第3話 変質者の捕まえ方 4



 日も沈んだ夕方六時半。辺りはすっかり暗くなってしまっている。


「そういえば、室長、今日はジリヒンジャーの再放送じゃないんですか?」


「仕方ないデス。今日は家に帰ってから録画を見て我慢しマス」


 室長は本当にちょっと悔しそうな顔をして言った。


「好きですね~、ジリヒンジャー」


 呆れた声で言ったあたしは、まさか自分も今日ジリヒンジャーの録画予約をしてきたなんて言えるわけもなかった。ジリヒンジャーは正直くだらないけど、なんかはまってしまう。人を惹きつける何かを持っている。


「ジリヒンジャーは私を惹きつける何かを持っていマス」


 室長はそう言って、今日当たったらしいジリヒンジャーブラックのフィギュアを大事そうに見つめる。「これ、レアなんデスよ」というセリフを、もう十回は聞いた。


「これ、レアなんデスよ」


 はい、十一回目。


「フィギュアはいいから、ちゃんとスズ姉が襲われないように見張ってくださいよ!」


「はいはい」


 今、あたしと室長は、夜道をひとりで帰っているスズ姉を陰ながら警護していた。


「そういえば室長、今日は石田さんを送ってあげなくて良かったんですか?」


「ああ、今日は三笠ちゃんが代わりに送ってくれてマス」


「はっ! そういえば、青木先輩いなかった」


 言われてはじめて青木先輩の不在に気がついた。青木先輩は喋らないから、時々居るのか居ないのか分からなくなる。


「ていうか、いいんですか?」


「何がデス?」


 室長はうっとりとジリヒンジャーブラックのフィギュアを眺めている。


「何がって……」


 今の状況を客観的に見ると、なんかいろいろアレだ。


 室長は石田さんと付き合っている。でも、今室長は石田さんを送らずにあたしと二人きり。その上、石田さんは男の子に扮した青木先輩が送っている。石田さんは青木先輩にも気があるようだった。でも青木先輩は、本当は女の子で室長といつも一緒に居る。


「あれ、青木先輩に送らせたって言ってましたけど、青木先輩が帰りに一人になって危なくないですか?」


「え? ああ、大丈夫デスよ。男の格好してマスし」


「でも、女の子なのに」


「三笠ちゃんはああ見えても強いんデス。その気になったら目からビームとか出マス」


「うそ⁉」


「嘘デス」


 あたしの怒りの鉄拳はまたしても避けられた。室長には後頭部にも目が付いているのかもしれない。


「不審者、現れませんね」


 むしろ自分達が不審者に思えてきた。住宅街を物陰に隠れながらコソコソ歩いているのは当然ながらあたし達ぐらいしかいない。暗くて目立たないとはいえ、もし近隣住民の方に見つかったら通報されてしまってもおかしくはない。


