第2話 アキちゃん

 まだ時間はあるし、夕方までどうしよう?


 そうだ、部室に行ってみるか。

 まだ入った事がないから丁度良い。


 そう思いながら、部室棟に足を進めた。

 この学校は部活が盛んで、涼介のサッカー部もそうだけど、他の運動部も全国大会の常連として有名だ。

 部室は四階建ての造りで、小さい校舎みたいな建物になっている。


 しばらく歩き、部室棟に着いた。

 俺は入口にある案内板を確認する。


 ……部室は1階か、近くて良いな。


 部室の扉を開けると、先客の姿が見えた。


「あれ、シュウくんだ。部室に来るのって初めてだよね? 何かあったの?」


「ああ、入部したからな。せめて部室の場所は知っておかないとマズイだろ?」


 この子の名前は『山本咲良やまもとさくら』。

 涼介や香織と同じく小学校からの幼馴染。

 生徒の中で、俺の秘密を知る最後の1人だ。


 ちなみに、俺達は彼氏彼女の関係ではない。

 咲良さくらの彼氏は別の高校に居て、その彼氏はもう1人の親友でもある。


「そっかそっか。シュウくん、ありがとー」


「気にするな。涼介や香織はサッカー部に所属してて、空いてるのは帰宅部だった俺しか居ないからな」


 ここは文芸部の部室で、部員は咲良と俺の2人しか居ない。

 生徒会から「1人だと『部』として認められない」と言われ、人数合わせで俺は入部した。


「今年の新入生が入部してくれたら良いな。このままだと、来年は廃部になるかもしれないんだろ?」


「……うん。だから今もこうして書いてるんだよね。今年は受賞したいから」


 名義貸しの俺には分からないけど、学生の小説コンテストがあるらしい。

 咲良は応募する作品の小説を書いている最中だった。


「そうだ、シュウくん読んでくれない? 感想を教えて欲しいんだけど」


「分かった。俺で良ければ読むよ。邪魔したら悪いしそろそろ帰るよ」


 名前だけの部員だし、集中している咲良の周りに居るのは迷惑になる。


「もう帰っちゃうの? 邪魔じゃないよ?」


「今日は部室を見に来ただけだ。それに、夕方から姉さんと予定があるから」


「今日はアキちゃんになるんだ! 女の私から見ても、本当に可愛いもんね!」


 予定の内容に気付いた咲良は、目をキラキラさせている。


「……アキちゃんって言うなよ。それに『可愛い』と言われて喜ぶ男は居ないからな」


「可愛いのは本当だからね。それと、何度も言ってるけど、そんな格好しなくてもバレないよ? 普段の髪型にすれば良いのに……勿体ない」


 それは、さっき涼介達にも言われた。


「それでもリスクは減らしたいからな。俺は高校生の男だぞ? アキちゃんって女性だし……それが、女装した男だとバレたらって思うとな」


 アキちゃんになる時は女装している。

 男の娘っていうのが流行ってるのは知ってるけど、俺は好きで女装をしていない。

 それに、アキちゃんだとバレたら俺の高校生活は終了してしまう。


「……あっ、なんかゴメンネ」


「いや、大丈夫だ。とりあえず俺は帰るから。その小説の完成を楽しみにしてるよ」


 咲良に気を使わせてしまったみたいだ。

 しかし、中学までは普通の髪型や格好だったせいか、皆には今の状態が不満なんだろう。





 部室棟から出て、正門へと歩き始める。


 部室のある場所って敷地の反対側だから、正門まで遠いな。

 道なりに行くより、真っ直ぐに進んだ方が早いんじゃないのか?


