第3話 九条さんの彼氏
「秋也、そろそろ撮影が始まるわよ」
「分かった、今から行く」
俺は用意されていた女性用の服を着て、カット用のカツラを被っている。
鏡で最終チェックをしてから、撮影場所に向かった。
「秋也、今日も可愛いねー。先にメイクするからコッチに来てー」
そう言って俺を呼んだのは、もう1人の姉の小春ちゃん。
俺を見ると毎回『可愛い』と言うけど、もう慣れてしまった。
……慣れって本当に怖いな。
指定された場所に座り、小春ちゃんがメイクを施したらアキちゃんが完成する。
「これで良し! 今日も可愛いし綺麗だよー。そうだ、秋也もメイクができるんだから、次は自分でやってみる?」
「……できるけど、やりたくない」
メイクをする時に色々と教えてもらったから、やろうと思えばできる。
というより──クラスの女の子達より上手い自信がある。
プロのメイクをやっている小春ちゃんに教わったんだからな。
……でも、絶対にやりたくない。
そして夏美姉さんの所まで行き、カットの撮影が終わると、メイクを落としてアキちゃんから秋也に戻した。
ちなみに撮影者は俺の正体を知らない。
撮影中はもちろんだけど、待機時に他人が居る時は声を出さないようにしている。
「秋也、今日もありがとう。はい、これ……いつものバイト代」
「はいよ」
軽く返事をして、姉さんから封筒を受け取り、中身を確認すると4万円も入っていた。
「姉さん、こんなに良いの?」
あの値切られた日から2万円も増えている──そう、俺の価値は倍になった。
「良いの、良いの。本業の子に頼んだらもっと高いから。秋也は安くて助かるよ」
倍になったけど、やっぱり値切られてたのか……うん? ということは本当は何円?
気になって聞いてみたら簡単に教えてくれた。
美容室が人気になったから、モデルも人気のある子が必要になり、事務所との契約料もあるから高いらしい。
「料金を知りたいの? 8万円もするのよ。……高いでしょ? 秋也は半額だから家計が助かるわ」
そうか、俺は半額の見切り品と同じか。
他にバイトをやっていないから、このお金は助かるけど、なんか騙された気分になる。
だけど、短時間でお金を貰えると思えば何とも思わない。
どちらかといえば、良いバイトだと思っている。
少し
家族からも「絶対にバレない」と言われてるけど、身バレのリスクは少なくしたい。
顔を隠すだけバイト代が手に入ると思えば、これくらい安いもんだ。
◇
新学期の翌日になり、今日から授業が始まる。
俺は涼介と通学中で、涼介の彼女の香織は一緒に居ない。
「涼介。前から思っていたけど、俺と通学してるけど大丈夫なのか? 香織は怒ったりしてないか?」
「香織は咲良と通学してるよ。小説の話を聞かせてもらってるらしいぞ。香織とは部活と帰りは一緒だからな。もしかして、シュウは俺との通学は嫌なのか?」
「どうしてそうなるんだ。少し気になっただけだよ。涼介を嫌う奴なんて居ないだろ?」
涼介は本当に良い奴だ。
香織という彼女は居るけどモテるし、誰とでも気さくに話せるからな。
「俺からするとシュウも同じだぞ? 面倒見は良いし……あとはソレを止めたらもっと良いな」
「俺はこのままで良い。バレたら笑い者になるだろ」
昨日の咲良もそうだったし、最近は毎日言われてる気がする。
涼介も女の姿になってみれば良い。
そうすれば俺の気持ちが分かるだろう。
「俺は皆に本当のシュウを知って欲しいだけなんだけどな」
「悪いけど、それは諦めてくれ」
話を終えて前を向くと、一際目立つ女子生徒が前を歩いているのが見えた。
「……遠くから見ても、やっぱり可愛いよな。シュウもそう思わないか?」
涼介が『可愛い』と言ったのは、俺も見ている九条さんのことだ。
確かに目立っているとは思う。鮮やかな金髪だからな。
「可愛いとは思うけど、あれは派手すぎるだろ? それに見た目よりも、中身の方が大事だぞ」
アキちゃんに変身した俺を見てるから、尚更そう思っている。
見た目なんて作れてしまうって……
実家が美容室だから、見た目が大事だとは分かっている。
──だけど、一番大切なのは中身だ。
今も九条さんの周りには、チャラチャラした男が何人も居るし、俺には何が楽しいのかサッパリ分からない。
「まあ、シュウの好みには合わないか……俺も『中身が大事』ってことは賛成だけどな。ただ、俺は早くシュウに彼女ができて欲しいって思ってるんだぞ。そうすれば、夏は皆で遊びに行けるからな」
「俺のことは気にしなくても良い。俺は俺で楽しんでるから」
俺達は男3人と女2人の幼馴染だ。
涼介は香織と、咲良はもう1人の幼馴染と付き合っていて、俺だけ1人余っている。
夏祭りや海水浴のイベントは5人で遊びに行くことが多く、俺が1人なのが気になるらしい。
その時にバイト代のことを思い出した。
俺は1人だけ余ってるだろ?
