第2話 迷子のポチの探し方 4



「なあにが、『危ない目には遭わせマセンから』ですか! めっちゃ危なかったんですけど! 危うく餌になるトコだったんですけどォ!」


「はいはい、スイマセンデシタ。アナタがびびって逃げ出すという可能性を頭に入れていなかった私の責任デス」


「ちょっと何それ! さりげなく、逃げたあたしが悪いみたいな言い方! 普通あんな状況逃げ出すに決まってるでしょーが! つーか、バナナ食うなー!」


 怒りに震えるあたしを軽くあしらってバナナの皮をむき始める室長。あたしは室長が手に持っていたバナナを叩き落とした。その瞬間、よほどショックだったのか室長の動きが止まる。バナナ落としは室長に百のダメージを与えた。


 聖徳さんも帰り、スズ兄の部活も終わり、あたし達はとりあえず変装をとくために「なんでも」に戻っていた。


「まあまあ、翡翠。結局は無事だったんだからいいじゃないか」


 スズ兄は新しいバナナを室長の手に渡しながら言った。室長は嬉しそうにまた皮をむき始める。バナナを与えた。室長は百回復した。


「なんでそっちを庇うの? スズ兄だって危ないところだったのに!」


「うーん。でもまあ、結局は忍のおかげで助かったわけだしな」


「うっ」


 あたしはスズ兄の言葉で、先ほどの室長と青木先輩のニシキヘビ捕獲劇を思い返す。


「ていうか、なんで素手でニシキヘビなんか捕まえられるんですか⁉ やっぱりおかしいよこの人達!」


「私と三笠ちゃんに出来ないことなんてありマセンから」


 室長はバナナにかぶりついてから、幸せそうな顔をした。


「まあ、それはそうとして、翡翠クンもなかなか良い走りっぷりデシタね」


「そりゃ、デッドオアアライブでしたからね」


「これからの買出しも、あれくらいのスピードで、お願いしマスね」


 室長はそう言ってにっこり微笑んだ。天使のように可愛らしいとあたし以外の誰もが思うような微笑で。


「もう絶っ対に、こんなとこ辞めてやるー!」





 夕方五時半。空は綺麗な茜色に染まっていて、学校前の坂道からは沈んでいく夕日がはっきり見えた。


「でもよかった」


「え?」


 隣を歩いていたスズ兄は、夕日を眺めながら突然言った。


「翡翠と忍が仲良くやってるみたいでさ」


「いや、仲良くは……」


 あたしはついさっき、「なんでも」で辞める宣言してからスズ兄の手を引っ張り、西館を出てきたことを思い出す。


 あたしと室長は、スズ兄が思っているような仲良しな関係では決して無いと思う。


 室長のことは、好きか嫌いかと聞かれれば、即答で大嫌いだ。正直今のところ、もう二度とあんな奴の顔は拝みたくないと思

っている。


「忍もお前の事気に入ったみたいだし、翡翠ももう辞めるなんて言わずに、仲良くしてやってくれよな」


「…………」


 スズ兄はそう言ってあたしに微笑むと、友達と喧嘩した子供に言い聞かせるみたいに頭を撫でた。


「あの人は、スズ兄の何なの……?」


 今回ばかりはさすがに素直に頷けず、あたしはスズ兄から目を逸らして言った。


「親友」


 スズ兄は夕日を見ながら呟くように言う。


「って、俺は思ってるけどなー」


 と言って自分の頭をかくスズ兄。なんだかちょっと照れているようにも、寂しそうにも見えた。


「そういえば、なんでスズ兄と室長は仲良いの? 室長が鈴木忍なら、一年生で学年も違うのに」


「ああ、あいつダブってるから」


「は?」


 あたしは目を丸くした。口が「は」の形のまま固まる。ダブってるって。


「ってことは、室長って本当だったら二年生⁉」


「そう。去年は俺と同じクラスだった」


 あれが年上。納得がいくようないかないような。しかも、一年生にして留年してるって。もう何コレ。何のどっきり。


 でも、それならスズ兄と既に知り合いだったことにも説明がつく。


「室長、頭悪いんだ」


「いや、むしろ頭は良いよ。俺よりずっと」


「ええ? スズ兄より⁉ うそだ! じゃあ、なんでダブってるの?」


「あいつ、学校来ないからさ」


 スズ兄は呆れたように溜め息を溢す。そういえば、鈴木忍に電話をかけたときも、「まだ来てないのか」って呆れた顔をしていたっけ。


「そういや今もあんまり教室にいないもんね。来ても絶対お昼からだし。それも週三回来ればいいところ……なんで学校来ないのかな」


「さあ、なんでだろうな。本人は起きられないだけだって言ってるけど、起きてても来ないときは来ないからなー」


 そう言って鞄を肩にかけ直すスズ兄の顔は、少し心配そうだ。


「学校面白くねーのかな」


「そ、そんなことないよ、きっと!」


 スズ兄の顔があまりにもしょんぼりして見えたから、あたしは耐えられずに拳を上に突き出して言った。


「スズ兄っていう親友もいるのに、楽しくないわけないじゃん!」


「どうかな。案外親友だって思ってるのは俺だけかも」


「す、スズ兄が親友だって思ってるのに、あの人が思ってないなんてありえないよ!」


 ていうか、そんなのあたしが許さない。


 スズ兄は少し驚いたような顔をしてから俯いて、あたしの頭にポンッと手のひらを乗せた。それからゆっくりと顔を上げる。そのときの顔は夕日色を映し出したみたいで、はにかんだ笑いが浮かんでいた。


