第4話 青木颯太は呼ばれたい!
俺には彼女がいる。
最近付き合い始めた彼女のことは前から気になっていて……気が付けば好きになっていた
ただ、そんな彼女に不満があった。
「あ! 先輩! 花音ちゃん!」
「おう……」
「双葉ちゃん! 今帰り? 部活は?」
「今日は休みなんだ! だから先輩と帰ろうと思って待ってたの!」
「そうなんだ。私はバイトあるから、この辺で」
「頑張ってね!」
いじらしくも可愛く、健気に俺のことを待っていてくれた後輩……春風双葉と付き合い始めたのは、つい先日の文化祭のことだった。
まだ一週間足らずの関係だが、やっぱり不満は不満なのだ。
「それじゃあ先輩、帰りましょう! ……って先輩、どうかしましたか?」
「なあ双葉。聞きたいことがあるんだが」
「なんでしょう?」
「……なんで俺はいまだに先輩呼びなんだ?」
俺の不満……それは呼び方だ。
以前は花音のことも、『花音先輩』と呼んでいた。
しかし、気が付けば『花音ちゃん』に変わり、さらにはタメ口だ。
それなのに、付き合っている俺は『先輩』と呼ばれているのだ。
「え? ダメですか?」
「ダメっていうかさ……。花音とは仲良くなったのに、俺とはちょっと距離があるかな……なんて」
「うーん……」
双葉は何故か首を傾げて考え込む。
そんな動作にも心臓が跳ねるほど、俺は彼女のことを好きになってしまっているようだ。
多分、この不満は『嫉妬』というやつだ。
モヤモヤとした気持ちでいる俺に気が付いてなのか、彼女は口を開く。
「この後、ちょっとだけデートしませんか?」
こうして俺が連れていかれたのは、いつもの公園だった。
しかも、双葉の寄ってボールを持って…だ。
これから始まることは、考えなくてもわかるだろう。
「バスケしましょう」
「……やっぱりか。そう来ると思ったよ」
「話が早いですね。それじゃあ、1on1で対戦しましょう」
そうして俺たちはいつものようにバスケを始める。
勉強の息抜きに体を動かしていた俺には割と余裕はあった。
ただ、三年も離れていた俺が現役に勝てるはずもない。
善戦いた方なので許してほしい。
それに……、ひらりと舞い上がる無防備なスカートが気になって、俺は色んな意味でバスケどころではなかった。
思春期の男子なのだ。
これも許してほしい。
ひと汗かいたところで、俺たちはベンチに腰を掛ける。
タオルもない俺は、少しでも暑さをしのぐために、制服のワイシャツを脱いでインナーのTシャツになる。
すると、頬にひんやりとした感触が伝う。
「わっ! ……って、双葉か」
「ほら、ドリンクです! 今日は付き合ってもらったので、私の奢りですよ!」
「おう、サンキュ」
お返しに今度何か奢ろうかな……。
「そういえば、私ってマネージャーやってみたかったんですよ」
「へえ、意外だな。選手としてしか興味ないのかと思ってたよ」
「まあ、そう思っていたのも、中学二年生までなんですけどね」
「ん……?」
「私、先輩が高校でもバスケをやると思っていました。だからマネージャーとして先輩のことを支えたかったです。でも、私も選手として成長できたのでこのまま続けたいって思いましたし、先輩はそもそもバスケ辞めたので、それは叶わなかったんですけど」
結局何が言いたいのかわからない。
そもそも話の始まりは俺の呼び方の問題だったはずだが、どうしてそんな話になったのだろう。
俺はそのことを訊ねようとしたが、双葉は俺の表情から読み取ったのか、話を続けた。
「つまりですね、私にとって『先輩』って呼び方は特別なんですよ。私にとってはバスケの師匠でバスケの先輩なんです。だから、今はまだ……先輩は先輩のままがいいんです」
関係性が変わっても、すぐに気持ちが変わるわけではない。
双葉にとって、俺との関係は先輩後輩から恋人になったばかりだ。
きっと、まだ今までの関係の方が、双葉にとっては特別なのだろう。
「わかった。もし、双葉が良いと思うまで俺は待つよ」
「先輩……」
「ごめん。少し焦りすぎていたみたいだ。これから俺たちのペースでゆっくり進んでいこう」
「はいっ!」
元気よく返事をした双葉は笑顔で「先輩先輩!」と手招きする。
俺は意図がわからず耳を近づけると、双葉はそっとささやいた。
「いつかはちゃんと呼びますね。……颯太くん」
「なっ……!」
次にそうやって呼ばれるのはいつになるのだろう。
高鳴った心臓の鼓動が収まるのはもう少し先の話。
今は自分の熱くなっている全身を忘れたまま、照れくさそうに笑う彼女を見つめていた。
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