 そう思った俺は、道を外れて真っ直ぐに歩き始めた。

 少し歩きにくい程度なので、問題は無さそうに思える。


 この場所を歩いてるのは俺しか居ない。

 校舎の裏側だし、道が無いからだろう。


 だけど良い場所を見付けたな。

 木が何本あって、日陰も多いから昼寝にはピッタリな場所だ。



 正門を出て、姉との待ち合わせ場所に向かった。

 その場所は徒歩で行ける距離にある。



 駅に向かって歩き、途中で商店街に入ると目的地が見えてきた。

 正面の扉には『本日定休日』の看板があり、裏口から中に入る。


「秋也、もう来たの? 早かったわね」


「今日は始業式しかないからな」


 今朝、家で話していた姉さんだ。

 姉さんの名前は『藤堂夏美とうどうなつみ』といって、藤堂家の長女。

 黒髪のロングヘアーで、俺から見ても綺麗な姉さんだと思う。


「──それで、まだ姉さんしか居ないの?」


「私しか来てないわ。秋也が来るのが早すぎるのよ。準備できたら呼ぶし、あっちの部屋に居て良いよ」


 俺は「あっち」と言われた従業員の休憩室に移動した。


 ここは両親が経営している美容院。

 名前は──EDENエデン


 小さい頃は名前負けしていると思っていたけど、今は違う。

 予約が取れない美容院として有名になり、俺以外の家族全員が働いている。


 そのキッカケとなったのが──俺だ。


 休憩室でボーッとしながら、その時の事を思い出していた。





 ──あれは2年前だった。



 中学を卒業し、高校入学前の春休みを満喫していた時だ。


 その日も昼前に起きて、2階の自室から1階に降りると姉さんが電話していた。


「えー! 優里ゆりちゃん、無理になったって……どうしてなの?」


 寝起きから騒がしいと思っていたけど、関係ないからスルーして通り過ぎる。


 この後だったよな……華麗なスルーをしたのに、キラーパスが飛んで来たのは。


 それは、姉さんが電話を終えてリビングに入って来た時から始まる──


「……今日は撮影なのに、どうしよう」


 姉さんは困った様子だったので、聞いてみることにした。


「姉さん、撮影ってこの前言ってた雑誌のこと?」


「……うん。今日の撮影って、雑誌の見開き2ページに掲載されるからチャンスだったのよ。それなのに、モデルを頼んでいた子が無理になっちゃって……」


 話によると、今朝起きたら『ものもらい』で目が腫れてしまったらしい。

 その子も楽しみにしている撮影だったので、電話越しで泣いてたと言っていた。


「そっか、大変だな。撮影はキャンセルできないんだろ? まあ、頑張ってとしか言えないけど……」


 これしか言えない。

 姉さんは落胆しているけど、俺にはどうする事もできないからな。


 話が終わって、姉さんの横を通り過ぎようとした時に、腕を掴まれた。


「待って、代役が居たわ──アンタよ」


「──は?」


 言ってる意味が分からない。

 姉さんは獲物を狙う目になっている。


「だから、秋也。アンタが代役になるのよ。数時間後には撮影が始まるし、今から代役を探すのは不可能だもん。もう、これしかないわ」


 この人の頭は大丈夫なのか?

 だって──


「──俺は男だぞ? 今日の撮影っての予定だろ?」


「秋也なら大丈夫よ。アンタは父さんと母さんの良い所を受け継いで、綺麗な顔をしてるんだから」


 俺が言いたいのは、そんな事じゃない。


「……い、いや、無理だって! そうだ、小春こはるちゃんは? それに姉さんだって居るじゃないか! それなのに、どうして俺なんだよ!」


 小春ちゃんは夏美姉さんの妹で、俺のもう1人の姉だ。

 キレイ系の夏美姉さんと違い、母さんに似て小動物みたいな感じで可愛い。


 その見た目から、一緒に居たら『俺の妹』と思われる事が多い。

 そして、何故か『姉さん』と呼ぶと怒るから『小春ちゃん』と呼んでいる。


 ちなみに俺は末っ子で、妹なんて居ない。


「小春ちゃんは無理よ。今日はカットだけじゃなくて、メイクや着物の着付けも一緒にやるんだから」


 美容室では、カットは夏美姉さん、メイクは小春ちゃん、着物は母さんが担当していて、父さんもカット担当だけど今日は父さんの出番はない。


「……マジか。姉さん、本気なの?」


「私が冗談で言ってると思う? 小春ちゃんのメイク教室の宣伝も兼ねてるのよ。だから秋也しか居ないよ。家族を助けると思ってさ。バイト代も出すよ? ──ねっ? お願い!」


「──バイト代!? いくらあるの?」


「……えっと……2万円?」


 この2万円に騙されたと、後で後悔した。

 別の日に聞いたら、予定していたモデルにはもっと払う契約だったらしい。


 これが「2万円?」と疑問形だった理由だ──そう、俺は値切られた。


 この時の条件で、姉さんには『今回限り』と約束をさせた。



 まあ、アッサリと破られたんだけど……



 しかし、理由は俺も納得している。

 俺がモデルになって掲載された雑誌の影響で、美容室は中高生を中心に大人気になった。


 それと同時に、俺まで人気になってしまい、美容室には「何処の事務所の子?」や「モデルに使いたい」等、各方面から問い合わせが殺到したらしい。


 美容室専属という事で情報は隠せたけど、1回限りのモデルは継続する羽目になった。


 その時、名前だけは必要と言われ、本名の秋也の『しゅう』の読み方を『あき』に変え、アキちゃんとして今に至っている。



 ここから学校では『顔を隠して地味に生きる』──そんな変装生活が始まった。

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