にはお父さんが座っている。


 今から説教かと覚悟していると──


「藤堂くん、夕食はまだだろ。食べて帰りなさい。玲菜、夕食は今朝作っていたカレーだよね? 準備してもらえるかな? その間、父さんは藤堂くんに用事があるから」


「うん、分かった。今から準備するね」


 九条さんがキッチンに向かった。

 その間、お父さんは俺に用事あると言っていたけど、ずっと無言で何も言わない。

 俺にはこの空気が耐えられず、限界が近付いて来た頃にカレーが出される。


 

 ──それを今、3人で食べている状況だ。



 カレーは理解した……だけど、九条さんに1つだけ言いたいことがある。


 どうしてお父さんの隣じゃなくて、俺の隣に座ってるの?

 お父さん、九条さんが俺の隣に座った時、怖い顔になってたからね?


 そんな俺の気持ちは伝わらず、九条さんは楽しそうに食べていた。


「そうだ、藤堂くん。少し待ってて」


「良いけど、どうしたの?」


「見てのお楽しみ。良い物を用意するからね」


 そう言って九条さんはキッチンへ向かうけど、お父さんは見てるだけで何も言わない。


 10分くらいで九条さんは戻ってきた。


「はい、これどーぞ。食べてみて」


「……玉子焼き?」


「うん、玉子焼きが好きだって言ってたのに、私が食べちゃったでしょ? だから作ったの。でも、お弁当の交換は楽しかったね」


 この時、俺には聞こえたんだ。

 全く話さないお父さんが「弁当の交換?」と呟いたのを。


「そ、そうだな。楽しかったな」


「うん、また交換しようね!」


 だから言ったらダメだって!

 今も「また交換?」って聞こえてるじゃないか。九条さんには聞こえてないの?


「ま、また機会があればな……玉子焼きを食べるよ……」


 焦りながら食べた玉子焼きだったけど、口に入れたら驚いた。


「……美味しい。九条さん、この玉子焼きだけど、本当に美味しいよ」


「ふふふ、ありがとう。玉子料理は得意なんだ。また作ってあげるね」


「う、うん。機会があればな……」


 九条さんのお父さんを見れなかった。

 でも、こんなに美味しいなら、何度でも食べたいと思ってしまう。


「ごちそうさまでした。九条さん、カレーも本当に美味しかったよ」


 食べ終わって素直な感想を伝えた。

 さっき聞いたけど、学校の弁当も入学してから自分で作っているらしい。

 やっぱり学校の九条さんとは、イメージが全然違う。


「お粗末様でした……って、どうして笑ってるの?」


「ごめん、顔に出てた? やっぱり学校で見る九条さんとは違うなって思って」


「ふふふ、それは藤堂くんもだからね?」


「ハハハ、そうだった。お互い様だったな」


 その時、壁に掛けられた時計を見ると、20時30分を過ぎてるのに気付いた。


「あっ、もうこんな時間になってた。あの、九条さんのお父さん。俺はそろそろ……」


 家に入ってから1時間が過ぎている。


「藤堂くん。少しと言ったけど、引き留めてしまって済まなかったね。私が家まで車で送るよ」


「い、いや、大丈夫です。電車で帰れますから」


「気にしなくても良い。それに、藤堂くんと話したいことがあるから」


 は、話って何の? 家に入った時に用事があると言われて覚悟していた。

 だけど結局、何も言われなかったんだ。


「お父さん、藤堂くんを車で送るの? じゃあ、私も一緒に行く」


「玲菜は家に居なさい。父さんは藤堂くんと少し話があるから」


 九条さんは何度か一緒に行くと言っていたけど、お父さんは聞き入れなかった。

 この時に悟った。ラスボスは真の姿を、娘さんに見せれないんだろう……と。


 何度目かの覚悟を決めて、九条さんのお父さんと駐車場へと向かった。

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