第3話 変質者の捕まえ方 2



「えェ~? じゃあ、ばれないようにしっかり変装しなきゃァ~」


 相談室で室長と向かい合って話していた人物は、クラスメイトの滝川さんだった。いつも女子四人グループで行動していて、とにかくおそろいが大好きな子だ。携帯電話のストラップも、カーディガンもスカートの丈の長さも、靴下もその四人グループは皆一緒だ。


 そんな彼女が単体でいるのを見たのは初めてだった。いつもはご飯の時も、体育の時も、移動教室の時も、休み時間もトイレも、必ず四人で行動しているみたいだったから。


「ばれないような変装って……」


 あたしは少し考えてから、石田さんのことを思い出した。


「そうだ、化粧すればばれないかも!」


 化粧道具を出してきて、付けまつげの上からマスカラを塗りたくり、アイラインとアイシャドウも濃く入れた。こういう時に、家が美容院でよかったと思う。ウチの美容院はメイクもしているから、時々母親にメイクの練習台にもさせられる。その時にメイクの仕方を大体覚えていたのだ。


 鏡を見ると、もはやあたしの面影は無く、見事なギャル顔が出来上がっていた。瞬きをするとまつげがバシバシ音を立てそうだ。


 制服もボタンを第二ボタンまで開けて、リボンの長さを調節して緩める。スカートは膝上十五センチと座ったらえらい事になりそうな短さまで折り上げた。仕上げに茶髪のウィッグを被る。


「出来た!」


 鏡で全身をチェックする。なんだか、石田さんを想像しながら変装したせいか本当に石田さんみたいになってしまった。


「まあ、いいや。とりあえずコレならばれないでしょ」


 あたしはそろっと戸を開けて「なんでも」に入った。


「あ、あれ? 滝川さんがいない」


 そこにはお茶を飲んでいる室長とその横でティーポットを持って立っている青木先輩しかいなかった。


「彼女ならもう帰りマシタよ」


 室長は素っ気無い声であたしの方を振り向かずに言う。変装するのに時間がかかりすぎてしまったせいで、もう相談は終わってしまったらしい。


 なんだか床が小刻みに振動しているような気がする。もしかして、と室長の足元を注意深く見てみると、目にも留まらぬ速さで貧乏ゆすりが繰り出されていた。あそこが震源地か。


「遅くなってすいません。相談者が来てるって言うから変装してて」


 あたしは言いながら、室長の目の前にバナナとお菓子の入ったエコバッグをどさりと置く。


「あー、やっと来マシタ。バナナが来マシタ」


「あたしじゃなくてバナナかよ」


「もうちょっと遅かったら死んじゃうとこデシタよ」


 室長は素早くバナナの皮をむくと、ぱくりと一口食べて、「生き返りマスー」と幸せそうな顔をした。


「そんな死活問題なんだ、バナナ」


「死活問題デスよ、バナナ」


「そんなにバナナが好きならもうこの部屋にバナナの木でも植えたらどうですか?」


「それはいい考えデスね」


「あれ、冗談で言ったのにな。本気でやるつもりなのかな、コレ」


 二本目のバナナに手を出しながら、室長は真剣にバナナを育てる算段をし始めている。余計なこと言うんじゃなかった。来週にはもしかしたら西館はバナナハウスになっているかもしれない。


「それより、さっきの人は何の相談に来ていたんですか?」


「ああ。彼女、このところ不審者に後をつけられているようデス」


「ええ! 不審者⁉」


 そういえば、朝のホームルームでも担任の川口先生が、星塚町で変質者が出没する事件が何件か起こっているから注意するように、と言っていた。


「最近、多いみたいですね、そういうの」


「まあ、季節の変わり目デスからねー。変な人が出てくる時期デス。翡翠クンも気をつけた方がいいデスよー」


「やだなー室長、あたしが変質者に狙われそうに見えますかー?」


「それもそうデスね」


「いや、そこは否定しろよ」


 失礼極まりない室長の脳天に拳骨を浴びせようとするも、あっさりかわされてしまう。行き場の無い拳がふるふると怒りに震える。


「それより、今日の変装はどうしたんデスか。なんで、そんなに気合入ってるんデス?」


 二発目の拳骨も軽くかわした室長は、三本目のバナナの皮をむきながらあたしの格好を見た。


「さっきの人、クラスメイトだったからばれないようにと思いまして」


「化粧濃いとホント、誰だか分かりマセンね。化粧臭いし」

「バナナ臭い人に言われたくねーよ」


「スカートも短すぎるし、そんなんじゃ走れマセンよ」


「走らねーよ。つーか、なんなんですか、人の格好をあーだこーだと、あんたはあたしの彼氏か」


 室長は少しの間無言であたしを見つめてから、目を逸らしてフッと鼻で笑った。


「ご冗談を」


「あーもう、いちいちムカつくなあ! 冗談に決まってるでしょ!」


「談笑中悪いけど、また相談者さんが来たみたいだよ」


「佐藤さん、これ談笑じゃないからね」


「そうよォ~、二人はじゃれあってるのよォ~」


「田中さん、じゃれあってもないからね」


 部屋の戸をすり抜けて佐藤さんと田中さんが、相談者が来るのを先触れしてくれる。


 コンコンとノックの音がした。いつものように青木先輩が戸を開ける。


「うわ!」


 入ってきた人は、戸を開けたすぐ横に青木先輩がいるのに驚いて声を上げた。どこかで聞いた事のある女の子の声だ。


「え、何⁉ 超かっこいいんだけど! ヤバイ、生徒会長レベルなんだけど!」


 その人は青木先輩の顔を失礼なくらいまじまじと眺め、テンションを高くしていた。


「あなた何年生? 何組? かっこいいね、彼女とかいる感じ~?」


 青木先輩に詰め寄って質問攻めをする茶髪女子。スカートが短い。アイメイクがハンパ無い。あれ、この顔どこかで見た気がする。


「あー!」


 あたしは自分の大声に自分で驚き、慌てて両手で口を塞いだ。この人、同じクラスの石田さんだ。なに、この一年一組率の高さ。今この部屋で一年一組じゃないの青木先輩だけだよ。


