第4話 ストーカーの倒し方 2
「ね~え~、今日は~、あなたと帰りたいな~」
放課後の「なんでも悩み相談室」で、石田さんは室長の隣にぴったりくっついて座り、室長のためにバナナの皮をむいてあげていた。
「ええ、構いマセンよ」
笑顔でバナナを受け取る室長。
「キャー、よかった~♪ もう、あの人顔はかっこいいけど全然喋ってくんないんだもーん」
石田さんは室長の隣にティーポットを持ってスタンバっている青木先輩を一瞥して口を尖らせる。
昨日の放課後は室長の代わりに青木先輩が石田さんを送ったと言っていた。あたしは二人が一緒に帰っているところを想像してみる。
石田さんは、話しかけても何の反応も返してくれない青木先輩をさぞ不気味に思ったことだろう。
それにしても、人前でいちゃいちゃいちゃいちゃと……。あたしへの当て付けか。バカップルはこの部屋から出て行け。リア充爆発しろ。
「ていうか、もう変質者も捕まえたんだし、一人で帰れるんじゃないんですか」
あたしは二人に白い目を向けながら呟く。
「そうよ、変質者! 加奈~、今朝も誰かにつけられてたんだからー!」
「はあ? だから、変質者はもう捕まえたって」
「じゃあ、今朝のは何なのよー!」
「……被害妄想?」
「ちょっと、その痛々しいものを見る目やめてくれる~」
だって、なんか石田さんってすごい自分のこと可愛いと思ってそうだし。まあ、実際可愛いか可愛くないかと言えば、可愛いけど。なんか自意識過剰というか、被害妄想を抱いていてもおかしくなさそうだ。
もしくは、誰かに心配してもらいたい、という気持ちからくる思い込みではないだろうか。
石田さんは、誰かに心配してもらいたいのかな。
「ホントに誰かいたんだって!」
「だからー」
「いえ、石田サンの言う事は本当デショウ」
「え。でも、昨日変質者捕まえたじゃないですか!」
「捕まえた変質者が持っていた手帳に石田サンと思われる人物のメモはありマセンデシタ」
「え⁉」
室長はあの手帳をパラパラめくっている間にそんな事までチェックしていたのか。
「デジカメにも石田サンの写真は一枚もありマセンデシタし。おそらく石田サンを付け狙っているのは別の何者かデショウ」
「そ、そうなんですか⁉」
石田さんは、それ見たことかとあたしを横目で睨みつけ、室長の腕に自分の腕を絡めた。
「こわーい、一体誰が加奈を狙ってるのー?」
「それはまだ分かりマセンが、あなたの安全は必ずや私たちがお守りしマショウ」
室長は警備会社のコマーシャルかと思うようなセリフを吐いて、石田さんの手を取った。並の男が口にしたら、歯が浮き、背中がかゆくなる気障なセリフも、室長に言わせれば悔しいほど様になる。
それでも、石田さん仕様の王子様キャラな室長には違和感がある。作られた室長の笑顔に、キャー! と騒ぐ石田さんを見ると、呆れてものも言えなかった。
「ところで石田サン、アナタを付け狙うような人に心当たりはありマセンか?」
室長が訊ねると、石田さんは明らかに一瞬動揺を見せた。ぎくっと肩を震わせ、目が泳ぐ。そして、少し引きつったような笑いを浮かべてドモった。
「そ、そんなの、あるわけないじゃーん」
あまりの怪しさに室長の方を見る。室長はいつもの笑顔で、「そうデスよねー」と返していた。まさか、室長が今の石田さんの様子に気づいてないわけないよね。指摘しようか迷っていると、室長が突然思い出したように「あ」と声を上げた。
「ちょっと、お二人並んで立っていただけマスか」
あたしと石田さんを順番に見て、教室の空いているスペースを指差す。
「え、なんでですか?」
「いいからいいから」
笑顔の室長に促され、あたしと石田さんは室長の前に立って並んだ。
「やっぱり」
室長は満足そうに微笑んで一人頷いた。
「何がやっぱり、なんです?」
あたしはなんだか嫌な予感がして眉間に皺を寄せる。
「お二人、背格好がとてもよく似ているんデスよ」
そう言われて思わずお互いを見合わせるあたしと石田さん。確かに、身長も同じくらいだし、スタイルも変わらない。そして、今のあたしは石田さん仕様のギャルな格好をしている。ミニスカートに長めの茶髪。化粧も濃い。遠くから見たらどっちが石田さんでどっちがあたしだか分からないくらいだろう。
「やだ、キャラかぶるじゃない。真似しないでくれる~?」
「は? 全然かぶってないし。一緒にしないでよ」
石田さんの言いようがなんか気に障り、つい喧嘩口調で返してしまう。
「はあ? 加奈だってあんたなんかと一緒にされたくないっつーの!」
石田さんが軽くあたしの肩を押してくる。
「なにすんの、触んないでよ」
あたしも石田さんの肩を押し返す。
「なに? やんのかコラ、表出ろよ!」
「はあ? そっちからやってきたんでしょ!」
あたしと石田さんはお互いの胸倉をつかみ合って、睨み合う。女の子とこんな風に言い合うのなんて初めてだったけど、格好のせいか、あたしはいつもより強気だった。喧嘩なんてする柄じゃないけど、引くに引けない空気なのだ。
