キミとの恋まであと千年
寄紡チタン@ヤンデレンジャー投稿中
第1話 十八歳、夏
「子供の頃、吸血鬼に会ったことがあるんだ」
俺がそう言うと、慧はいつものように「あっそ」と無関心な相槌を打つ。
高校三年夏。大学受験に向けた前期夏期講習のせいで夏休みにも関わらず殆ど毎日この校舎に通う日々。家から学校まで自転車で40分。遠くは無いが決して気軽に行けるとは言えないこの距離は休み前に貰った『夏期講習のおしらせ(自由参加)』の不参加にマルをつけるには十分だと思う。ましてや真夏に自転車を走らせてわざわざ学校に行くなんて、以前の俺だったら絶対にしていない。
それでもこうして律儀に夏休み返上しているのは、机をはさんだ目の前で気怠そうにしている俺の幼馴染、
「ごめん、ここわかんない」
そう言って慧はルーズリーフを1枚俺の方に押し付ける。
今日の夏期講習はもう2時間前に終了しているため、教室には俺達しかいない。授業終わりの空き教室で二人きりの勉強会。この時間の為に暑い中毎日自転車をこいでいるのだ。
勉強会が開催された理由はいたってシンプルで、休み前に慧が珍しく俺に話しかけてきた事からはじまった。
「D判定だった。夏で成績上がらなかったら志望校変えなきゃダメだってさ」
俺と慧は家族同士の仲が良い幼馴染の関係で、子供の頃はよく二家族合同でキャンプや海に遊びに行っていた。しかし、小中高と大人になるにつれて慧は俺を避けるようになり、俺達の会話は減った。高校生になったからは幼馴染というよりか『ちょっと会話できる異性の友達』程度の仲だ。時々母親に「慧ちゃん元気? 仲良くしてるの?」と聞かれても苦笑いしか返せない。
最初は悲しかったけど男女の友情なんてそんなものだ、とその時まで割り切っていた。なので突然受験の話を振ってきたことに驚いたが、挨拶も前振りもなしに話したい事から話す慧の性格が変わっていない事にほっとした自分もいた。
「志望校どこだっけ?」
「城野下大」
「あ、俺と同じだ」
住んでいる地域で決まる小中学校と違い、俺達が同じ高校に進学したのは全くの偶然だ。中学時代の俺達は成績が同じくらいだったし、家からの通いやすさや倍率を考えればそこまで珍しい話ではないので気に留めなかったが、志望大学まで同じとなると本当に偶然なのかと疑ってしまう。
「・・・へぇ、そうなんだ」
しかし慧も俺の志望校を知らないと言っているし、やっぱり偶然だろう。
「イチは判定どうだったの?」
「Bだったよ」
少しだけ得意気に応えると、慧は相変わらずのポーカーフェイスで
「勉強教えてよ」
とだけ言った。
ちょっと過保護な慧の両親は、慧が勉強で夜遅くなることを心配していたが俺がついているならと納得してくれるし、俺の母親は「慧ちゃんがうちの娘になってくれればいいのに」が口癖の人なので俺達が仲良くすることは色々と都合が良かった。それも含めて慧は俺に勉強を教えてと言ってきたのかもしれない。
まぁ、そんなバックアップが無かったとしても慧に誘われたのなら俺はいくらでも付き合うつもりではあったけど。
なぜなら俺は、十年以上前から慧に片思いをしている。
いつ、どうして好きになったかなんて覚えていない。当たり前に隣にいた女子がものすごく可愛かったので幼い俺は馬鹿みたいに単純に好きになって、そのまま大人になるにつれてどんどん好きが増していっただけだ。慧の子供の頃と変わらない部分も、変わってしまった部分も、どちらも「いいな」と思えるくらいには惚れている。
人付き合いが苦手で口調が冷たい所も、本当は結構淋しがり屋な所も、雷と鮮魚売り場の魚が苦手な所も、少し長めの黒いボブカットが神秘的な所も、まつ毛が長いキリっとした一重瞼も、出不精で子供の頃から白い肌も、心配してしまう程に細い首筋も、透明感のある声も。
全部好きで、どこから好きになったのかなんて思い出せないくらいだ。
「ねぇ、聞いてる?」
刺すような視線で現実に戻る。そうだ、勉強会の途中だった。
「あぁ、悪い。ちょっと見せて」
慧に手渡されたルーズリーフと机に並べられた過去問のコピー。ルーズリーフに書きなぐられた少し雑で筆圧の薄い計算式という苦悩の跡と問題文を交合に見て、俺は自分のノートを開き頭の中の計算を形にする。
「あー、前にやった気がするな・・・覚えてないな、考えるから待ってて」
