第5話 青色のノート

 翌日の放課後。


 部室から正門に向かっていて、いつもの近道を歩いている。

 そして、あの大きな木の下を見ると、昨日置いたビニール袋は無くなっていた。


 良かった、持って帰ったみたいだ。

 

 日記は濡れてなかったかな?

 それが少し心配だった。


 でも、やっぱりこの木の下って気持ち良いんだろうな。

 同じ想いの人が居て少しだけ嬉しかった。





 だけど、問題は次の日の放課後だ。


 ……どうして、あるんだよ。


 同じ場所に、ノートが落ちていた。

 忘れ物が多すぎるだろ。今日はどうしようかな?


 明日も晴れると天気予報で言ってたし……

 うん、見なかったことにしよう。


 そう思って、大きな木の下の横を通り過ぎる時に気付いた。


 色が違う。一昨日はピンク色だ。

 でも、木の下にあるのは青色のノート。


 もしかして、違う人が忘れたのか?

 木の下に行くと、ノートに何か貼ってあるのが見えた。



『日記を袋に入れてくれた人へ──』

 


 貼られた付箋にそう書かれている。


 日記を袋に入れたって……俺だよな。

 置かれている意味が分かったので、ノートを開いてみた。

 

 

 気付いた時には雨が降っていて、取りに戻ると袋に入っていて驚いた。

 木の下が気持ち良くて、遅刻しそうになって急いだ時に落としたらしい。

 木の下はお気に入りの場所で、いつも日記を書いたり本を読んだりしている──と書かれていた。



 凄く綺麗な文字だし、丁寧な人だな。

 ピンク色の日記だったから女性物かと思ったけど、やっぱり女の子だったのか。


 それにしても、俺はどうすれば良い?

 ノートに返事を書くべきなのか?


 この場所を通る人を見ないけど、他の人に拾われたら困ると思うし……持って行くか。


 青色のノートを鞄に入れて家に帰った。





 ……何を書けば良いのか分からない。


 俺は自室の机で、持って帰ったノートの返事に迷っている。

 本を読むのは好きだけど、書くのは苦手だ。


 ……考えても分からないし、書かれた内容に答えて書いてみるか。



 たまたま日記を拾い、雨が降り始めたから袋に入れました。

 中を開きましたが、日記だと気付いたので読んでません。だから安心して大丈夫です。

 も本を読むのが好きです。大きな木の下で読むのは気持ち良さそうですね。



 ──よし、書けた。これで良いだろ。



 改めて自分が書いた文章を見ると、文才が無いのが分かる。

 これだと作文にしか見えないし、なんだよ『僕』って……


 とりあえず明日の朝に置きに行こう。





「──それで、わざわざ持って帰って返事まで書いたのか?」


 涼介と一緒に登校していて、今日は少し早く家を出ると伝えていた。

 そして今、その理由を話している。


「お礼の言葉とかビッシリと書かれてるんだぞ? 無視はできないだろ」


「そんなに凄いのか? 俺にも見せてくれよ」


 涼介は手を差し出して言っている。


「見せびらかすモノじゃないから無理だ。それは相手に失礼だろ」


「ハハハ、冗談だ。でも、どんな子なんだろうな? 木の下で本を読んだり、日記を書いてるなら、物静かな文学少女なのかな」


 俺もそんな感じの女の子かと思っている。

 文学少女といえば咲良だけど、執筆していない時の咲良は静かじゃない。


「うーん。丁寧な文章で綺麗な字だったし、真面目そうな感じの子だと思う」


「本が好きならシュウとは合うんじゃないか? そうか……やっとシュウにも春がやって来たぞ! 今は春だけどな!」


 言ってる意味が理解できない。

 俺はお礼の言葉に返事をしただけだし、それに本の趣味も合わないだろう。


「俺は文学というよりはラノベだからな。漫画の原作や、薦められた本を読んだりするだけだぞ」


 ジャンルを問わず何でも読むけど。


「そうか、やっとシュウに春が来たと思ったんだけどな……」


 そんなに俺に彼女を作らせたいのか?

 コイツは香織と居るせいか、恋愛脳になってるからな。


「それは絶対に無い。とりあえず先に教室に向かっててくれ。俺はノートを置いてから行くよ」


 正門前に着き、涼介を先に行かせて俺は木の下に向かった。


 ……ここに置けば分かるよな?


