第5話 青色のノート
翌日の放課後。
部室から正門に向かっていて、いつもの近道を歩いている。
そして、あの大きな木の下を見ると、昨日置いたビニール袋は無くなっていた。
良かった、持って帰ったみたいだ。
日記は濡れてなかったかな?
それが少し心配だった。
でも、やっぱりこの木の下って気持ち良いんだろうな。
同じ想いの人が居て少しだけ嬉しかった。
◇
だけど、問題は次の日の放課後だ。
……どうして、あるんだよ。
同じ場所に、またノートが落ちていた。
忘れ物が多すぎるだろ。今日はどうしようかな?
明日も晴れると天気予報で言ってたし……
うん、見なかったことにしよう。
そう思って、大きな木の下の横を通り過ぎる時に気付いた。
色が違う。一昨日はピンク色だ。
でも、木の下にあるのは青色のノート。
もしかして、違う人が忘れたのか?
木の下に行くと、ノートに何か貼ってあるのが見えた。
『日記を袋に入れてくれた人へ──』
貼られた付箋にそう書かれている。
日記を袋に入れたって……俺だよな。
置かれている意味が分かったので、ノートを開いてみた。
気付いた時には雨が降っていて、取りに戻ると袋に入っていて驚いた。
木の下が気持ち良くて、遅刻しそうになって急いだ時に落としたらしい。
木の下はお気に入りの場所で、いつも日記を書いたり本を読んだりしている──と書かれていた。
凄く綺麗な文字だし、丁寧な人だな。
ピンク色の日記だったから女性物かと思ったけど、やっぱり女の子だったのか。
それにしても、俺はどうすれば良い?
ノートに返事を書くべきなのか?
この場所を通る人を見ないけど、他の人に拾われたら困ると思うし……持って行くか。
青色のノートを鞄に入れて家に帰った。
◇
……何を書けば良いのか分からない。
俺は自室の机で、持って帰ったノートの返事に迷っている。
本を読むのは好きだけど、書くのは苦手だ。
……考えても分からないし、書かれた内容に答えて書いてみるか。
たまたま日記を拾い、雨が降り始めたから袋に入れました。
中を開きましたが、日記だと気付いたので読んでません。だから安心して大丈夫です。
──よし、書けた。これで良いだろ。
改めて自分が書いた文章を見ると、文才が無いのが分かる。
これだと作文にしか見えないし、なんだよ『僕』って……
とりあえず明日の朝に置きに行こう。
◇
「──それで、わざわざ持って帰って返事まで書いたのか?」
涼介と一緒に登校していて、今日は少し早く家を出ると伝えていた。
そして今、その理由を話している。
「お礼の言葉とかビッシリと書かれてるんだぞ? 無視はできないだろ」
「そんなに凄いのか? 俺にも見せてくれよ」
涼介は手を差し出して言っている。
「見せびらかすモノじゃないから無理だ。それは相手に失礼だろ」
「ハハハ、冗談だ。でも、どんな子なんだろうな? 木の下で本を読んだり、日記を書いてるなら、物静かな文学少女なのかな」
俺もそんな感じの女の子かと思っている。
文学少女といえば咲良だけど、執筆していない時の咲良は静かじゃない。
「うーん。丁寧な文章で綺麗な字だったし、真面目そうな感じの子だと思う」
「本が好きならシュウとは合うんじゃないか? そうか……やっとシュウにも春がやって来たぞ! 今は春だけどな!」
言ってる意味が理解できない。
俺はお礼の言葉に返事をしただけだし、それに本の趣味も合わないだろう。
「俺は文学というよりはラノベだからな。漫画の原作や、薦められた本を読んだりするだけだぞ」
ジャンルを問わず何でも読むけど。
「そうか、やっとシュウに春が来たと思ったんだけどな……」
そんなに俺に彼女を作らせたいのか?
コイツは香織と居るせいか、恋愛脳になってるからな。
「それは絶対に無い。とりあえず先に教室に向かっててくれ。俺はノートを置いてから行くよ」
正門前に着き、涼介を先に行かせて俺は木の下に向かった。
……ここに置けば分かるよな?