勉強を教えると言っても俺にだって余裕があるわけではない。俺達はこうして机を向き合わせて各々の勉強を進め、お互いがさぼらないように監視したりわからないところを教えたりする。基本的に教えるのは俺の方だが、質問されることで今回みたいに理解したつもりでいた問題に気付くことも出来るので下心がなくとも有意義な勉強会にはなっていると思う。
スッスッ、とノートとペン先がこすれる静かな音。テレビで見た勉強法を真似て俺は定番のルーズリーフとシャーペンではなくノートと黒ボールペンで勉強をすることが多い。効果が出ているのかは知らないが、慣れると使い心地が良いものだ。
「髪染めよっかな」
俺が問題を解いている間暇だったのだろう、今度は慧が雑談を始める。人にわからない問をやらせておいて飽きたような態度は少し失礼な気がするが、猫みたいに自由なところが慧の魅力のひとつでもある。
「金髪にするの? 親父さん泣いちゃうんじゃない」
俺は計算に使っている脳みその一部分を雑談に向けて返事した。
「髪染めるイコール金髪って、イチの発想おじさんみたい」
目線はノートに集中しているモノの、慧のニヤニヤした顔が目に浮かぶ。この『おじさん』というのは世間一般でいうおじさんではなく俺の父さんという意味だろう。
「するなら、アッシュ系かな。カーキもいいかも。どう思う?」
「なんだそれ何色だよ」
さっき馬鹿にされたので少し拗ねてみる。髪なんて黒、茶、金、白、禿の五択でいいだろ。
「何色なら似合うと思う?」
「・・・」
数秒前に拗ねてみせた癖に、今度は計算に使っていた脳みその殆どを使って真剣に考える。仕方ない、好きな子に似合う色を訊かれたら真面目に答えたくもなる。
「紫」
導き出した回答を口にした後、後悔する。これは慧に似合う色であって髪の色にするには可笑しいかもしれない。紫髪なんてきっと大阪のおばちゃんみたいになってしまう。
「い、いや、今のは慧に似合いそうな色であって・・・」
へんな色を勧められたと機嫌を悪くされては困る。俺は顔を上げて前言撤回を申し入れようとした。
「そっか、イチ的にわたしはそういうイメージなんだ」
正面を向いたと同時。どっ、と心臓が一度強く高鳴った。机に頬杖をついて俺の方をじっと見ていた慧と目が合ったからだ。
目を細めて、なんだか嬉しそうなカオで
「ん、どした?」
と、俺をからかうように尋ねる。沈みかけてもう教室を照らしてくれない夕日と裏腹に、俺の顔はきっと今ものすごく赤くなっているのだろう。
「やっ、いや。なんでもないよ」
何故だろうか、慧の表情があまりにも綺麗に思えて俺の心臓はずっとうるさい。
「そう」
耳の前に垂れ下がった毛先を親指と人差し指でつまんで、ちょっとだけ首をかしげてほほ笑む。あぁ、可愛い。周囲からは不機嫌そう・近寄りがたいと勘違いされる事の多い俺の幼馴染は、こんなにも可愛い。
もう目の前の計算式なんて何処かに飛んで行ってしまうくらいに緊張して、ボールペンを持つ手に汗がにじむ。
「紫色かぁ」
その期間が長すぎて慧に恋をすることに馴れたと思っていたのに、今日の慧は今までの片思いの苦しさを軽々と乗り越えさせるくらいに愛おしかった。
「イチがいいって言うなら、考えてみようかな・・・なんて」
駄目だ。俺はこの子がめちゃくちゃ好きだ。
胸の奥から指先足先まで伝うギュッとした感情が、気が付くと俺の心と身体を支配していた。気まずくさせたくないとか恥ずかしいとか幼馴染の俺にそんな目で見られていた事を知ったら怖がらせるかもとか、今まで自分自身に使っていた言い訳が急に全部チープなものだと気付いて、好きの気持ちがそれらを押し込んでしまった。
「慧っ」
俺は立ち上がった。ガタン、と足と机の脚がぶつかる音がする。
「ど、どうしたの」
慧は驚いて俺を見上げる。外はもうすぐ日が沈み、帰らないといけない時間だ。このままでは今日の勉強会はお開きになってしまう。いつもならまた明日もある、明後日もある、わざわざ今言う必要もないだろうと先延ばしにしてしまう言葉だったが、今日は何故かそれを少しでも早く伝えたくて仕方が無かった。
「慧、真面目に聞いて欲しいんだけど」
「どうしたの急に、ちゃんと聞いてるよ?」
それは衝動的で真っすぐで単純な、俺の気持ちだった。
「その、慧の事、ずっと昔から好きだ、俺と付き合ってください」
「迎えに来たよ。この先君は私のモノだね、朝江壱也君」
告白の返事を聞く前に、突然俺の世界は暗転した。
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