第3話 変質者の捕まえ方 1
第三話 変質者の捕まえ方
「(今週も)ジッリヒンジャー! (先週も)ジッリヒンジャー! (来週も)ジッリヒンジャー!」
北館正面を通り抜けて西館へ向かいながら、思わずジリヒンジャーのオープニング曲を口ずさんでいるあたし。しかも、合の手まで自分で入れてしまうという覚えようだ。
それもこれも、ここ数週間ずっと「なんでも悩み相談室」が暇で、毎日毎日放課後に室長が持ってきたジリヒンジャーのDVDを見ていたせいである。
あたしはなんだかんだで、すっかり「なんでも(以下略)」に入り浸るようになっていた。
「世ぉにはっびこーる悪人どもをぉ~、今日~も倒すぜ、ジリヒーンレッド! ひっさーつ、赤字の鉄け~ん!」
リズムを取るために前後に揺れる、バナナとお菓子の入ったエコバッグ。毎日スーパーに行くので、あたしは買出し専用にエコバッグを二つ買った。これなら環境にも優しい。そして、ビニール袋の取っ手のように手に食い込まないから、あたしにも優しい。
「倒したあっとのー集金タイム~、こ~れが生きがい、ジリヒーンイエロー! かいしゅー、お金ハリケーン!」
ジリヒンジャーの歌は一度聞くとやたらと耳に付く。いつもいつも頭の中で流れ続ける。あたしはこれをジリヒンシンドロームと呼んでいる。この病気は授業中だろうがテスト中だろうが構わずやってくる。そして、今もあたしの中で病気が進行中なわけだ。どうせ頭の中で流れているのなら、いっそ歌ってしまえ、というわけで歌っている。
最初は鼻歌だったはずが、だんだんノってきて今やフルコーラスだ。
「金ぇの切っれ目がぁえーんの切れ目~、さいならレッド、ジリヒーンピンク! 絶えーん、ルージュの伝ごーん!」
西館のドアをいつものように足で蹴り開け、薄暗い廊下を歌いながら突き進む。
「ホーントは缶詰フードが食べたーい、びーん乏だから、ジリヒーンブルー! こー物、かつお節ごはーん!」
あとはブラックのところを歌って、サビを二回繰り返せば終わりだという所で、突然目の前に生首が現れた。
「んぎゃあああ!」
「翡翠ちゃん、しィーっ!」
「び、びびびっくりしたなあ! 田中さん、その現れ方やめてって何回も言ってるじゃん」
「ごめんねェ~、でも、今相談者さん来てるからァ~、翡翠ちゃんがそのまま入らないように止めようと思ったのよォ~」
「え、今日は誰か来てるの? 珍しい」
四月のニシキヘビ事件以来、もう五月の半ばである今日まで「なんでも」には相談者が一人も来ていなかったのだ。
「二人目の相談者だ~」
「ちょ、ちょっと待ってよォ、翡翠ちゃ~ん」
「そうだよ、変装しないと」
「ひゃあああ!」
相談室に入ろうとしたあたしの前に、今度は佐藤さんの生首が現れた。
「も、もう、心臓止まりそうになるから、ホントやめて……」
驚きのあまり床にへたり込み、バクバク鳴り響く心臓を押さえた。
「ごめんよ。でも、ちゃんと変装してから入ってもらわないと困るよ」
「そうそれ!」
あたしは佐藤さんの生首を指差し、疑問を突きつける。
「ずっと思ってたんだけど、なんでわざわざ変装する必要があるの?」
「なんでって……」
「室長さんが決めたルールだしねェ~」
言いながら生首の二人はお互いに目を合わせる。
「ていうか、怖いから早く首戻して」
「ああ、ごめんごめん」
佐藤さんと田中さんは、宙を漂っていた相変わらずちょっと血で汚れた身体と頭を合体させた。
「とにかく、こっちから入ってもらえるかい。ここからも変装部屋に行けるから」
佐藤さんは「なんでも」の一つ手前の部屋を指差した。
「ああ、その部屋と相談室が中の戸で繋がってたんだ~」
「なんでも」の相談室は西館の一番北側奥の行き止まりの部屋である。そこに向かって入り口から廊下が続いていて、相談室に向かって右側が窓、左側に三つの教室がある。そのうちの一番奥の教室が、相談室と戸を挟んで繋がっている変装部屋になっていたのである。今までずっと相談室の戸を使っていたから気づかなかった。
「そういうことォ~。さ、早く着替えて着替えてェ~」
「えー、だから何のための変装なの~?」
「ん~もォ、翡翠ちゃんって気になったらしつこいんだからァ~」
「そうだね。じゃあ、翡翠さんならクラスメイトで顔は知っているけど別に友達じゃないっていう人に相談できるかい?」
「え」
たとえば、隣の席の石田さんに相談事が出来るだろうか。
石田さんは明るくて可愛いクラスのムードメーカー的存在だ。髪を茶色に染めていて、いつもバッチリメイクをしている。付けまつげにアイシャドウも濃くて、目がとっても大きく見える。たまにメイクをしていないと本気で誰だかわからないときがある。背はあんまり高くなくて華奢だ。男子にモテるらしく、男友達も多いみたい。石田さんはいつもたくさんの友達に囲まれている。かなり羨ましい。
そういえば、一度だけスズ兄のことを聞かれたことがあった。「知り合いなの?」とか、「紹介してよ」とか言われたけど、ちょっと怖くてあたしがあんまり話せずにいると、「もういい」と言って去っていってしまった。あと、教室で結構大きい声で「鈴木ってキモイよねー」と言っているのを聞いた。たしかに、鈴木忍はキモイけど、そんな大きな声で言わなくても、と思った記憶がある。
