第4話 ストーカーの倒し方 4
男達は文句も言わずに冷たいアスファルトの上で綺麗に並んで正座した。男その一も解放されたが、きちんとその列に加わっている。
「まず彼女を襲った理由を聞かせてもらいマショウか」
ホワイトは地面に置いておいたらしいジリヒンジャーのオープニング曲を流している音楽プレイヤーの音量を下げた。どうやら音楽を止める気はないらしい。そして、どうもこの曲がずっとリピートされるらしい。
黙りこむ男達に、ホワイトはもう一度聞きなおす。
「何故、石田加奈サンを毎日のようにつけ回し、襲おうとしたのデスか」
「あ、あの女は……俺たちを騙したんだ!」
男その一が今にも泣きそうな声で叫び、こちらを睨んでくる。あたしは慌ててホワイトの後ろに隠れた。
「彼女は石田加奈サンではありマセン」
「はあ⁉ どう見たってあの女だろォが!」
「そうだ、アイツだ!」
男達は口々に言い放つ。男の人のがなり声は無条件に恐怖心を煽る。あたしはホワイトの服の裾を掴んで目を瞑った。もうやだ、早く帰りたい。
「静かに」
ホワイトが言うと、一瞬でその場が静まり返る。
「あなた方が言っている石田加奈サンはこちらデスよ。――出て来て下サイ」
ホワイトは後ろを振り返って言った。あたしも後ろを見ると、塀の影から青木先輩と石田さんが出てきた。石田さんは黒髪のカツラをはずして、スカートも折り上げて短くしていた。
「ああ!」
男達は一斉に声を上げて石田さんを指差す。そして、ホワイトの後ろに隠れているあたしをもう一度見た。どうやら、彼らはどちらが石田さんか見当がつかずに戸惑っているようだ。
「なによ」
石田さんがぶっきらぼうな口調で言い捨てる。その言葉と声に男達は確信を得たらしく、「お前かー!」と怒鳴った。そして、再びホワイトに「静かに」と叱られる。
「石田サン、彼らに見覚えは?」
石田さんはしばらく黙って五人の男達の顔をゆっくり眺めた。そして嫌そうに目を細める。
「無くはない」
「あるんデスね。どういうご関係デスか」
「えー、そんなんどーでもよくなーい?」
「どうでもよくねェよ!」
そう怒鳴ったのは男その一だった。
「俺たちは、この女に騙されたんだ!」
男その二が言う。
「その女が『付き合ってよ』って誘ってきたんだ」
と、男その三。
「可愛いからラッキーと思って付き合ったら……」
と、泣きそうな男その四。
「あれ買えコレ買えって、散々貢がされて」
貢いだものを指折り数える男その五。
『結局一週間も経たないうちにフられたんだ!』
最後は見事に五人全員でハモった。
男達の嘆きを聞き、あたしとホワイトと青木先輩は揃って石田さんへ視線を注ぐ。
「だ、だって、欲しかったんだもん!」
石田さんは焦った挙句、何の言い訳にもならないことを言った。
「お前なァー!」
男その一は立ち上がって今にも石田さんに掴みかからんとする。それを、ホワイトが石田さんの前に立って庇う。
「どいてくれよ、ジリヒンホワイト! 本当の悪は俺たちじゃなくてこの女なんだ!」
「そうだよ、ジリヒンホワイト! 俺たちの話を聞いてくれ!」
「ジリヒンホワイト!」
「ホワイトー!」
次々と泣きついてくる男達。ホワイトはジリヒンホワイトと呼ばれることに少し快感を覚えているらしかった。
「あなた方の気持ちも分かりマスが、だからと言って女性を襲う理由にはなりマセン。こんなもので、一歩間違ったら殺人事件デスよ」
まったくだ。もうちょっとで殺されそうな恐怖を味わったあたしの身にもなってほしい。
「別に殺す気なんて無かった。調子に乗ってるあの女を脅かして、もう二度と男に近寄れないようにビビらせてやろうと思ったんだよ」
十分ビビったわ。トラウマになりそうなくらい怖かったわ、ボケ。
ホワイトと石田さんの後ろに隠れて、極力男達を見ないようにする。さっきの恐怖が今にも蘇って、気を抜けば涙が出てきそうだった。
「あ、あんたたちみたいに弱っちい奴ら、こっちから二度と近寄んねーよ、バーカ!」
石田さんは果敢に男達に吠えかかり、男達が逆上するのをまたホワイトが抑える、の繰り返しだ。
「加奈にはねぇ、あんたたちと比べ物にならないくらい強くてかっこいい彼氏がいるんだから! ね~」