「被害者から聞いた話では、時間帯的にそろそろ現れてもいい頃合なんデスがね」


 室長はフィギュアをしまって、スズ姉の周囲を見回した。


「……居マスね」


「ええ、スズ姉は無事にあそこに居ますよ」


「菘ではなくて不審者デスよ」


「ええ⁉ ど、何処ドコ⁉」


 慌ててスズ姉の周りを見回した。どこにも人影がない。どこだ、どこにいるんだ。スズ姉を付け狙おうなんて不貞な輩はあたしが許さない。


「ちょっと、不審者に気づかれマス。大人しくして下サイ」


 道路の真ん中に出て辺りを見回すあたしを、室長が住宅の塀の陰に引き戻す。


「スズ姉の一大事です! 早く変質者からスズ姉を助けないと!」


「まだ変質者と分かったわけじゃないデショ。ちょっと落ち着きなサイ」


 スズ姉のもとへ駆けつけようと暴れもがいていたあたしは、室長に肩を掴まれてあっさりと塀に背中を押し付けられてしまった。これでは身動きが取れない。


「放して下さい、室長! 今ここであたしが叫んだら絶対室長が変質者だと思われること間違いなしですよ!」


「そんなことしたら、本当に何かしマスよ」


 室長はゴッドスマイルで言った。怖い。何かって何だ。何されるの。


「すいませんでした。もう叫ばないし暴れないから放して下さい」


 あたしは有無を言わせぬゴッドスマイルに怖気づいて、すぐに頭を下げて引き下がった。


「いい子デスね」


 室長は笑ってあたしの肩から手を離す。何コレ。なんか調教されている犬の気分だ。まずい。その内あたしも青木先輩みたいに室長と主従関係になってしまうのでは。


「うわああああ!」


 静かだった住宅街に突然響いた叫び声。驚いて顔を上げると、室長は既にスズ姉がいる方向へ走り出していた。


「あ、待って!」


 あたしも慌てて後を追いかける。スズ姉、どうか無事でいて。


「スズ姉!」


 街灯の灯りに照らされて佇む二つの影。一つは室長で、もう一つはスズ姉だった。


「スズ姉、無事⁉」


「大丈夫よ。一本で仕留めたから」


 スズ姉は、ほんわかお花が飛ぶような満面の笑みを浮かべて言った。その手には地面に倒れ付す変質者であろう男の腕が握られている。


「さすがは菘デスね。出来れば、菘が仕留める前に事情聴取したかったんデスけど」


「そうだったの? 先に言ってくれてればもうちょっと手加減したのに」


 スズ姉の足元にいる変質者はすっかり伸びてしまっている。スズ姉の華麗な一本背負いをモロに食らったのだろう。スズ姉かっこいい。


「まあ、構いマセン。証拠は探せば出てくるデショ」


 室長は言いながら、倒れた男の懐を探り、財布と手帳と超薄型のデジタルカメラを取り出した。さらに、財布から男の免許証を取り出し、手帳をパラパラとめくり、デジタルカメラを少し操作する。


「身分証明あり。手帳には女子生徒数名分の外見的特徴と下校時刻を記したメモあり。デジカメには女子生徒の写真あり。完璧に証拠も揃ってマスね。素晴らしい犯人デス」


 満足そうに微笑む室長とスズ姉。本当に、この二人に敵う人なんていないのではないかと思えてしまう。


「では、警察まで連行しマショウか」


「そうね」


 スズ姉はその外見からは想像もつかないような腕力で気絶している変質者を抱え起こし、肩を貸すような形で固定した。スズ姉はスズ兄で、男だからそれくらい出来て当然なのかもしれないが、今は女の子にしか見えないので、違和感のある光景だ。


「どうしたの?」


 呆然とスズ姉を見つめていたあたしに気づいたスズ姉が、変質者を担いだまま首を傾げる。


「う、ううん。スズ姉が無事でよかったなって」


「だから、大丈夫って言ったでしょ?」


 スズ姉は街灯の下でにっこり微笑んだ。街灯よりも明るく夜道を照らせそうな笑顔だ。


「ちゃんと囮作戦が成功してよかった。これで翡翠が変質者に狙われるような事もないね」


 どうしてこうもスズ姉は優しいのだろう。この優しさを室長にもほんの少し分けてあげてほしい。


 あたしはスズ姉の言葉に感激してから、室長を横目で見た。室長は変質者が持っていたデジタルカメラの画面を見ながら「なるほど……」と呟いている。


「なにが『なるほど』なんですか?」


「いや、写真に写っている女子生徒、本当に可愛いなーと」


「変態!」


 あたしは室長からデジタルカメラを取り上げた。この男は……。変質者の撮った隠し撮り写真を楽しもうなんて、本当に変態だ。


「この人、かなりの美少女趣味デスね」


 室長はスズ姉の肩に寄りかかってぐったりしている変質者の顔を覗きこみながら言う。


 どうせあたしは変質者に狙われるような美少女じゃありませんよ。


「やだわ、美少女だなんて」


 スズ姉が左頬に左手を当てて冗談っぽく言った。あたしがそんなことを言ったら、確実に「あなたのことじゃありマセンよ」と鼻で笑うはずの室長は、何も突っ込まずにスズ姉の冗談に笑った。


 そんな様子の二人を見ていると、並んだ二人はまさに美男美女。スズ姉の肩に変質者が寄りかかっていることを除けば、誰が見てもお似合いだと言うこと間違いなしだろう。スズ姉がスズ兄でなければ、あたしだってこんなカップルなら目の保養になるな、と思うくらいだ。


 室長と石田さんが並んでいるよりずっと絵になっている。


 そういえば、これで変質者は捕まったし、石田さんの悩みも解決したわけだ。そうなると、石田さんと室長が一緒に帰る理由も特になくなるわけだが、一体どうするのだろう。


 そんな事を少し考えてから、あたしは頭を振った。どうしてあたしが室長と石田さんの仲について考える必要があるんだ。


 あたしはスズ姉と室長が仲良さげに話している様子を見て、なんだかもやもやした。


「ほら! 早く交番行きましょ!」


 もやもやを消し飛ばすように大きな声を出す。あたしはスズ姉と室長の間に割って入ると、スズ姉の左手を引いて歩き出した。


 もやもやの原因は自分でもよくわからなかったが、きっと、可愛いスズ姉を変態美少女趣味の室長なんかの隣に置いておきたくなかったのだろう。もしくは、いくら美男美女といえど、仲の良さそうなカップルを見ているのはなんか気に障ってしまう、恋人いない歴イコール年齢の悲しいサガだろう。


 兎にも角にも、連日星塚町を騒がせた変質者は逮捕され、あたしは明日から石田さんと室長が一緒に帰る姿を見ないで済む事を祈るのだった。



第3話 変質者の捕まえ方 (完)



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


第3話まで読んでくださり、ありがとうございます!

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明日も第4話更新予定です。

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