そんな石田さんにあたしが相談なんて……。
「ムリ」
すぐ答えにたどり着いた。どう考えてもそんな人に自分のことをいきなり相談なんて出来ない。
「そういうことだよ」
「うーん。分かったような、分からないような」
「つまりはァ、相談しやすい環境を作るためってことよォ~」
「相談しやすい環境って?」
「じゃあ、翡翠さんならどういう所でどういう人に相談したいと思う?」
「えーと」
あたしは自分がもし相談するなら、と考えを巡らせる。
「人の少ない静かな場所で、秘密をばらさないような人になら」
「そういうことだよ」
「うーん。分かったような、分からないような」
「つまりはァ、滅多に人が来ない西館っていう場所で、相談者さん本人と直接関係がない人間だったら、秘密をばらすメリットが無いからばらされる心配がないでしょォ~?」
「まあ、確かに」
「友達や知人に知られたくない悩みを持っていたり、友達や知人にはなかなか相談できない人もたくさんいるんだよ」
「だからァ、『なんでも悩み相談室』で相談を受けるときはァ、その人が知るはずも無い、この世界に存在しない架空の人物でいないといけないわけよォ~。まあ、相談者さんは秘密の相談事を『王様の耳はロバの耳ー!』って、『なんでも悩み相談室』という井戸の中に叫ぶようなものねェ~」
「田中、その話は井戸を伝わって結局秘密事がばれてしまうよ」
「あら、そうだったかしらァ~」
「まあ、『王様の耳はロバの耳』の話を借りて言うなら、秘密をばらしてしまう地下で繋がった町中の井戸は、『なんでも』に出入りしている翡翠さんや菘君になるだろうね」
「ええ⁉ ば、ばらさないよ! あたしそんなにお喋りじゃないもん」
というか、ばらすような友達もいないし。
「そんなこと分かってるわよォ~」
一瞬、友達がいない事を分かられているのかと思ってしまった。
「翡翠さんと菘君を信用しているから、室長さんも二人をここにおいているんだよ」
「ちなみに、私たちは幽霊だからァ~現世の悩みなんて特に興味ないしねェ~」
「なるほど。ちょっと分かった」
「はい、よく出来ましたァ~。じゃあ早く着替えましょうねェ~」
「でもちょっと待って」
あたしが「質問です」と挙手すると、田中さんと佐藤さんはあからさまに「まだ聞くの?」という呆れた顔をした。でも、そんなの気にしない。分からない事がある方が気になる。そして、この「なんでも」には一ヶ月以上いてもまだ分からないことだらけなのだ。
「いくらここが秘密のばれない井戸でも、そう簡単に相談するかな?」
「じゃあ、翡翠さんなら」
「もう! そのくだりめんどくさいのよォ! 簡単に言っちゃうとォ~、占い師と同じよォ!」
「占い?」
「そう、占いと相談はよく似ていると思わないかい?」
「うん、まあ、似てるかも」
あたしは今まで占いなんてしてもらったことは無い。だが、テレビ番組でよく占い師が占っている場面を見ると、ほとんど人生相談みたいになっている。
「占い師は基本的に依頼者と直接的な関係は無いし、信用を重視する職業上、守秘義務があるようなもの。秘密のばれない井戸なわけだよね」
「うん」
「その井戸に依頼者は占いという人生相談をするわけだけど、それは何故だか分かるかい?」
「え、そりゃ、占ってもらうために来てるわけだしね」
「そう、その占い師が何か解決策を占ってくれる特別な能力を持っている、という信用をもとに相談するんだ。じゃあ、翡翠さんなら、どういう占い師を信用する?」
「うーん。まずその占い師が知るはずのないことを言い当てたりしたら、信じちゃうかもな~」
「そういうことだよ」
佐藤さんはにっこり笑って言った。
あたしは、聖徳さんやあたしと初めて会った時に室長が言った言葉を思い出した。そう、あの時室長は初対面のはずのあたし達の素性を言い当てた。
「たしかに! あーいうこと言われると、この人は只者じゃないって思っちゃうもんな~」
占い師みたいに特別な能力を持っている人だと感じた。その外見の美しさも影響してか、室長はどうもこの世のものとは思えないときがたまにある。何でも知っていて、何でも解決してくれそうな気がするのだ。
「それに騙されて相談者はほいほい口を割るわけね」
「うん、言い方は悪いけどそういうことだね」
「もォ~、わかったァ? 今日はもう質問禁止だからねェ! 早く着替えて着替えてェ~」
「あ、ちょっと待って。どんな人が相談に来てるのか見させて」
あたしは佐藤さんと田中さんを避け、「なんでも」の相談室に繋がる戸をほんの少しだけ開けて、中を覗き見た。そして、戸の向こうにいた人物にあたしは驚いて思わず声を出しそうになり、慌てて戸を閉める。
「どうしたのォ~?」
「く、クラスメイトの女の子がいた!」
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