第1話 「なんでも悩み相談室」の入り方 4
「二人とも、中で室長さんがお待ち兼ねだよ」
「そうそう。室長さんも久しぶりに見たけどォ、相変わらずの美男子だったわァ~」
「室長さんって……」
まだ他にも変な人がいるというのか。もう勘弁して欲しい。
「お、ちゃんと来てるんだな」
スズ兄は嬉しそうに言うと、表札のかかったドアを三回ノックした。すると、すぐにドアが開いて男子生徒が出てきた。
「…………」
無言で無表情。どこかで見たことのあるような顔だが、はっきりと思い出せない。綺麗に整った顔立ちに、飴色の短い髪と同じ色の瞳。
「よう、青木。あいついる?」
スズ兄が言うと、その男子生徒は無言で肯いてあたし達を部屋に通した。青木。名前もどこかで聞いたことがあるような気がする。
教室の中に入っていくスズ兄の後を追って、あたしも教室の中に入る。入った直後、青木さんがドアを閉めた。
「遅いデスよ、菘。今何時だと思ってるんデスか」
部屋の奥から、よく透る綺麗な男の人の声が聞こえてきた。この声もどこかで聞いたことがあるような。
「はは、まさか遅刻魔のおまえに時間の事を言われるとは思わなかったな」
スズ兄は薄暗い部屋の蛍光灯のスイッチを手探りで探しながら言った。
「火曜日は夕方五時半から『ド貧乏戦隊ジリヒンジャー』の再放送があるんデス。さっさとしないと間に合わないデショ」
声が言い終わるのと、スズ兄が電気をつけたのが同時で、パッと部屋が明るくなる。明るくなった部屋の奥には、椅子に座って頬杖をつきながらバナナを食べている一人の男子生徒がいた。
一言で彼の印象を述べるとすれば、美人だ。艶のある黒髪に目鼻立ちの整った顔。柔らかい物腰からは気品が溢れ、陶器のように滑らかな白い肌に映える漆黒の瞳は、見る人が吸い込まれそうになるほど深くて澄んでいる。なにやらとっても高価な美術品でも見ているような気分になる。
「かっこいい」というよりは、「美しい」という言葉の方が似合うだろう。あたしが十五年間生きてきて、目にしたものの中で一番「美しいもの」かもしれない。
彼の耳に光る赤いピアスが更に彼の顔を華やかにさせる。
彼はカッターシャツのボタンを上から二番目まで開けたままで、ネクタイも締められていない上、ブレザーを着ずに黒いカーディガンを着ているだけのだらしないとも思える服装をしていた。だが、それすらも超高級なお召し物に見えてしまうから、彼自身が纏っているオーラの豪華さは尋常ではない。
「まだ三時半だろ。それより、こいつが前に言ってた俺の幼馴染だ」
これまで見たこともないような美人を目の前に緊張していたあたしは、スズ兄に背中を押されてつんのめるように一歩前に出た。
「あ、えっと、一年生の如月翡翠っていいます! えっと、その……」
「知ってマスよ」
「え?」
「一年一組、出席番号は十一番。誕生日は五月二十七日の双子座。血液型はO型。家族は父母妹の四人家族。両親が美容院を経営。自宅から学校までは徒歩で二十分ほど。入試の順位は後ろから一番目。大好きな幼馴染の高遠菘を追ってこの高校に入学、デショ」
「な、なんで⁉ しょ、初対面なのになんでそんな細かい情報まで⁉ ていうか、入試の順位なんてあたしも知らなかったのに」
そして、できれば知りたくなかった。本当に最下位だったのか。
「全校生徒の情報は全て頭に入っていマス。まあ、だからといって悪用するつもりもないのでご安心を」
「さすがだな。まだ一週間ちょっとしか経ってないのに、もう新入生の情報まで手に入れたのか」
「私と三笠ちゃんに出来ない事なんてありマセンから」
フッと笑うと真珠みたいな光沢を放つ白い歯が覗いた。一体、この人は何者なんだろう。
「申し遅れマシタね。私は『なんでも悩み相談室』の室長デス」
黒髪美形の男子生徒は優雅な仕草で椅子から立ち上がると、丁寧にお辞儀をした。あたしもつられてお辞儀をする。
「そして、アナタのクラスメイトでもある、鈴木忍と申しマス。よろしくお願いしマス」
「あ、こ、こちらこそよろしくって……ええええ⁉ 鈴木忍⁉ あ、あなたが⁉」
「はい」
いたずらっぽく微笑むその顔も悔しいくらい美しかった。
「えっと、じゃあ、今日の四時間目にあたしが見た白髪オタク眼鏡はやっぱり幻だったの⁉」
「なんだ、忍授業にも出たのか」
「ええ。一度生で翡翠クンの顔を見ておこうと思いマシテ」
「ええ⁉ ってことは、やっぱりアレも鈴木忍 ⁉」
「はい。普段学校にいる鈴木忍は白髪オタク眼鏡デス。そして、今の私は『なんでも悩み相談室』室長デス」
