金髪ヤンキーvsキザ眼鏡

「僕の目には、たった今取り繕ったようにしか見えないんだけれどね? 高校生の分際で、そんなに明るい色の金髪をしたヤンキーなんて、品がないにも程がある。本当に君の趣味かい?」

「き、金髪ヤンキー……」



 葵はがっくりと肩を落とした。言われる覚悟はしているが、こればかりは慣れることがない。



「だとしても問題ないでしょう? 今であれ数か月前であれ、髪の色がどうであれ、彼が私のカレ。どうせ今日はジムに寄るつもりはないし、どのみち待ってても無駄よ。しっしっ」



 羽付が松葉杖で払うと、青年は苦い顔でこちらを一瞥し、大きな大きなため息で嘲笑ってきた。粉うことなき挑発に、葵はたまらず一歩進み出る。



「やめておきなさい」



 杖で胸元を制される。優しい声色に足が止まりかけたが、しかし、



「――貴方じゃ彼には勝てない」



 その一言に、葵を留まらせていた一線が掻き消えた。



「上等じゃねえの。それに、仮にも俺は彼氏なんだろ? 俺の髪はともかく、彼女のお前がコケにされてんのを、黙って見てられっかよ!」

「えっ、ちょ! だーもう、百目鬼くん!」



 駆けだした葵を追い越していく羽付の叫びに、百目鬼は眼鏡の端を直し「分かっている」と呟くと、その腕を腰の後ろで組んだ。



「(舐めやがってチクショウ!)」



 手を出す必要などないとでもいう風な気取った態度も大概腹が立つが、何より、羽付と一言で通じ合ったってのも気分が悪い。そう考えると、自分が一時的な彼氏役を求められている今の状況も、濁った底なし沼のように気味が悪い。


 やるせなさを怒りに乗せて、拳を振りかぶる。しかし、青年がわずかに身じろぎしただけで避けられてしまった。ならばと放った振り返りざまの追撃・左ストレート――は、雪道に足を取られて鼻先すら掠めることもできない。それどころか、滑って膝を付いたこちらの眼前に、いつの間にか蹴り足が寸止めされている。


 顔を上げると、百目鬼の底冷えするような視線に見下ろされていた。先ほどまでの理知的でクールにも見えた面影はない。彼もまた、戦闘民族特有の瞳の色をしている。


 葵は百目鬼の靴を押しのけるようにして立ち上がり、がむしゃらに攻撃を繰り返した。しかし、結果は惨敗。こっちはつるっつるの路面に足を取られているというのに、奴の足はまるで地面に吸い付いているかのようで、滑る素振りさえない。


 たまらず、尻もちをついた。



「この足場で、素人にしてはよくやったものだね」

「意地悪言わないであげてよ。彼は『最強の最弱ラックメイカー』じゃないんだから」



 兎萌の睨みも意に介さず、百目鬼は「また来る」とだけ言い残して、少し離れたところの路肩に停まっていた車の助手席へと乗り込んだ。


 車が見えなくなるまであっかんべーなりガンフィンガーなりを連射していた羽付は、しばらく兎のように体を伸ばしてじっと警戒してから、やっと胸を撫で下ろす。



「付き合わせて悪かったわね。助かったわ」



 差し出された手を、葵は握れずにいた。



「一発も、当たらなかった」

「そりゃそうよ。彼、県内の学生じゃあナンバーツーだもの」

「……そっか」



 自力で立ち上がったものの、雪を払う気力もなかった。羽付の顔を見ることもできない。

 よろよろと歩き出した葵は、しかし、首にがっちりと回された腕に捕まってしまった。



「まあまあ、待ちなさいな。どうせなら、このままもう少し付き合ってよ」

「ええ……」



 身長差があるため、ぶらさがるようにじゃれついてくる羽付に、葵は気怠い声で抗議をする。



「いーじゃないのよう。今しがたナンパされた女の子を、彼ピは守ってくれないの?」

「あいつは知り合いなんだろ」

「つれなーい。ああそっか、今日はお祭りだもんね。もしかして、先約があった?」

「いや、約束自体は七時からだけどさ……」



 うっかり口を滑らせてしまってから、拙い、と思った。こんなもの、陽が落ちるまでは暇だと自白しているようなものである。


 いっそ振りほどいて逃げてしまおうかと、羽付の首根っこに手をかけた矢先。


 彼女がトドメの一言を、そっと囁いた。



「さっきはパンツを『見た』ことで協力してもらったけれど……『顔を突っ込んだ』ことについての借りは、まだだよね?」

「女の子がパンツパンツ言うもんじゃありません!」



 葵は観念して、歩き出したいたずらな笑顔に並ぶことにした。

 こちらが付いてくることを横目に確認した羽付は、どこか嬉しそうに頬を緩める。



「それで、女子のスカートの中の感想は?」

「うるへー。次言ったら帰んぞ?」

「わーわー、ごめんって!」

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