第二十話 噓でしょ関東管領

「やはり三増峠には先着がいたようじゃな。」


家康が進路を変更して、ここ鶴岡八幡宮を訪れるとは誰もが予期せぬ事態。だが家康にとっては予期していた事態の一つに過ぎなかった。


「三増峠に先着の兵が居るとは想像にかたいことではない。されど、そのぶつかる兵が何者かによっては、危ない橋を渡るやもしれんかったわ。」


今はまだ潔白の身。わが軍はあくまで豊臣の管轄にある征伐軍に過ぎない。戦の大義名分を失えば、それ即ちを意味する。わしは晴れて賊軍となるのだ。

今それを実行に移すとすればその男は......。


家康は気づいてしまった。そして恐れた。

過度な恐れは余計な詮索を生み、家康自身の策の根幹へとつながっていく。


『誰だ』


この大戦を一から描き、万へと拡げ、かの秀吉公をも、

うならせた大軍略家は?


今なお天下に恐れられている無類の戦上手は?


軍権を密かに狙う野心家は?


もはやあの男しかいない。


「黒田、、であるか。」

もしそうであるならば、やはりわしは豊臣を離れなくてはならない。黒田官兵衛、その計略の仮想敵は間違いなくわしだ。

五大老筆頭候補にして200万石の大邦を治める太守。そのわしが豊臣政権下で権を握れば、もはや全てが終わるのだ。

あの男がそれを許すはずがない。


三増峠には北条勢がいた。だがそれ以上に不気味に感じられたのはその刺客の存在であった。


そう。わしの腹は決まったのだ。決めさせてしまった。

これこそが黒田の忌まわしき計略すらもはねのける最善手。

それは_____


「わしこそが関東の鎮静を与える者。わしはかつての公方を再興し、となる!!」


家康の「義」は成った。





「さあ魯を漕げ!彼の地こそが、先祖代々奉るべき鎌倉だ!お待ちくだされ!公方殿オオオォォォ」


西方の暗黒の空とは打って変わり、我らが池は煌きを放っていた。追い風のごとく光は我らの背を押し、陸地は見る見るうちに大きく見えてくる。


我らは勇猛たる水軍。こたびの大戦において、公方様をお助けすべく、鎌倉へはせ参じる途にある。


そう。里見軍は、豊臣に従属する姿勢を見せてはいたものの、同時に小弓公方復活を期し、水路より鎌倉へと向かっていたのだ。


「...されど、こたびの一件、豊臣に漏れればお家取りつぶしなどに会うやもしれませぬが...。」


「...うむ。大事ない。それに関してだが、すでに家康殿が取り次いでくださったとのことだ。」


その家康曰くである。


『里見殿のご無念しかと存じ上げておる。わしからも一言お頼み申し上げるゆえ、里見殿は一日も早い出陣の備えをなされよ。心配は無用じゃ。秀吉殿も統治の正当性あるお方には適切な配慮をなされるご意向ゆえ、そなたらを無下には扱いませぬ。』


この取り付けに主君里見義康は歓喜した。

ついに、ついに関東に本当の平穏が訪れ、北条の脅威も消え去るであろう...。


「あの忌まわしき北条の世も終わりを告げるのだ...我ら東国武士に栄光あれ!里見に栄光あれ!!」


そして鎌倉には家康殿の先鋒、酒井殿らが迎えてくださる。晴れて再興はなされ、我らは胸を張って戦うことができる。

今宵は祝杯を挙げるのだ。ささやかな祝宴ののち、我らは戦いの先鋒を突っ走り、功を挙げるであろう。

我ら里見が受けた辛酸、全てここで清算してやろうではないか!!


「願わくば我らの勢力が東国に轟かんことを...!」






「...っな!?あああああああああ!!」


対岸に映る旗印にくっきりと刻み込まれた、鮮烈かつ、血で染め上げられし蒼。


「おのれ、おのれ許さん!あれは徳川と、、の旗ではあるまいか!!」







「徳川の軍勢はやはりここに来たか。これも主君、殿の読み通りというわけだ。」


そしていよいよこの男、氏照の出番である。


家康は公儀こうぎをかなぐり捨て、新たな勢力を世襲した。

彼には豊臣や黒田と協力する大義が失われたのだ。協力関係を失うということは、それ即ち


里見と北条が反目する中、いよいよ氏照と家康のが始まろうとしていた。











三増峠に、神流川、そしてここ鎌倉。

氏直の神算鬼謀は未だ布石に過ぎない。

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