「まあまあ、落ち着いて下サイ」
室長が間に入ってあたしたちを引き剥がす。
「ちょっ、止めんなよ!」
「そうですよ、これからって時に」
「これからって……まだやる気だったんデスか」
室長に呆れた顔をされてしまった。あの室長にまで呆れられるなんて思いもよらず、ショックで我に返る。
「石田サンも、せっかくの可愛らしい顔が怒ってしまってはもったいないデスよー。はい、スマイルスマイルー」
「え、そ、そうかな~」
石田さんのぶりっ子スイッチが入った。照れたように顔を赤らめて、くねくねと体をくねらせる。その様子に、あたしは更に戦意喪失した。
危うく意味のないバカな喧嘩をするところだった、と早くも先ほどまでの自分を後悔する。
「はい、仲直りしたところで私からお二人に提案があるんデスが」
室長はそう言ってにっこり微笑んだ。
「な~に~?」
「嫌な予感がするんで、聞きたくないんですけど」
室長にべったりくっついて上目遣いに口を尖らせる石田さんに、室長から目を逸らすあたし。そんな二人にお構いなく、室長は言った。
「今日は囮作戦を決行したいと思いマス」
「今日は」ではなく、「今日も」だ、と訂正したくなる。絶対くると思っていたけど、期待を裏切ることなく本当にきたよ、囮作戦。
「えー? なになに~? 何それ~」
石田さんが面白そうにはしゃぐ。そんなはしゃぐものじゃないよ、囮作戦なんて。
「今日はこの人が石田サンのフリをして下校し、石田サンを付け回すストーカーをおびき寄せる囮作戦デス」
室長はそう言って、ずっと目を逸らしていたあたしの肩をぽんと叩いた。反射的にビクつくあたし。ああ、蘇る化け蛇からの逃走劇。
「ちょ、ちょちょちょっと待ってくださいよ! なんであたしが囮になんなきゃいけないんですか⁉」
あたしは、室長から三歩後ずさり、大きく手を上げて自分の意見を主張する。
「前の化け蛇事件の囮作戦だって、あたしじゃなくて飼い主のあの人が囮をやればよかったじゃないですか! 今回だって、石田さん本人が囮になれば、わざわざあたしが石田さんのフリする必要ないでしょ⁉」
これは絶対正論のはずだ。あたしは鼻息を荒くして言い切った。
「何言ってるんデスか」
あたしの全身全霊をかけた言葉は、室長に軽く鼻で笑い飛ばされた。
「相談者の方を囮にするなんて危険な真似できるわけないデショウ。相談者の方の安全確保が第一デス。これ、基本デスよ」
「ちょっ、あたしは⁉ 助手の安全は⁉」
「助手の安全は第五くらいデス」
「第五って、二と三と四は何なのよ⁉」
「ともかく、やってくれマスよね?」
室長にガシッと両肩を掴まれる。また有無を言わせぬゴッドスマイルだ。それでもあたしはなんとか拒絶の言葉を搾り出す。
「や、やだ!」
「わがまま言うんじゃありマセン」
「わがままじゃないもん、普通は囮なんて誰もが嫌がるはずだもん!」
「お願いしマスよ、翡翠クンにしか出来ないんデスから」
室長はあたしの耳元であたしにだけ聞こえるような声で囁いた。
「え……」
今までの強制感溢れるゴッドスマイルから打って変わり、不意をつく懇願するような声に戸惑う。
あたしが囮をどうしてもやらないと言えば、室長が困るのだろうか。なんでも一人で思い通りに事を運べそうな室長が、わざわざあたしにお願いしている。あたしは今、求められているのか。
そう思うと、嫌だとは言えなくなった。
「もし、囮を引き受けてくれるなら、菘の生写真を差し上げマスから」
「やります!」
あたしは即答していた。最後の一押しが決定打だった。スズ兄の生写真なんて、どんな事をしてでも手に入れてみせる。
室長は満足そうに「ありがとうございマス」と言って、写真を一枚あたしに手渡した。あたしがそれを受け取って写真を見ようとした瞬間、誰かにおもいっきり肩を掴まれて、引っ張られる。
「わっ!」
「ちょっと、いつまでくっついてんのよ!」
肩を掴んだのは石田さんだった。どうやら、あたしと室長が二人でコソコソ話していたのが気に食わなかったらしい。
「いったいなー」
あたしは掴まれた肩を摩りながら、軽く石田さんを睨みつける。女の子の指は細いが、それはそれで掴まれると食い込むように痛いのだ。
「石田サン、この人がアナタの囮をして下さるので、ストーカーは今日必ず捕まえてみせマスよ」
室長がそう言うと、石田さんは嬉しそうに「キャー、ホント⁉ 嬉しー!」と、はしゃいだ。
あたしはそんなことより、室長にもらったスズ兄の生写真を見るのが楽しみで仕方がない。
「では、石田サンはストーカーに気づかれないように、コレに変装して下サイ」
そう言って、室長は石田さんに制服と黒髪のカツラを差し出した。石田さんはそれを受け取り、室長に言われた通りに、「なんでも」を出た隣のまた隣の空き部屋へ着替えに行った。
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