はじめてのおとまり~真っ白な食卓~

 そしてついに迎えた夕食。

 普段から料理をしているらしい兎萌のエプロン姿は、よく馴染んでいた。蹴り姫にして家庭的とか、ちょっとずるいぞ、お前。


 かくして。



「…………あっるぇー?」



 並べられた皿に、葵は首を傾げる。

 学校で渡されている弁当から、なんとなく想像はついていた。ついていたのだが……。


 具体的には、食卓のコントラストが激しかった。グラデーションなどというものではない、きっぱりと明暗が分かれているのだ。


 対面に座る母の目の前には、白米に鮭、手羽元と大根の煮物に、ワカメとみかんの酢の物と、彩も整えた和の献立が完成している。


 一方で葵の目の前にあるものに、瞬きをする。瞼の裏と同じような乳白色が、目を開いていても広がっていた。

 何かよく分からないおかゆのようなものと、鶏ささみ。唯一の色彩であるレタスの葉の上には二個分をスライスしたゆで卵と、ゼリーをまとった胡麻のような白いつぶつぶが乗せられ、素敵にホワイティ―である。



「ええと兎萌さんや、このおかゆみたいなのは何?」



 指さすと、兎萌が自分のぶんのそれを電子レンジから取り出しながら言った。



「それはオートミールよ。いってみれば乾燥麦ね。食物繊維とビタミンが豊富で、必須脂肪酸まで付いて低GI。プロのアスリートやビルダーさんも御用達の優れものよ。白だしを加えて和風がゆにしてみたから、試してみて」

「ヒッスシボウサン……テイジーアイ……」



 呪文だった。とりあえず、アスリートの見地から提供されているものだから、まずいものではないのだろう。



「こっちのつぶつぶは?」

「それは水に浸したホワイトチアシード。スーパーフードってのは聞いたことがあるでしょう? 一部では、『人の生命維持には水とチアシードさえあれば事足りる』とも言われているくらいの超栄養食よ。ダイエットの他にも美肌効果があるから、イケメンになれるかもね」

「チアシード……スーパーフード……」



 またしても呪文だった。

 ただ一つ、葵にも理解できたことがある。



「もしかして、三日間ずっとこれ?」

「ええ、まあ。オートミールの味と、お肉は変えていくけれど、サラダは同じね。たんぱく源のゆでたまごに中心で」

「憧れの手料理が……味気ねえ!」



 あまりのショックに、葵は愕然と食卓に突っ伏した。



「意外と味変していけば飽きないものよ?」

「そうじゃないやい! あっちの普通のご飯が作ってもらいたいんだい!」



 駄々をこねる。



「こら葵、作ってもらえるだけ幸せじゃないの」

「ですよねえ? こんなに愛情たっぷりなのに」

「愛情たっぷりの結果、こんなに真っ白なのか……」

「やだなあ葵ったら。『あなた色に染めて』って、わざわざ言わせる気?」

「言う気もねえくせにいけしゃあしゃあとまあ!」



 葵は吠えた。


 しかし母が言っていることも事実なので、これは減量のためであって世の男子が憧れる『カノジョノテリョウリ』などというアイテムではないのだと、言い聞かせる。

 そう、これはノーカンなのだ。


 テーブルにのの字を書いていると、兎萌から願ってもない提案があった。



「もう、そんなに拗ねないでってば。試合が終わったら、好きなの作ってあげるから」

「っしゃああああああ!」



 盛大にガッツポーズをして立ち上がる。

 すぐ隣に座っていた兎萌が、びくんっと体を跳ねさせて、引き攣った顔でこちらを見上げた。



「そ、そんなに嬉しいの……?」

「イピカイエー、マザー○ァッカー!」

「キャラまで変わってるし……」



 これで後顧の憂いはなくなった。葵はいそいそと手を合わせると、レンゲを手に取り、オートミールがゆを掬った。



「なにこれうっま!」



 思わず叫んでしまう。


 出汁の味が優しい。底の方に少量の塩昆布ととろろ昆布を仕込んでいたらしく、二口目もまた絶妙な味加減が舌に浸透していった。



「なかなかイケるでしょ? 水の量で食感も変えられるから、明日の朝はちょっと硬めにするね。どっちが好みか比べてみて」

「お前……良い嫁さんになるよ……」

「なんつー変わり身の早さ。数秒前に何て言ってたかすっかり忘れてるわねコレ……」



 兎萌が呆れたように笑う。つられて葵も笑い、それが微笑ましいと、母も笑った。


 ふと、父のことが頭をよぎる。カップラーメンに惚れて来日した人間もいるくらいだ。世の中にはたくさんの美味しいものが溢れていて、『胃袋を掴む』なんてものが本当にあるのかと思っていたことがある。


 けれどきっと、その言葉を作った人は、照れ屋だったのだろう。素直に『心を掴まれた』と言えばいいのにと、葵は笑った。


 もちろん、俺も今はこっぱずかしくて口に出来たもんじゃあないが。



 いつかは、そう言えるようになりたいと、そっと心に留め置いた。

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