第18話 お父さんとの電話

「……もしもし……うん、ごめんなさい……今から帰るから……」


 門限を過ぎてしまい、九条さんはお父さんと電話で話している。


 さっきまでは笑っていたり、恥ずかしがっていたり、色々な表情を見せてくれていた。


 18時には西城駅に着いていたから、本当なら門限には間に合っていたのに……

 どうして、今は悲しそうな表情をしているんだろう。


 ……原因は俺だ。


 俺が九条さんの名前を呼んだのが、全ての原因なんだから、彼女が謝る必要は無い。


「九条さん、電話を代わってくれないかな? 俺が悪いから謝らせて欲しい」


 気付いたらそう言っていた。


「……えっ、お父さんと話したいの?」


 九条さんは俺との会話が聞こえない様に、スマホを遠ざけている。


「俺が九条さんの名前を呼んだのが原因だろ? だから俺が悪いから謝らないと」


「うん、ちょっと待ってて……お父さん。あのね、今日一緒に居た子がお父さんと話したいって言ってて──」


 お父さんが俺と話すのを了承したみたいで、九条さんはスマホを手渡してきた。


「……もしもし、電話を代わりました」


『……』


 電話から返事が聞こえてこない。

 俺に声が届いてないのか?


「もしもし、俺の声は──」

『──どうして男が電話に出るんだ?』


 ほとんど同時だった。


『玲菜と展望台に行ったのは、だと思ってたんだが』


 確かに今は、顔だけ女の子になってるけど……って、そうじゃない。

 女友達と展望台? どういうこと?


「ちょっと話が分からないんですが、今日一緒に居たのは俺です」


 何か誤解してるのかも……

 どちらにしても、門限を過ぎたのは俺が原因なので、話せることは全て話した。

 話すといっても、お父さんからの質問に答えるだけだったけど。


「──はい、俺が九条さんを家まで送りますので……じゃあ、電話を代わります」


 かなり心配性のお父さんみたいで、俺が九条さんを家まで送ることになった。

 ギャルの変装や、お兄さんの彼氏役とか、家族と相談した結果だと言ってたから心配なんだろう。


「藤堂くん、ごめんなさい。お父さん怒ってたでしょ?」


 九条さんは、お父さんと話してから電話を終えていた。

 それよりも、俺には聞きたいことがある。


「怒ってたというか、困惑してたよ。それで聞きたいんだけど……展望台に行くのって、お父さんになんて説明したの?」


 そうだ、質問はこれしかない。


「映画に行った子と、舞台になった展望台に行くって言ったよ」


「じゃあ、映画に行く時は?」


「交換日記してる子と映画に行くって言ったけど」


「じゃ、じゃあ……交換日記の話は?」


「交換日記をするお友達ができたって言ったよ。藤堂くん、どうしたの?」


 九条さんの言ったことは間違ってない。

 間違ってないけど……言葉が足らないんじゃないかな……

『映画に行った子』『交換日記してる子』それに『交換日記をするお友達ができた』って言ったんでしょ?


 仮に娘が居たとして、同じことを言われたら俺だって女友達だと思う。


「九条さん……九条さんのお父さんは『女友達』と一緒だったと思ってるよ」


「どうして?」


 やっぱり分かってないのか。

 でも、九条さんを家まで送るのが先だから今は良いか。


「それは後で話すよ。門限を過ぎてるし、家まで送るから。九条さんのお父さんにも、家まで送るって伝えてるからさ」


「分かった。でも、本当にゴメンネ……」


「気にしなくて良い。遅くなったのは俺が原因なんだから」


 俺達は小春ちゃんの所に行き、門限を過ぎてるから送ることを伝えた。


「家まで送るのね。だけど、良いの? 秋也……アキちゃんになったままだけど、それで外に出るの? 出るなら女物の服に着替えたら?」


「──っ! 忘れてた! 九条さん、ちょっと待ってて! メイクを落としてくる!」


 顔を洗いながら思っていたことがある。

 どうして俺が女物の服に着替えないといけないんだ。

 でも、小春ちゃんに言われて助かった。

 九条さんは何も言ってくれなかったし、まさか……本当に女友達ができたと思ってないよな?

 

 メイクを落として戻ると、2人は仲が良さそうに話している。


「そういえば、お姉さんはメイク担当なんですよね? 凄い人気になってるって雑誌で見ました」


「そうよ。知ってくれてたのね、ありがとう」


「あの、それで……私もメイク教室に行ってみたいんですけど、予約ってできますか?」


「できるけど、かなり先になるわよ? 今は予約で埋まっちゃってるから……あっ、秋也、戻ってきたのね」


 九条さん、メイク教室に通いたいの?