石田さんはそう言ってホワイトと無理やり腕を組む。その様子を見た男達は、驚愕の表情を浮かべた。男達はマスクをかぶったホワイトの素顔は知りようも無いが、ホワイトの強さは身を持って知っている。そんなホワイトが石田さんの彼氏だと知り、相手にならないと絶望に打ちひしがれている顔だ。
「え、彼氏? 何のことデスか?」
ホワイトは石田さんを見下ろして素の声で言った。
「え、な、何のことって。あなたは加奈の彼氏でしょ?」
石田さんは不意をつかれたような驚いた顔でホワイトを見上げる。
「ご冗談を」
ホワイトは鼻で笑った。
「は?」
目を丸くしてぽかんと口を開ける石田さん。
「だって、付き合ってくれるって言ったじゃん!」
「あれは下校に付き合うという意味で言ったんデスよ」
「はあ⁉」
「恋人として付き合うわけないじゃないデスか」
申し訳なさそうに頭をかくホワイトの言葉に、石田さんはショックのあまり何も言えないという顔で、口を鯉みたいにパクパクさせた。
かつて自分達が惚れていた女が得体の知れないジリヒンホワイトにあっさりフられている様に、男達は少し複雑そうな顔をした。彼女への同情ともとれる顔だ。
だが、数秒後には歓喜の声が上がる。落ち込む石田さんに勝ち誇った顔の男達。男達は口々に「ありがとう! ジリヒンホワイト!」と言った。
「ざまあないぜ!」
「あー、石田のあの顔! 写メってやろ」
「おー、マジですっきりしたぜ!」
「最高だー!」
「今日はいい夢見れそうだ」
五人はそれぞれ舞い上がっていた。
「それでは、もう石田サンへの報復はこれにて終了ということで構いマセンか?」
ホワイトのその言葉に、男達は「ああ、満足だ」と無邪気な笑顔で言った。
「そうデスか。では、アナタは石田サンを家まで送ってあげて下サイ」
ホワイトが青木先輩に向かって言うと、青木先輩は頷いて、放心状態の石田さんを連れて去っていった。
「じゃ、気が済んだし俺たちも帰るか」
男達もその場を立ち去ろうとしたその時だ。
「ちょっと待って下サイ。まだこちらの気が済んでマセン」
ホワイトは穏やかながらも有無を言わせぬ声で言った。その様子に、男達の笑顔が固まる。
「アナタ方、何か忘れていマセンか」
「え、何かって……なんでしょう」
「アナタ方が石田サンと間違えて襲った彼女への謝罪デスよ。しゃ・ざ・い」
後姿からも伝わってくるホワイトのものすごい威圧感。
「はい、今すぐアスファルトに額を擦り付けて土下座」
ホワイトが指示した途端に、男達は五人揃って力の限り土下座した。
『すいまっせんしたー!』
「こんなこと言ってマスけど、どうしマス? もう一回絞めマスか?」
「いやいやいや、謝ってるのにそれはちょっと」
土下座しながらガクブル震えている男達の頭を見ると、とても仕返ししてやろうなんて気にはなれなかった。
「えー、遠慮しなくていいんデスよ。こんな頭の悪い、武器と仲間なしには女の子一人も襲えない人たちなんか。ほら、私の頭を踏んずけた時みたいに、一人ずつ頭を踏んでも構いマセンよ」
ホワイトの声は心なしか不満そうだ。男達はさらに震えを増した。ホワイトを踏みつけた女……超こえー! とか思っているに違いない。
「大丈夫デスか? まだ、怖いデスか?」
突然、ホワイトは身を屈めるようにしてあたしの顔を覗きこみ、小首を傾げた。
もしかして、あたしのことを心配してくれているのだろうか。ふざけたマスクの向こうで室長がどんな顔をしているのかは分からないが、声には心配しているような、困っているような色が滲んでいた。
「大丈夫、です」
あたしはそう言って顔を上げる。
「そうデスか」
ホワイトは背筋を伸ばして、少し安心したような声で言う。
「これがアナタのトラウマになってしまったらと思うと……」
あたしの頭にそっと手を乗せて、ホワイトはぼそりと呟いた。
「この五人を生きて帰せないところデシタよ」
「ええええ⁉」声を上げたのはあたしだけで、男達五人はもう恐怖で声も出ないようだった。「それやり過ぎだから! もう、十分ですよ」
「だって、アナタに何かあったら絶対私が菘に殴られちゃうじゃないデスかー」
「スズ兄はそんなことしませんー!」
