第7話 春風双葉は仮装りたい!
ある日の放課後、俺は双葉に呼び出されていた。
しかも呼び出されたのは双葉の家で、この日は「親がいないので遠慮しないでください!」と言われたいた。
俺だって健全な男子高校生だから、少しばかり変な期待を持ってしまう。
ただ、ある意味、その期待以上のことだった。
「先輩いらっしゃい!」
「双葉お待たせ……って、なんだその恰好は!?」
玄関のチャイムを鳴らし、家の扉が開く。
するとそこには双葉の姿があった。
しかし、いつものように制服姿でもジャージ姿でもなければ、私服姿ですらなかった。
……双葉の頭からはもふもふとした犬耳が生えていて、服はひらひらとしたメイド服のようなものだった。
「とにかく中へどうぞ! すぐにお茶入れますから」
「お、おう……」
俺が戸惑っていることを知ってか知らずか、そうして俺は双葉に招き入れられた。
双葉の部屋に入るのは何度目かだ。
彼女となってからは実は初めてだったりして、俺の心臓は高く跳ね上がっていた。
ただ、そんなことよりも、気になって仕方ないことがある。
「突然どうしたんだ? コスプレ趣味? って、双葉にアニメ趣味がないはずだし……」
「何言ってるんですか? 今日はハロウィンですよ!」
そうだ。
一部では盛り上がりはするが、俺にとってはそこまで大きなイベントではないため、すっかりと忘れていた。
今日のところ、朝に花音たちとお菓子の交換くらいをしたのと、双葉と凪沙からもたかられたくらいだ。
双葉は用意してくれたお茶とお菓子をテーブルの上に置くと、隣に座る。
普段は見ない新鮮な恰好に、俺の気持ちは嫌でも揺さぶられる。
用意したチョコを一口食べながら、双葉は事の経緯を話し始めた。
「この服可愛いですよね? 実は演劇部の子が去年使ったハロウィン用の衣装を発掘して、いらないからってくれたんですよ。今年はもう別で用意したからって」
「そ、そうか……。一体どこで衣装なんか使うんだ?」
「部活で今日はお菓子交換会をしているらしいですよ。あと、せっかくだからって、演劇でも使うこともあるらしいです」
そんなことを話ながら、双葉との距離は徐々に近くなっていく。
たまにほのかに香る落ち着くような緊張するような甘い香り。
それと同時にいつもとは違う香りも鼻を刺激する。
とろんとした目つきの双葉はニコニコと嬉しそうに口を開いた。
「トリックアンドトリート!」
「お菓子はもうあげただろ。……ってか、トリックオアトリートだろ?」
「お菓子くれても悪戯するので合ってます!」
「そんな横暴な……っちょっ!」
双葉はニコニコとしながら襲い掛かってくる。
まるで獣さながらの目つきだ。
「な、なにしてるんだ?」
「私は今はワンちゃんです。だから、大好きなご主人様に甘えるのはおかしいことじゃない……わんっ!」
「そんな取ってつけたような設定を急に出されても……」
完全にマウントを取られた状態で、押し倒されている。
普通ならドキドキして嬉しいようなラブコメ展開だが、恋人同士の甘い雰囲気などではなく、ただの捕食者と獲物だ。
今まさに俺は喰われようとしていた。
「今日はやけに積極的だな」
「嫌ですか?」
「不本意ながら本意ではない」
「私のこと嫌いですか?」
「す……好きだが、なんか違うだろ」
明らかに様子のおかしい彼女に、どうしたものか考えている。
さっき双葉が持ってきたチョコは、いつの間にか数が少なくなっていた。
最初に香った嗅ぎ慣れない、少し刺激的な香り。
よく見ると双葉の頬は少し赤らんでいる。
……このチョコ、ウイスキーボンボンか!?
「これはまたベタなことを……」
「何言っているんですか? さあ、思う存分イチャイチャしましょう」
「落ち着け」
俺は双葉の脳天にチョップを叩きつける。
「いったぁい! 何するんですか!?」
「酔ってる双葉に言っても通じるかわからないけど……。こういうことは勢いでするもんじゃない。俺は徐々に距離を縮めていって、俺たちなりのペースで進んでいきたいんだ。絶対に勢いだけだと後悔する」
「でも……、いつまで経っても進展しないままじゃないですか? こうでもしないと……」
不安そうな双葉の表情に少し申し訳なくなってしまう。
俺は双葉の気持ちがわからない。
俺たちのペースと言っても、双葉はもう少し早いペースを求めているのだから、それは俺の都合のペースだ。
しかし……だ。
「まだ高校生なんだ。俺はまだ、責任も取れる年齢じゃない。お金を稼げないだけならまだしも、法的にも微妙だ」
十八歳にはなっている。
でも、まだ働けてもいない。
もちろん、社会人になるまで待たせるつもりはないが、そこには俺なりにも線引きがあった。
「双葉のことが大切なんだ。だから、これで我慢してほしい」
「先輩? ……っ!」
俺は双葉の手を取ると、甲に軽く唇をつけた。
やっておいてなんだが、少し気障すぎただろうか。
恥ずかしさのあまり、俺は目を逸らしていたが、双葉からの反応が一向に返ってこない。
流石に嫌だったかと思い、双葉を見てみたのだが……、
「きゅー……」
まるでゆでだこのように顔を真っ赤にさせた双葉がしなだれていた。
俺はワガママなお姫様が目を覚ますまで、そのまま傍にいるのだった。
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