 まさかギャル友達と一緒に? あの子達も雑誌を見てたからな……

 来るなら、その日は美容室に近寄らないようにしよう。


「ああ、戻ったけどメイク教室の予約?」


「そうなんだけど、予約が埋まってるでしょ? だから、予約しても数ヶ月先になると思ってね……」


 普段なら喜んで予約を入れてるのに、どうして迷ってるんだ?


 小春ちゃんは、俺と九条さんを交互に見ながら何か考えている。

 すると、急に楽しそうな笑顔を浮かべた。


「そうだ、秋也に教えてもらったら?」


「は? 小春ちゃん、何を言ってるの?」


 この小春ちゃんの笑顔は知ってる。

 イタズラを思い付いた時の笑顔だからな。


「……えっと……藤堂くんにって……どういう……」


 ほら、九条さんも返事に困ってるだろ。

 一番困ってるのは俺だけど。


「九条さんだったよね。さっきアキちゃんのメイクを見たでしょ? あれは私じゃ無くて、秋也が自分でメイクをしたのよ。秋也にはメイクのやり方は教えてるから、秋也に教わったら? それに、秋也なら予約は要らないし無料タダだよ」


 おい、小春……何をバラしてやがる。

 これは涼介や香織達も知らない話だぞ。

 自分でメイクしてるなんて、同級生の女の子に知られたら変な目で見られるだろ。


「藤堂くん、それって本当なの?」


「……あ、ああ。本当だ。さっきのメイクは俺が自分でやった……」


 九条さんにどんな目で見られてるのか、知るのが怖くて顔が見れない。


「えー! 藤堂くん、メイク上手なんだね! 凄いよー!」


 驚いて見ると、九条さんは目をキラキラさせている。


「九条さんは俺が変な奴だと思わないの?」


「思わないよ。だって、男の人でもプロのメイクさんは多いもん。お姉さん、そうですよね?」


「秋也は知らないの? 男のメイクアップアーティストも多いわよ」


 そうなの!? 男のメイクさんが居るなんて聞いたことなかった。

 小春ちゃんからメイクは教わったけど、アキちゃん用に教わっただけだし。


「知らない。初めて知った……」


「言ってなかったっけ? まあ、良いや。今、知れたんだからね。ということで、秋也が教えてあげなよ。女の子を可愛くするのは楽しいから」


 男のメイクさんが居るから教えても変じゃないって、強引すぎないか?

 九条さんは期待する様な目で、俺をジーっと見ている。


「分かった、教えるよ。だけど……俺は教えたことが無いけど、九条さんは本当に良いのか?」


「うん、良いよ! 藤堂くんに教えてもらう日を楽しみにしてるね!」


 嬉しそうにしてるな……九条さんが嫌がらないなら良いか。


「秋也が教えるってことで決まりね! 私が教えたから大丈夫だって!」


 そう言いながら、小春ちゃんは俺の背中をバンバン叩きだして少し痛い。

 そして俺の耳元で「秋也、可愛くて良い子じゃない。頑張ってね」と呟いた。


「──っ! ななな……何を言ってるんだ!」


 小春ちゃんは楽しそうな笑顔になっているけど、俺はメイクを教えるだけだからね!


「藤堂くん、どうしたの?」


「──っ! く、九条さん! な、何でもない! そうだ、門限が過ぎてるから早く行こう!」


 九条さんを連れて逃げる様に店から出た。

 店の外で見送っている小春ちゃんは「お赤飯炊いておくからねー」と訳の分からないことを言っている。


「ねえ、藤堂くん。お赤飯って何?」


「そ、それは、あれだ! 家ではお赤飯を定期的に食べる日があるんだよ! そ、それよりも、早く行こう。九条さんのお父さんが帰りを待ってるから」


「ふーん、そうなんだ。私も久しぶりにお赤飯食べたくなってきた。帰ったら作ろうかなー」


 お赤飯を食べる日なんて無いよ。

 小春ちゃんが変なことを言うから、意識してしまうじゃないか……


 やっぱり九条さんは鈍いのか、鋭いのか分からない。

 でも、分からなくて助かったと思っている。


 こうして色々あったけど、俺達は九条さんの家に向かう電車に乗り込んだ。

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