「どうせ殴られるなら、その前に……ねえ」
「ちょおー! もう大丈夫だから! トラウマになんてなってないから! ロックオンすんのやめて!」
横目で五人組を睨みつけるマスク。男達は震え上がっている。
「本当デスか?」
「本当です!」
ホワイトは突然あたしの手を引っ張った。あたしは勢いでぽすっと、ホワイトのちょっとバナナの香りがするカーディガンに顔をうずめた。背中に当てられたホワイトの手からじんわりとぬくもりが伝わってくる。
「怖くないデスか?」
頭の上から心配そうな声がぽつりと降ってきた。
確かに、さっきまではトラウマになりそうなほど怖かったけど、震えながら土下座する男達の姿を見たら、そんなに怖がるものでもないような気がしてきていた。むしろ今は、不意にホワイトに抱きしめられてしまっている事の方で頭がいっぱいだ。なんだ、この状況は。どうしたらいいんだ。
混乱しながらも、伝わってくる体温に自然と安心してしまう。お昼ごはんの後の日の当たる教室みたいな居心地の良さで、目を閉じたら寝てしまいそうだ。
なんだかんだ言いながら、本当はあたしのこともちゃんと心配してくれてたんだ、と感じるには十分な温もりだった。
「怖くないです」
あたしが言うと、ホワイトはそっと手を放して、大きく息を吐いた。
「はー、よかったデス。これで殴られずに済みマス」
「だから、スズ兄はそんなことしませんって!」
心底安心した様子のホワイト。本気でスズ兄が室長を殴ったりするわけないのに。まったく、どんな心配の仕方だ。
「アナタは知らないと思いマスが、あの人はアナタが思っている以上にキレたら怖いんデスよ」
ホワイトはどこか遠い目をして言った。
翌日、教室で石田さんはいつものようにたくさんの友達と仲良く喋っていた。五人くらいで固まって喋っている明るい髪色の女子の集団は、とても大きな塊に見えて、あたしにはとても近づけない。
石田さんは昨日の事なんてなかったかのように明るい笑顔だ。その様子を見ていると、石田さんは周りの友達にはストーカーの事も昨日の事も話していないんだな、と思った。
その内、友達が全員何かの用事で教室から出て行き、石田さんは一人になった。その瞬間、石田さんがとても小さくて寂しそうな普通の女の子に見えた。
あたしより遥かに人間関係が上手くいっているように見える石田さんも実はそうでもないのかもしれない。悩みを誰にも言えずに、抱えているのかもしれない。だからきっと、あの時「なんでも」に入って来たのだろう。
彼氏をたくさん作ろうとしていたのも、たくさんの友達とつるんでいるのも、寂しさを紛らわすためなのかもしれない。本当は、もっと本音で話せる人に、悩みを打ち明けられる人に、傍にいて欲しいんじゃないだろうか。
今はただの如月翡翠であるあたしは、しばらく悩んだ末に、勇気を振り絞って彼女に声をかけてみた。
「い、石田さん、あの、その……大丈夫?」
「は? 石田じゃなくて井上なんだけど」
「え?」
「石田はさっきジュース買いに出てったけど」
あたしが石田さんだと思っていた井上さんは怪訝そうに眉間に皺を寄せて、あたしを見返した。
もう、みんな同じような化粧して同じような髪型してるから間違えたー!
あたしには石田さんの心情を理解するどころか、石田さんと井上さんの見分けすらついていなかった。昨日の男達があたしと石田さんを素で間違えたのも仕方がないのかもしれない。
あたしの一年一組生活はまだまだ波乱の予感だ。
その後、ネット上で少しの間ジリヒンホワイトの噂が広まっていたらしい。
室長に何故あんなマスクをして出てきたのか聞くと、「一応高校生デスから、喧嘩する時には素性隠さないと」とバナナの皮をむきながら答えた。
素顔で喧嘩してバレて停学になるか、ジリヒンジャーのマスクをしてバレずとも笑いものになるかなら、大抵の男子高校生は前者を選ぶに違いない。そんなことを考える五月の午後だった。
第4話 ストーカーの倒し方 (完)
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
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