スーパーの閉店前って、惣菜に半額シールが貼られていて、見切り品になってるよな?
バイト代も半額だし、俺は見切り品と同じじゃないか……
◇
昼休みになり、涼介と香織の3人で弁当を食べていると香織から声をかけられた。
「シュウくん。咲良が放課後に部室まで来て欲しいって言ってたよ」
「分かった。放課後に行ってくる」
香織から話を聞くと、咲良が書いている小説の感想が聞きたいらしい。
名前だけとはいえ、一応は部員だからな。
しばらくすると、派手なギャルグループの騒ぎ声が聞こえてきた。
「玲菜の彼氏って格好良いんだからね! アンタが言い寄っても、相手になんないわよ!」
チャラチャラした男が原因らしい。
もう長いから、チャラ
「お前には関係ないだろ? 俺は九条さんに話してるんだよ! それで九条さん、放課後だけど──」
しつこい男は嫌われるぞ?
まあ、俺には関係ないけど。
言い寄ってるのは違うクラスの奴で、通学中に九条さんの周りに居た男とは違う奴だ。
「──はあ? だからアンタはしつこいのよ! 玲菜も何か言ったら? 強く言わないから変なのが寄ってくるのよ。そうだ、アンタも彼氏の写真を見たら諦めると思うから! 玲菜、見せてあげて!」
「……別に良いけど。はい、この人が私の彼氏」
俺には見えないけど、チャラ男には見えているみたいでショックを受けている。
「やっぱり玲菜の彼氏ってカッコイイ! 大学生なんでしょ? この人って、ハーフでモデルもやってるんだよね? 玲菜にピッタリ!」
撃沈したチャラ男は置いといて、ギャル達は更に騒がしくなった。
格好良いモデルか、俺とは大違いだ。
──俺は女装したモデルだからな。
しばらく様子を見ていると、九条さんは鞄を取り出して席を立とうとしている。
「もう写真は良い? 私は用事があるから行くね」
「今日も彼氏と電話? 毎日電話してるけど、本当に仲が良いよねー」
「ふふふ、ありがと。じゃあ、行ってくるから」
九条さんは返事をしながら、教室から居なくなった。
「あのグループは本当に騒がしいな」
そう言ったのは涼介だった。
見ていたのは俺だけじゃなくて、クラス全員が注目していたらしい。
「そうだな。でも、九条さんが急いで彼氏に電話をかけに行ったのは驚いたよ。もっと遊んでる子だと思ってた」
さっきも言い寄られて嫌そうな顔をしていたし、見た目で判断して悪かったかな。
「私もビックリした。昼休みに毎日電話してるんだ。彼氏が本当に好きなんだね」
香織も俺と同じ感想を述べている。
その姿を見た涼介は「俺達も毎日電話する?」と言っていて「毎日会うのに要らない」と返されてダメージを受けていた。
仲が良いのは分かったから、俺が居るのを忘れるなよ。
ちなみに、九条さんは昼休みが終わるギリギリまで電話をしてたらしい。
そして放課後になり、俺は咲良の待っている部室に向かった。
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