 昨日と同じ場所にノートを置いた。

 ひとつだけ違うのは『ノートを置いた人へ』と書いた付箋を貼ったことだ。





「……間に合った。ギリギリセーフだったな」


「シュウ、遅かったな。もしかして、日記の子に会えたのか?」


 大きな木の下は気持ち良かったから、そのまま日向ひなたぼっこをしていた。

 予鈴のチャイムが聞こえなかったら遅刻してたと思う。


「いや、木の下が気持ち良かったから寝そうになってた。チャイムが聞こえた時は本当に焦った」


 涼介と話していると、担任の秋月あきづき先生が入ってきた。


「おっはよー! 皆、今日も元気ー? うんうん、全員出席してるみたいね。今から1学期の予定表を配るから目を通してね」


 相変わらず元気な人だ。

 この人は一番上の姉──夏美姉さんの友人で、俺のことも小学生の頃から知っている。

 学校では『秋月先生』と呼ぶけど、外では『優子姉さん』と呼んでいて、一人っ子だからか、俺を昔から弟みたいに思っていると、聞いたことがあった。



 だから──俺の秘密も知っている。



「予定表は全員に渡った? 簡単に説明するから聞いててね」


 説明を聞きながら予定表を見ていくと、1学期は『大学見学』と『体育祭』があると書かれていた。


 ……あとは進路相談か。


 これでも成績は上位をキープしてるし、今は大学進学しか考えていない。


「おい、シュウ。体育祭はどの競技にするか決めてるのか?」


「……体育祭? ああ、進路のことを考えてたよ。体育祭は、綱引きか玉入れにすると思う。去年と一昨年もそうだったからな」


 聞いてきたのは涼介だ。

 コイツはサッカーという武器があるからか、進路にはお気楽で何も考えていない。


「リレーには出ないのか? リレーは体育祭の花形だぞ。俺はリレーの一択だ」


「俺はリレーには出ない。綱引きと玉入れは最高なんだぞ、知らないのか?」


 あの競技は本当に素晴らしい。

 俺の中で、目立たない競技の1位を争う素晴らしさだからな。


「そういえば去年も玉入れ競争だったな……ふーん。リレーには出ないのか……そっか……」


 何か考えてるみたいだけど諦めてくれ。

 そんな涼介に、綱引きと玉入れの素晴らしさを語ってあげた。





 昼休みになり、俺達は弁当を広げている。

 今日はいつもの3人ではなく、違うクラスの咲良も一緒だった。


「咲良、今日は書かないのか?」


 最近の咲良は、昼休みを部室で過ごしていて、昼食を食べながら執筆をしている。


「ちょっと疲れたから休憩。そうだ、シュウくん。今日の放課後は暇だよね?」


「……暇だけど?」


 バイトは月に数回しか無く、今日は予定が入っていないから暇といえば暇だ。

 だけど、暇と断定されるのは負けた気がする……一応、家では勉強してるんだぞ。


「付き合って欲しい場所があるんだけど良いかな? ちょっと取材に行きたいのよ」


 聞いてみたら小説の中でスイーツ店を書きたいらしい。

 1人で行くのは恥ずかしいから俺を誘ったとのことだ。


「スイーツ店? それなら彼氏の和真かずまと行けば良いんじゃないか?」


「和真は野球だから放課後は部活でしょ? それに涼介も香織もサッカー部だし、シュウくんしかな人は居ないでしょ?」


 真顔で『暇』を強調しないで欲しい。

 だから勉強してるんだって……


「そういう理由なら分かった。ただ、和真には報告しておけよ? 後で恨まれるのはゴメンだからな?」


 これは冗談だけど。

 和真も俺の親友の1人で、いつも咲良の用事で連行されてるのを知ってるからな。


「もう知ってるから大丈夫。ちなみに『シュウが暇してるから誘えば良いんじゃないか?』って言ったのは和真だからね」


「……そうか、俺は和真にも暇人だと思われてるのか」


 俺ってそんなに暇そうに見えるのか。


「ははは、じゃあ決まりね。放課後に部室で集合だから」


 こうして放課後、咲良とスイーツ店に行く予定になった。





「行く店は決まってるのか?」


 放課後になり、部室で咲良に聞いてみた。

 スイーツ店に行くのは知っていたけど、店の名前は聞いていなかったから。


「今日は2店舗に行く予定。駅前のケーキの店とクレープの店だよ」


「2店舗も行くのか? 時間もかかるし、早く行かないと遅くなるな」


「そうだね。準備は終ったから出ようよ。ほら! シュウくん、早く行くよ!」


 急かされて部室棟から出ると、咲良は正門に続く道を進もうとしている。


「咲良、急ぐならコッチの方が早いぞ」


 いつもの近道に指を差した。


「……そこって道なの?」


「道じゃないけど近道になる。俺は毎日通ってるからな。行ってみたら分かるよ」


 そう言って、咲良を連れて校舎裏の近道をしばらく進んだ。


「へー! ここって気持ち良いねー! シュウくん、こんな場所を知ってたんだー!」


「そうだろ? この前、見付けてお気に入りの場所になった」


 そして、大きな木に目を向けると──




 ──アレを見付けてしまった。




 今日の朝、俺が置いたノートだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る