「何? 誰、あんた」


 石田さんがあたしに気づいてこっちをじろじろ見てくる。やばい。目が怖い。めっちゃメンチ切ってくる。ばれるばれる。あ、でも今は化粧してるし、ばれないかな。


「化粧濃ゆっ!」


「あんたに言われたくねーよ」


 しまった。つい思ったことが口から。石田さんが「ああ?」とキレ口調で首をかしげる。怖い、やばい、怖い。どうしよう、コレ、どうしよう。


「一年一組出席番号五番、石田加奈サン。得意科目は生物で苦手科目は現国。入試での現国の点数は三十二点。アルバイト先は駅前のコンビニ、デスね」


「ちょっ! 何⁉ なんなの⁉」


 室長の言葉を聞いた石田さんが目を見開いて室長に詰め寄る。


「何ここ、美術館⁉」


「そっち⁉ 気持ちは分かるけども!」


 石田さんは美術品と見紛う程の室長の美しさに目を輝かせていた。室長が自分の素性を言い当てた事よりも室長の美しさの方がはるかに驚きを上回ったらしい。


「超イケメンなんですけどー!」


 その人、あなたがキモイって言っていた鈴木忍本人なんですけどー。


 まあ、鈴木忍と室長が同一人物であると気づく人はまずいないだろう。あたしなんて、その事を知った後でもしばらくは疑っていた。変装部屋で室長が鈴木忍になる姿をこの目で確かめるまで信じきれなかったくらいだ。


 とにかく、石田さんは人の外見が気になって仕方がないらしい。室長が鈴木忍だなんて思ってもいない彼女はキラキラ瞳を輝かせて室長の前の席に自分から座った。


「あのー、お兄さんはここで何してるんですか~?」


「ここを訪れた人の悩み相談に乗っていマス」


 室長はいつものゴッドスマイルで石田さんのキラキラ光線を迎え撃つ。


「キャー! じゃーあー、加奈のお願い聞いてくれますぅ~?」


 ここはお願いじゃなくて悩みを聞くところだって、今言ったところなんですけど。すごい解釈だ。なるほど、さすがは現国三十二点。


 さっきまであたしに凄んできていたあの人は何処へ行ってしまったんだろう、というほどに、石田さんはぶりっ子に変貌していた。


「ええ、もちろんデスよ。なんでも思うように悩みを打ち明けて下サイ」


 さりげなくお願いではなく悩みを打ち明けるように促す室長。変わらず笑顔だ。


「キャー! なんでもいいなんて、どうしよっかな~加奈どうしよっかな~」


 どうしようかなって、お願いじゃないからね。打ち明けるのは悩みだからね。


 石田さんはイケメン以外には怖いので、あたしは極力口を出さないようにする。触らぬ神に祟りなし。口は災いの元。


「じゃーあー、加奈と~付き合ってくれますかぁ~?」


 出た。お願いサーブ来た。これに、室長は一体どう答えるのか。


「意外デスねー、石田サン彼氏いらっしゃらないんデスか?」


 会話は成り立たせつつも、あくまで返事はしない。笑顔で鮮やかなレシーブだ。


「えー、そんな事どーでもよくなーい?」


 どうでもよくはないだろう。なんですか、石田さん的には彼氏なんて複数いるのが普通なんですか。


「そうデスね、どうでもいいデスねー。では、何故石田サンは彼氏が欲しいんデスか?」


「えー、それは~、なんかかっこいい人と一緒に歩きたいっていうか~」


 うわー、直球来た。というか、ストレートすぎる。正直なところ過ぎるよ、石田さん。バカだ。あたしが言えた事じゃないかもしれないけど、めっちゃ頭弱いよ、この人。


「なんで一緒に歩きたいんデスかー?」


「だって、なんか最近よくわかんないけど、つけられてる? みたいな~」


「え⁉ つけられてるの? 誰に?」


 もしかして、例の不審者だろうか。


「わかんないけど~。バイトとか学校帰りに、絶対誰かいんの! もう、一週間くらい前からだし。ノイローゼになっちゃう~」


「それは困りマシタね」


「でしょー! だから、怖くて一人で帰れないの。ねえ、付き合ってよ~」


「ええ、いいデスよ」


「ええ⁉」


「マジで⁉ やったー、超ラッキーなんですけど!」


 いやいや、超びっくりなんですけど。付き合っちゃうの? え、付き合っちゃうの?


「では、家までお送りしマス」


「キャー! 嬉しー!」


 石田さんは大はしゃぎで椅子から立ち上がる。室長も立ち上がり、平然と二人で「なんでも」の部屋から出て行ってしまった。


「え、うそ。何コレ、何コレ」


 あたしは二人が出て行った後の「なんでも」に取り残され、何とも言えない気分を味わったのだった。



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