「ええ? 何? なんなのそれ、わけ分かんないんですけど⁉」
「まあ、簡単に言えば、『なんでも悩み相談室』にいる人間はこの学校内で二重生活を送ってるってことだな」
「に、二重生活?」
「ちなみに、そこにいる無口で無表情の男は昨日お前にも紹介した青木三笠だ」
私はスズ兄の視線の先を追うようにして、そこに立つ無表情の男子生徒を見た。
「青木先輩って言ったら……あれ⁉ 女の人だったはずじゃ」
「三笠ちゃんは普段は女子生徒として、放課後は男子生徒としての二重生活を送っていマス」
「ええ? なんで?」
「ここでは実際に校内には存在しない者でいなければいけないんデスよ」
「まあ、そういうことだな」
「いやいや、どういうことかわかんないって!」
白髪オタク眼鏡が黒髪美形男子だったり、女子生徒が男子生徒に変わっていたり、もうわけが分からない。やっぱりここはおかしい。そして何より問題なのが、スズ兄がその中にナチュラルに溶け込んでしまっているという事だ。
「ん? 待ってよ、ということは……もしかしてスズ兄も?」
「なかなか鋭いデスね、翡翠クン」
鈴木忍――室長はどこからともなく栗色の長髪ウィッグを出してきて、スズ兄の頭にのせた。スズ兄は何の抵抗もなくそれをしっかり頭に固定させる。そして、ほんの五秒後には可愛いスズ姉が誕生していた。
「……っ!」
私は驚愕のあまり声が出なかった。スズに……いや、スズ姉があまりに可愛かったから。あたしが男だったら間違いなく惚れていたことだろう。
「どう、翡翠。結構似合うでしょう」
そう言った言葉遣いも女の子なら、声も女の子だった。
「菘は男女両方の声が全く違和感なく出せるというとても希少な声の持ち主デス」
「はああ⁉ そ、そんなの聞いたことないよ、スズ姉ぇ!」
「わたしも自分にこんな能力があったなんて知らなかったのよ。でも、室長に言われてやってみたら、自然に出来たのよね~。不思議だわ」
「『だわ』って……なんでスズ兄そんなにノリノリなの?」
あたしもついつい「スズ姉」と呼んでしまったくらいだが、スズ兄はスズ姉を演じる事をかなり楽しんでいる様子だ。まさか、実は女の子になりたかったとか……?
――……もう考えるのはよそう。なんだかいろいろ怖くなってきた。
「というわけで、幽霊の佐藤さんと田中さんを合わせると合計五人で『なんでも悩み相談室』が活動しているわけデス」
「そこに、翡翠も加わらないかしらと思って誘ってみたの。わたしは火曜しか来られないけど、ここは月曜から金曜までほぼ毎日活動しているし、翡翠がここで活動するなら、他の曜日も一緒に帰れるんだけど。どうする?」
可愛らしいスズ姉があたしを見つめて首を傾げる。鼻血が出そうな激カワショットだ。この姿のスズ姉のブロマイドが欲しいとか思ってしまうあたしは変態だろうか。
「す、スズ姉がいるなら、あたしも!」
スズ姉に悩殺され、血迷ったあたしは思わずそう答えていた。
それに、スズ兄と一緒に帰るまでの暇つぶしだと思えば、ここにいるのも悪くないだろう。一人で帰ったり、待っているよりはよっぽど寂しくないはずだ。
「では、これで決まりデスね」
室長は机の上に積み上げられていたバナナの山から一本もぎ取って、皮をむき始める。
「翡翠クン、明日からよろしくお願いしマスね。『なんでも』室長の助手として」
「はい……って、助手⁉ え、助手って言ったらあの名探偵ホームズの助手のワトソン君的な⁉」
「まあ、そんなところデスね」
あたしの中で「助手」という言葉に少し希望の光が見えた気がした。
ここが、幽霊とかテレパシーとか二重生活とか、本当にわけのわからないところなのには変わりはない。だが、この黒髪美形男子の助手として難事件を解決したり、スズ兄と一緒にいられるなら、こんなハイスクールライフも捨てたもんじゃないだろう。
すっかり浮かれきったこの時のあたしは知る由もなかった。これから、目の前の黒髪美形男子によって、あたしの夢と希望に溢れたハイスクールライフがぶち壊されていく事になるなんて。
第1話 「なんでも悩み相談室」の入り方(完)
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
【なんでも悩み相談室】第1話を読んでいただきありがとうございました!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます