第4話 拾った日記
「咲良。香織に聞いたけど小説が書けたのか?」
部室に入ると咲良が俺を待ち構えていた。
「書いてるのは長編だから、まだ完成してないよ。香織にストーリーを話したら好評だったから、シュウくんにも『あらすじ』を読んで欲しいのよ」
そう言って、あらすじを印刷した紙を手渡されたので読んでみる。
幼馴染の男女が急に会えなくなって、7年ぶりに再会する物語だった。
再会してからも気付かなくて、そのまま惹かれ合うのか……面白そうだ。
「これ面白いな。本編を読みたくなってきた」
俺が好みそうな物語だった。
姉さんが2人居るせいか、昔から少年漫画や少女漫画と何でも読むし、最近は原作の小説を読んだりもしている。
それを知っているから、咲良は俺に読んでくれと言ったらしい。
そう考えると、俺も部員として立派に貢献できてるな。
「良かった……面白くないって言われたらどうしようと思ってたの。まだ途中までしか書けてないけど、それでも良い?」
内容を聞いたら、2人はカップルになってて、お互いが幼馴染だと気付いた所まで書けたらしい。
「分かった。文字数が多いからデータで渡すね。その代わり毎日感想を教えて」
「毎日なのか? まあ、俺の感想で良ければ言うよ」
毎日は大変そうだけど、読むと言ったのは俺だからな。本は好きだから苦にはならない。
「はい、これにデータが入ってるよ。シュウくんの感想を楽しみにしてるから」
咲良からUSBを受け取り、ポケットの中へ入れた。
「それじゃあ、咲良の邪魔になるから俺は帰るよ」
「この前も言ったけど、邪魔じゃないからね? 執筆してる時は周りに人が居ても気にならないし」
「俺が気になってしまうんだよ。それに、早く帰ってコレを読みたいからさ」
USBを入れたポケットに指を差した。
早く読みたいのは本当だからな。
「ということで帰るぞ。咲良も暗くなる前に学校を出ろよ」
執筆に夢中になり、気付いたら夜になっていたと聞いたことがあった。
「大丈夫。遅くなる時は『
和真は咲良の彼氏で、別の学校に進学したもう1人の親友だ。
「あまり和真に迷惑をかけるなよ? アイツは野球部のキャプテンになって、かなり忙しいって聞いてるぞ」
和真の高校は俺達と同じ西城駅にある。
だけど、方向は駅を挟んだ反対側にあり、徒歩だと30分の距離だ。
「そうなんだよねー。まあ、遅くならないようにするから」
部室から出て、道から逸れた校舎裏に向かって歩いている。
ここは昨日発見した近道だ。
今日もこの場所は俺しか歩いていない。
咲良は普通の道を使うと言ってたから、他の部の人もそうなんだろう。
それにしても本当に良い場所だ。
あの大きな木の下なんか最高だろうな。
◇
寄り道をしたかったけど、早く小説を読みたかったから家に帰った。
部屋に入り、パソコンを起動させてUSBをセットする。
物語を書くのが上手くなったと思うよ。
咲良は高校に入ってから執筆活動を始めて、最初は素人の俺が見ても酷い内容だったからな。
おっと、考え事をしながら読んだら咲良に怒られるから集中しよう。
この日は夕食の時間まで小説を読んだ。
翌日の朝、いつもの日課を終えて朝食を食べていると、テレビから天気予報が目に入ってきた。
「……今日は夕方から雨か」
帰る時まで降らなきゃ良いんだけど、と思いながら傘を持って家を出る。
今日も涼介と一緒に通学する予定だ。
昨日の夜「明日も一緒に行けるよな?」と連絡があった。
香織は良いのか? と聞いたけど、やっぱり咲良と一緒に通学するらしい。
「涼介、おはよう……って、どうした? 眠たそうな顔だな」
「シュウ、おはよう……ああ、昨日寝る前に香織から電話があって、寝るタイミングを逃した……シュウは朝から元気そうだな。今朝も走ってたのか?」
昨日、香織は『電話は不要』と言ってたけど、かけたのか。本当に仲が良いな。
「ああ。今朝もっていうか、入学してから毎日だ。中走るのは好きだし、体が鈍るのは嫌だからさ」
これが毎朝の日課となっている。
「それなら高校でも陸上を続ければ良かったのに」
「俺は挫折したからな。運動は趣味みたいなもんだ」
俺は中学校までは陸上部で、短距離を専門にしていたけど挫折した。
未練があると言われたらそれまでかもしれないけど、運動は今も続けている。
「シュウの基準が高すぎるんだよ。今でも県内でも速い方じゃないのか? 少なくとも陸上部の奴より速いだろ」
「そうかもしれないけど、あの挫折感は俺にしか分からないよ。……ほら、この話はここまでにしよう」
小学校から中学1年まで、関東地区では同学年で俺が一番速かった。
全国でもライバルは数少なく、あの頃は本気で日本一になりたいとも思っていた。
……中学1年の途中からだよな。
ライバル達が成長期に入り、身長や体格が大きくなって、走るのも速くなった。
だけど俺は背が伸びず、筋肉が付きにくい体質だったのかタイムも縮まない。
努力だけではどうしようもなく、ライバル達との差は開く一方で、絶望を味わって陸上を諦めた。
「分かったよ。ただ、もう一度シュウが走ってる姿を見たいと思っているのは本当だからな?」
涼介は真剣な表情で俺を見ている。
だけど、もう無理だ。
「そんなに見たいなら一緒に走るか? 毎朝やってるから涼介もどうだ? 俺のメニューはサッカーにも役立つかもしれないぞ」
「……勘弁してくれ。起きれないって」
この後、涼介が「あー! 弁当を忘れて来たー!」と叫び出したので、コンビニに寄ってから登校した。
◇
「──それで涼介はパンを食べてるの?」
昼休みになり、涼介と香織の3人で昼食を食べている。
「そうだぞ! 久しぶりに食べたけど、コンビニのパンも美味しいな!」
「アンタはサッカー部のエースでしょ……私の弁当をあげるから交換しなさい」
「香織の弁当を食って良いの? ラッキー。また弁当を忘れようかな」
涼介の栄養管理なんだろうけど、目の前で楽しそうにしすぎだろ。
2人が仲が良いのは俺も嬉しいけど……と思いながら窓側に顔を向けると──
「──だから、俺と遊びに行かない? 俺と居たら絶対に楽しいって!」
九条さんの横には昨日とは違う男が居て、ギャル仲間が「しつこい!」と怒っている。
しかも「誰がアンタなんかと居て楽しいと思うのよ!」ってトドメも刺してた。
まあ、俺もアイツと居て楽しめるとは思えないけど。
同じクラスになって知ったけど、近くで見ると九条さんは本当に美少女だ。
チャラ男達が必死になるのも分かる。
その様子を眺めていたら、九条さんが「彼氏に電話してくる」と言って教室を出て行くと、ギャル男も居なくなった。
◇
そして放課後になり、俺は部室に向かう。
「──で、俺はこの場面で少し泣きそうになった」
咲良に昨日読んだ小説の感想を伝えている。
「その場面は少し心配だったのよ。読みにくくなかった?」
「読みやすかったぞ。コンテストの審査員は分からないけど、俺は良いと思った」
俺はプロじゃないから素人の感想しか言えないけど、咲良の書く物語は好きだ。
恋愛小説だけど、俺もこんな恋愛がしてみたいと思えたから。
「感想はこんなもんかな。続きを読みたいから俺は帰るぞ。今日は夕方から雨が降るから咲良も早く帰れよ」
「大丈夫。雨だと和真の部活も早く終わるから、西城駅で待ち合わせしてるのよ」
「それなら良いけど。じゃあ、和真に宜しく言っておいてくれ」
部室棟を出ると雨が降りそうだった。
降る前に早く帰ろう……と思って校舎裏の近道に入ると、雨が降り始めてくる。
……降ってきたな。
鞄から傘を出して近道を足早に進むと、昨日見た大きな木の下に何かが見えた。
──なんだこれ? 本か?
そこにはピンク色の本があった。
拾ってみると、良い作りで少し分厚くて、ノートなのか本なのか分からない。
中を開いてみると──
──これ、日記だ。
見てはいけないと思ったので急いで閉じ、どうしようか少し考えた。
……根元にあったし、忘れて行ったのか?
……置いておくのが正解だよな?
大事な物だと思うけど、今は雨が降っているから置いておくと濡れてしまう。
そうだ、濡れないように置けば良い。
今朝コンビニに行った時に、ビニール袋を貰っていたのを思い出す。
日記を袋に入れて、濡れないように結び、大きな木の下に置いた。
この場所なら濡れないだろう。
そう思って家に帰った。
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