第20話 お父さんのお願い

「藤堂くん、車に乗らないのかい?」


 九条さんのお父さんから言われたけど、足が進まない。

 理由は、こんなドイツの有名な高級車には乗ったことがないからだ。

 け、決してラスボスが怖いんじゃない。


「は、はい。すぐ乗ります」


 俺は意を決して車に乗り込むと、座席がフカフカで更に驚いた。


「フフフ……藤堂くん、そんなに緊張しなくても良いよ。取って食ったりしないから。そうだ、住所を教えてもらえるかな?」


「はい。住所は──」


 九条さんのお父さんはカーナビに住所を入力している。

 家に居る時は無言だったけど、今はそんな感じには見えない。


「藤堂くんの家には45分くらいで着くよ。じゃあ出発しようか」


 そう言って俺の自宅へと出発した。

 九条さんのお父さんの表情も、家に居た時と違って優しそうに見える。


 しかし、俺の緊張は全く解けない。


 出発前は話していたけど、動き出してから車内は無言の空間になっている。

 こんな状態が15分続き、我慢できなくなり俺から声をかけた。


「九条さんのお父さん。話というのは──」


「──吉宗よしむね。私の名前は九条吉宗くじょうよしむねだ。『九条さんのお父さん』では呼びにくいだろう? 名前で呼んでくれたら良い」


 話しかけたら即答だったけど、九条さんのお父さんは『吉宗さん』というのか。

 今は優しそうだけど、本当は暴れん坊とかじゃないよな?


「分かりました。吉宗さんと呼ばせてもらいます。それで、話というのは?」


「……そうだね。玲菜の様子はどうだった? 2日間、一緒に居たんでしょ? 藤堂くんの目には、玲菜がどう見えた?」


 九条さんが、どう見えたか?

 俺は質問の意味が分からなくて、返事に困っていた。

 吉宗さんは前を見て運転をしているけど、さっきまでと違って真剣な表情だ。


「うん、質問が曖昧すぎたかな。そうだね、玲菜と一緒に居る時に、子供っぽかったり、距離感が近いとか、妙にはしゃいでたり……そんな様子にはなってなかった?」


 吉宗さんの言葉を聞いて、思い当たることが多くある。


 映画館に行った日は、そこまで感じなかったけど、今日は違ったからだ。

 子供っぽかったり、はしゃいだり、恋人でも無いのに距離感が近いと思った。


「……どうやら、思い当たることがあるみたいだね」


 返事をしていなかったけど、俺の様子で吉宗さんは分かったらしい。


「はい、思い当たることばかりです」


「……やっぱりか。家で2人を見ていて、そうなんじゃないかと思っていたんだ」


「吉宗さん、それが何か問題でもあるんですか?」


 学校で見る九条さんとは、違いすぎるのは分かっている。

 変装しているから、雰囲気や性格も作っていると思ったけど、そうじゃないのか?


「藤堂くんは、玲菜と同じクラスだと言っていたね。それで、今日は玲菜と一緒だった。ということは、学校でをしている理由を聞いたんだよね?」


「ええ、今日聞きました。小学校の頃に、男子から嫌がらせをされたのが理由だと。だけど、その後はアメリカに引っ越したと聞いています」


「玲菜はそこまで話したんだね。じゃあ、アメリカに行ってからのことは聞いているかい?」


 アメリカでの生活? 聞いていない。

 あっちでも何かあったのか?


「いえ、知りません。高校入学で日本に帰ってきたとしか……」


 吉宗さんは何か考えてる様子で、少し間があってから返事が来た。


「玲菜の容姿は親の私から見ても、かなり可愛いと思うんだけど、藤堂くんはどう思う?」


「──っ!」


 いきなり何を言い出すんだ、この人は!?

 俺は驚いて返事ができなかった。


 確かに、九条さんはギャルの姿でも可愛いと思っているけど、本当の姿はもっと……

 だけど、そんなことは言えない。


 答えを考えていると、吉宗さんは車を路肩に停車させて──


「藤堂くん、私は真面目に質問してるんだ。だから答えてくれないか?」


 そう言って、真剣な表情で俺を見ている。


「は、はい! 九条さんは可愛いです!」


 勢いでそう答えてしまった。


「ハハハ。そんなに緊張しなくても良いから」


 緊張するに決まってるって、お父さんに「娘さんは可愛いです」って言うんだから。


「藤堂くん悪かったね。話は戻るんだけど、玲菜はアメリカでは普通に学校に通っていたんだ。それで、向こうの学校でも、玲菜の容姿は目立ったみたいでね……」


「アメリカの学校でもですか?」


「そうなんだ。嫌がらせはされなかったとは聞いてるけどね。だけど、今度は好意を持って寄って来る子が増えたらしいんだ」


 それって、アプローチの仕方が変わっただけじゃないの?