昨日と同じ場所にノートを置いた。
ひとつだけ違うのは『ノートを置いた人へ』と書いた付箋を貼ったことだ。
◇
「……間に合った。ギリギリセーフだったな」
「シュウ、遅かったな。もしかして、日記の子に会えたのか?」
大きな木の下は気持ち良かったから、そのまま
予鈴のチャイムが聞こえなかったら遅刻してたと思う。
「いや、木の下が気持ち良かったから寝そうになってた。チャイムが聞こえた時は本当に焦った」
涼介と話していると、担任の
「おっはよー! 皆、今日も元気ー? うんうん、全員出席してるみたいね。今から1学期の予定表を配るから目を通してね」
相変わらず元気な人だ。
この人は一番上の姉──夏美姉さんの友人で、俺のことも小学生の頃から知っている。
学校では『秋月先生』と呼ぶけど、外では『優子姉さん』と呼んでいて、一人っ子だからか、俺を昔から弟みたいに思っていると、聞いたことがあった。
だから──俺の秘密も知っている。
「予定表は全員に渡った? 簡単に説明するから聞いててね」
説明を聞きながら予定表を見ていくと、1学期は『大学見学』と『体育祭』があると書かれていた。
……あとは進路相談か。
これでも成績は上位をキープしてるし、今は大学進学しか考えていない。
「おい、シュウ。体育祭はどの競技にするか決めてるのか?」
「……体育祭? ああ、進路のことを考えてたよ。体育祭は、綱引きか玉入れにすると思う。去年と一昨年もそうだったからな」
聞いてきたのは涼介だ。
コイツはサッカーという武器があるからか、進路にはお気楽で何も考えていない。
「リレーには出ないのか? リレーは体育祭の花形だぞ。俺はリレーの一択だ」
「俺はリレーには出ない。綱引きと玉入れは最高なんだぞ、知らないのか?」
あの競技は本当に素晴らしい。
俺の中で、目立たない競技の1位を争う素晴らしさだからな。
「そういえば去年も玉入れ競争だったな……ふーん。リレーには出ないのか……そっか……」
何か考えてるみたいだけど諦めてくれ。
そんな涼介に、綱引きと玉入れの素晴らしさを語ってあげた。
◇
昼休みになり、俺達は弁当を広げている。
今日はいつもの3人ではなく、違うクラスの咲良も一緒だった。
「咲良、今日は書かないのか?」
最近の咲良は、昼休みを部室で過ごしていて、昼食を食べながら執筆をしている。
「ちょっと疲れたから休憩。そうだ、シュウくん。今日の放課後は暇だよね?」
「……暇だけど?」
バイトは月に数回しか無く、今日は予定が入っていないから暇といえば暇だ。
だけど、暇と断定されるのは負けた気がする……一応、家では勉強してるんだぞ。
「付き合って欲しい場所があるんだけど良いかな? ちょっと取材に行きたいのよ」
聞いてみたら小説の中でスイーツ店を書きたいらしい。
1人で行くのは恥ずかしいから俺を誘ったとのことだ。
「スイーツ店? それなら彼氏の
「和真は野球だから放課後は部活でしょ? それに涼介も香織もサッカー部だし、シュウくんしか暇な人は居ないでしょ?」
真顔で『暇』を強調しないで欲しい。
だから勉強してるんだって……
「そういう理由なら分かった。ただ、和真には報告しておけよ? 後で恨まれるのはゴメンだからな?」
これは冗談だけど。
和真も俺の親友の1人で、いつも咲良の用事で連行されてるのを知ってるからな。
「もう知ってるから大丈夫。ちなみに『シュウが暇してるから誘えば良いんじゃないか?』って言ったのは和真だからね」
「……そうか、俺は和真にも暇人だと思われてるのか」
俺ってそんなに暇そうに見えるのか。
「ははは、じゃあ決まりね。放課後に部室で集合だから」
こうして放課後、咲良とスイーツ店に行く予定になった。
◇
「行く店は決まってるのか?」
放課後になり、部室で咲良に聞いてみた。
スイーツ店に行くのは知っていたけど、店の名前は聞いていなかったから。
「今日は2店舗に行く予定。駅前のケーキの店とクレープの店だよ」
「2店舗も行くのか? 時間もかかるし、早く行かないと遅くなるな」
「そうだね。準備は終ったから出ようよ。ほら! シュウくん、早く行くよ!」
急かされて部室棟から出ると、咲良は正門に続く道を進もうとしている。
「咲良、急ぐならコッチの方が早いぞ」
いつもの近道に指を差した。
「……そこって道なの?」
「道じゃないけど近道になる。俺は毎日通ってるからな。行ってみたら分かるよ」
そう言って、咲良を連れて校舎裏の近道をしばらく進んだ。
「へー! ここって気持ち良いねー! シュウくん、こんな場所を知ってたんだー!」
「そうだろ? この前、見付けてお気に入りの場所になった」
そして、大きな木に目を向けると──
──アレを見付けてしまった。
今日の朝、俺が置いたノートだ。
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