「ありがと」


 スズ兄はあたしに柔らかく微笑みかける。そう、スズ兄にはずっとその笑顔でいてほしいんだ。だから、悲しい顔をさせる奴は絶対許さない。


「あたし、やっぱり辞めないよ」


「え?」


「あの根性ひねくれた遅刻魔王を一年一組の教室に召喚する日まで……!」


 そんなこんなで、あたしはやっぱり魔の「なんでも悩み相談室」生活の続行を決めた。





 次の日のホームルーム後、あたしはまたスーパーまで走った。


 どの生徒よりも早く学校前の坂を駆け下りる。足を上げるごとにスカートが揺れ、持ち手をリュックみたいに両肩にかけたスクールバッグの中で物がガチャガチャと音を立てる。夏を前にした春の風が、髪をなびかせた。掻いた汗がすぐに風で乾かされて気持ちいい。


 昨日までより足が軽い。


 自分から行こうと思ったのは今日が初めてだからかもしれない。


 室長のことは正直まだムカついている。


 でも、スズ兄の親友だと思えば、仲良くしたいと思わないこともない。だって、あのスズ兄が親友にするくらいなんだから、悪い人間なわけがない。もし、悪い人間だったら、スズ兄をあいつから守らなくちゃいけないし。だから、あたしはあの人と仲良くなって、あの人のことをもっと知る必要があるんだ。


 あたしはスーパーまで休まずに走って、スーパーに着いたら迷わずに大量のバナナとジリヒンジャーのお菓子をカゴいっぱいに詰め込んだ。スーパーを出てからもビニール袋をガサガサ言わせながら、とにかく走って走って走った。


 ちらりと袋の中で揺れるバナナを見ると、室長の幸せそうな顔が浮かんだ。室長って、本当にバナナ大好きって顔でバナナを食べるよな。昨日までは憎たらしかった室長の笑顔が、なんだかちょっとだけ懐かしく思えてしまった。


「もう絶っ対に、こんなとこ辞めてやるー‼」


 昨日自分が言った言葉を思い出す。言った後ですぐに部屋を出たから、室長がその時どんな顔をしていたかも分からない。でも、きっと室長はもうあたしは来ないのだと思っているはずだ。そんなところへバナナを持ってあたしが現れたら、室長はどんな顔をするだろうか。


 学校前の心臓破りの坂はさすがにきつかった。息が上がる。速度も落ちる。汗も垂れる。ビニール袋の取っ手が手に食い込む。バナナは重い。


 それでも、行きたいと思った。室長が学校を面白く思うことでスズ兄が笑ってくれるのなら、あたしは全力で室長の学校生活を面白くしてやる。


「絶対、面白くしてやるからな! 待ってろ、鈴木忍ー!」


 あたしは歯を食いしばって、うおりゃあーっと坂を駆け上がった。


 校門をくぐり、少し息を整えてからまた西館に向けて走り出す。体育館前にあるロッカーで靴を上履きに履き替え、グラウンド側を通って西館へ向かう。あともう少しだ。西館はもう目の前。時間は三時二十四分。余裕の新記録更新だ。


「え⁉」


 突然、足元がぐらついた。なんだ、何事だ、と思っているうちに、地面が崩れ落ちる。


「ぬわあああ!」


 あたしは大きな穴に落ちて、泥だらけになった。バナナとお菓子が入った袋が半分潰れている。


「は? はあ⁉ 何コレ、何コレェ⁉」


 穴を塞いでいたベニヤ板が飛散し、上に乗っていた土がポロポロと落ちてくる。立ち上がろうとしたら、何やら底に敷いてあったらしい網に足が絡まる。


 目の前にある西館から、ガラリと窓の開く音がした。


「何やってるんデスか、翡翠クン」


 顔を出したのは室長だった。あたしの姿を見てちょっと吹き出して笑った。


「昨日の落とし穴ァ!」


 これぞオチってことで。また明日。





第2話 迷子のポチの探し方 (完)


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


第2話まで読んでくださりありがとうございます!

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男女二つの顔を持つ癒し系イケメンの菘を推してくださる方

変人チートなバナナ中毒ジリ貧オタク室長が気になってくださる方

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私の心が救われます……!

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