 可愛いすぎるのも大変そうだな……


「九条さんも大変ですね。学校でも、色んな男が来てるのを見てますから」


「だろうね……だけど、玲菜は日本での一件から男の子が苦手になってしまったんだよ。特に悪意や下心に敏感になってね……」


「えっ? いや、でも確かに……」


 だから、ギャル男の話をした時の九条さんは、目の色が違ったのか。

 アイツ等は、九条さんの容姿しか見てないのは俺でも分かる。


「だからね、私は驚いてるんだよ。玲菜が藤堂くんと普通に話せていたから……いや……むしろ、私達が知ってる玲菜のままだったから。恐らく、君にそんな気持ちが無かったからだろう」


「そうですね。全く無かったです」


 映画館に行った日なんて、早く逃げたいと思ってました。


「そこで、初めに話した内容に戻るんだ……子供っぽかったり、距離感が近いって話にね……玲菜にとって、藤堂くんは初めての男友達なんだよ。だから、付き合い方っていうのかな……男友達との接し方を知らないんだ」


「俺が初めての男友達……」


 そうか、だから距離感が近かったのか。

 不思議に思っていたけど、やっと理由が分かった。


「そう……だから、私からもお願いがあるんだ。玲菜と『友達』になってあげて欲しい」


「は、はい。俺も九条さんは、もう友達だと思っていますので」


 の部分に、凄く圧力を感じてしまうのは気のせいだろう。


「ありがとう。それで、相談なんだけど、私と連絡先を交換してくれないか? 学校で玲菜に何かあれば教えて欲しいんだ」


「連絡先の交換ですか? 俺は大丈夫ですけど……」


「決まりだね。じゃあ、交換しよう」


 吉宗さんに促されるまま、スマホを取り出して連絡先を交換してしまった。


 この時に知ったんだけど、九条さんはギャル男達の存在を話していないらしい。

 吉宗さんは「心配かけたくないんだろう」と言っていた。


「藤堂くん、何かあれば連絡を頼む。玲菜と『友達』になってくれて、ありがとう」


「はい。分かりました。でも……」


 やっぱりに謎の圧力がある。

 だけど、もし九条さんを……


「好きになってしまったら……かな?」


「──っ! ど、どうして、それを……」


 吉宗さんは俺の心が読めるのか?


「藤堂くんは顔に出やすいみたいだね。すぐに分かったよ。それで、好きになってしまったら……だよね? もし2人が同じ気持ちになって、付き合うってことになったら……その時は仕方がないと思ってる。だけどね……玲菜を泣かせる様なことがあれば、私は絶対に許さん」


「は、はい。そ、それは大丈夫です」


 こ、この人は本気だ。

 許さないって言った時の目が怖かった。

 彼氏と彼女の関係じゃないって言いたいけど、今は従っておこう……怖いから。


「ごめん、ごめん。少し驚かせてしまったかな? 実はね、藤堂くんには友達の件の他に、もう1つお願いがあるんだ……本当の玲菜のことを周囲には言わないで欲しい」


 吉宗さんは頭を下げて言っている。

 その姿を見て驚いたと同時に、本気で九条さんを想って言っていると感じた。


「吉宗さん、俺に頭を下げないでください。俺は絶対に他言しませんから。と言っても、口だけだと信用できないですよね……そうだ、このスマホを見てもらっても良いですか?」


 信じてもらう方法はこれしかないと思い、吉宗さんにスマホを手渡す。


「……この女の子は藤堂くんの彼女かい? そうか、君には彼女が既に居たのか。うん? ……でも、彼女が居るのに玲菜と2人で遊びに行ったってことか……」


 吉宗さんが怖い顔に……って、違う。

 どうして、こうなったのか分からないけど、早く説明しないと……


「違いますよ! それは俺なんです!」


「……君は何を言ってるんだ? この子はどう見ても女の子だろう?」


 ふざけてるのか? って目を向けてるけど、俺は本気で言ってるんです。


「今から全て説明するので、聞いてください」


 吉宗さんに伝えていなかった、アキちゃんのことを全て話し、美容室でやった時と同様に、髪をグチャグチャにして下ろした。


「──それで、俺はアキちゃんだとバレないために、この髪型で顔を隠して学校に行ってるんです。だから、九条さんのことをバラすなんて絶対に無いです」


「……」


 吉宗さん、返事をしてください。

 全てを話したけど、まだ信じてくれてないのかな? これ以上は無理ですよ。


「あの、吉宗さん。まだ信用──」


「──ハハハハハ! そうか、そうだったのか……藤堂くんは玲菜と同じだったのか……だから玲菜は……」


 なんか分からないけど、この反応は納得してくれたんだよな?


「笑って悪かったね。実はこの目で見たとはいえ、玲菜がすぐに心を許したのを不思議に思っていたんだ。でも、これで疑問が解けたよ。藤堂くんは玲菜と同じだったから、何か感じたのかもしれないね……そうか……玲菜に男の『友達』ができたのか……」


 信用されたみたいだけど、やっぱりを強調して言ってる気が……いや、気のせいだ。


 そして、吉宗さんは安心したと同時に、停めていた車を発進させて、俺の家には15分で到着する。

 その間は、俺の変装生活のことを色々と質問された。


「吉宗さん。送ってくれて、ありがとうございました」


「私こそ、藤堂くんと話せて良かったよ。じゃあ、これで失礼するよ」


 吉宗さんの車を見送ってから帰宅し、今日は色々とあって精神的にも疲れたから、風呂に入って寝ることにした。



 そして、ベッドの中で気付いたことがある。



 吉宗さん。いや、今は『お父さん』と呼ばせてもらいます。



 まだ僕は、娘さんの連絡先を知りません。



 どうして、先にお父さんの連絡先が登録されてるんでしょうか……?




────────────────────

お父さんが先になっちゃった。

これには書いた私も驚いたよ。


とりあえず、これで第1章が終わりました!


ブクマや評価を貰えたら嬉しいです(*^-^*)

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